契約の箱の呪い

「あなたの教理など認められん!」




 ついに支離滅裂も極まった。

 認める、認めない以前に聖書にそう書いてるんだから、そんな感情論どうでも良い話だ。

 別にこれはアリシアの教理ではなく聖書に書いている事をそのまま説明しただけであり、この神父が認めなかろうが聖書に書かれている文字や事実が変わる訳じゃない。




「あなたは異端だ!あなたの様な無学な者が語ることなど聴く価値などない!」




(終いには、人を異端扱いですか……やはり、この人は何も分かっていない)




「異端で結構です。かつて、ナザレの異端と言われたイエス キリストも異端の聖女と言われたジャンヌ ダルクも無学な者でしたが、その教えは後世で正しかったとされています。聖書を読み解くのに博識である必要はありません。強いて必要なのは書かれた文字を素直に受け止める心です。あなたがわたしを異端視すればするほどわたしが正しい事になりますよ?」


「その様な屁理屈を!」


「今あることは既にあったことこれからあることも既にあったこと。追いやられたものを、神を尋ね求められる。それも聖書に書かれている事です。無学な者が迫害されそれが正しいとされる歴史は繰り返すと言うことです」


「貴様は自らを神だとでも言うのか!」




 ついに醜悪な本性を現した神父はムキになり、アリシアに反駁する。

 アリシアは自分を神とは思っていない。

 アリシアにとって、自分はただの権王に過ぎないのだ。

 神から遣わされた代行者であり、それ以上でも以下でもない。




「どう思おうとあなたの勝手ですが、自らの行いがどう見られているか周りを見る事です」




 神父が我に返り周りを見渡すと周りのマスコミがざわついていた。

 無理もない。

 神父と言われた男が碌な討論も出来ないまま教会職就いているわけでもない軍人の女に聖書の教理で負けているのだ。

 元々、合理性や論理性は人間に対する説得に使ったとしても力など微々たるモノだが、それは神父に対してそうであり、それとは関係のない第3者には何の関係もない。

 第3者の視点として神父は言い訳がましく1人の少女に「異端だ」「認めない」などと大の大人が感情的に支離滅裂な事を喚き散らしているようにしか見えず、第3者から見ればどちらの話に理があるの見れば明らかだ。


 自らが正しいように振る舞い証すると言う事すら、この神父は出来ていないと世間から見られるのは自明だ。

 そんな人間性が破綻した自称神聖ファリの神父の男がサレムの騎士であると言う疑いは一気に広がる。

 マスコミの中にはこの神父が関与していたという事件を調べ始める者まで現れた。




「待ってくれ!わたしはサレムの騎士ではない!わたしはこの女に嵌められているのだ!第1今の討論でわたしをサレムの騎士と断定する事は出来ない!」


「あなたの言う通りですよ」




 その声をかけたのは他でもないアリシアだ。

 客観的に見ればこの男は単に不勉強な神父だったと言えば、その通りだからだ。

 神父を名乗っておきながら、聖書知識が欠如しているのは疑わしい限りだが、決定的とは言えない。




「ですが、証拠はある」




 アリシアはどこからともなく”来の蒼陽”を取り出した。

 どうやら、アリシアが持つ武器は全てアリシアの魂内部に保管され、アリシアの意志でその大きさを変えられるようだ。

 オーディンを倒して”神時空術”を覚え、”空間収納”と言うモノを覚えたがまだ、不安がありセキュリティー性の高い心の方に今は武器などを格納している。

 身の丈に迫る刀を突然、携えた事に驚く者がいたがアリシアは気にも止めず、十字架の方に歩み寄り勢い刀を振った。

 十字架が根本から切断され、アリシアの真上に落ちてくる。

 「危ない!」と言う声が聞こえるが、アリシアは右手で落ちてきた金属製の十字架を受け止めた。


 中は空洞になっていたが、それでも300キロ近い金属の塊を少女が軽々と支えているのは圧巻で誰もが口を開けて見守る。

 アリシアはそっと、十字架を下ろし台座に残った金属の空洞の中に手を入れるとそこから小さなUSBを取り出す。

 神父の顔色が突然、悪くなった。

 血の気が引いて顔が真っ青になっている。

 どうやら、アストの言う通りこれが証拠であるようだ。




「カーリー フェレットさん」




 アリシアは神父と言い合いをしていた女性カーリー フェレットに声をかけた。

 カーリーはアリシアが自分の名前を知っている事に驚いて体がピクッと動いた。

 アリシアは”戦神眼”で彼女の名前を把握しただけだ。





「あなた、記者さんですよね?パソコンとプロジェクターありますか?」




 あとは、カメラとメモを持っている事から記者だと推論しただけに過ぎない。

 カーリーは諸々の疑問を後回しにして言われるがままパソコンとプロジェクターを出そうとした時、神父が大声で怒鳴りつける。




「それはわたしとは何の関係も無い物だ!態々、観せる必要はない!」


「関係がないなら別に観せてもいいですよね?」


「黙れ、わたしに刃向かうな!わたしは神の代行者だ!わたしに刃向かう事は神への冒頭だ!貴様のような神聖な十字架を斬り裂いた者は決して許されのだ!」




 遂に獣のような本性を顕に神の名を傘に自らのエゴを押し始めた。

 神父は凄い形相を浮かべてアリシアに敵意を向けて殴りかかろうとする。

 どうやら、彼はアリシアがただのマスコット的な少女軍人で戦闘力皆無のハリボテか何かと勘違いしている。


 だが、不味い。

 何が不味いかって?

 この神父に殺されるほどアリシアはやわではないけど、不味いのはあの神父だ。

 アリシアのエクストラスキルの1つが発動仕掛けている。

 抑え込んでいるが半端な事では止まらない。

 止められるとしたらあの神父の心構え次第だ。

 それがどんなモノか今のアリシアは分かってしまう。

 だが、発動させたくない。

 こんな悪党だが、発動させたらあまりに不憫だ。




「お願いやめて!やめなさい!それ以上、罪を重ねるならあなたに神罰が下ります!」




 避けようと思えば幾らでも避けられる。

 だが、彼の誠意がない限りもうこのスキルの発動は止まらない。




「神罰が下されるのは貴様だ!わたしを愚弄した罪その身で贖え!」




 そして、彼の右の拳がアリシアの鼻に食い込んだ。

 素人のパンチなのでさほど痛くはないが鼻血が少し出てしまった。

 だが、彼を憎む以上にアリシアの中にあったのは憐れみだった。

 スキルは発動してしまったのだ。

 その瞬間、アリシアの神力を伝い、誰かが天から降った。

 神父の前にアリシアの後ろから現れたその神々しい姿に目を奪われ、思わず平伏する。




「わたしはケルビム。主の使いである。主の言葉を伝えに来ました」




 そこには6枚の純白の翼を生やした女性が現れた。

 だが、その姿と声はアリシアと神父にしか見えていない。

 周りの者には神父がいきなり地面に跪き、虚空に向かって目を向けているようにしか見えない。




「おーケルビム様!どうか、そこの愚かな女に裁きを……」


「黙れ」




 ケルビムは”威圧”をかけた。

 ほかの者の影響を与えず、神父だけに冷たく鋭い声で恐怖を与える。

 スキルの制御がアリシア以上に上手い。

 スキル制御に関してはアリシアよりも数段上の技量があると実力の差がよく分かる。

 流石、神を守護するとされるケルビム、その力は圧倒的だった。

 その圧倒的に力の前に神父は凍りついた。




「貴様は罪を犯した。我等の名を淫らに騙り他者から金を盗み贅沢の限りを尽くしただけに飽き足らず律法を犯し剰え、人を殺してなお、それを悔いる事をしなかった。我等に仕える者と口先で言いながら貴様は贖罪すらせず救いを報せようとした権王様に歯向かった上で「その女に裁きを下せ」と申すか。その罪、目に余るものである」




 ケルビムの声は透き通って美しい声だが、それが冷たく触れたモノを殺そうとせんばかりの殺気が入っていた。

 ケルビムも神父の高慢さが腹立たしいのだろう。

 アリシアもその気持ちは分かる。




「貴様は権王様が施した最後のチャンスとその慈悲すらも恨み言で返した。貴様は罪は死をもって償うしかない」


「お許しを!どうか、どうかお許しを!」




 男は地面に頭を擦り付けこうべを垂れる。

 潜在的な恐怖からケルビムが本気である事が伝わり、泣き喚きながら許しを乞う。




「死ぬがいい。汚れた獣よ」




 その瞬間、教会内に落雷が落ち神父に直撃した。

 教会内に眩い閃光とスパークと衝撃波が奔る。

 皆が思わず目を腕で覆い爆ける衝撃波に吹き飛ばされまいと近くの木製の長椅子にしがみ付く。

 全てが収まった後、落雷地点にあったのは炭化した人型の何かだった。

 血がベットリと地面にこびり付き、白い煙が漂っていた。

 その時、既にケルビムの姿は無かった。




「憐れな。自らの貪欲と高慢の成れの果てがこれですか……なんて虚しい」




 アリシアの心から沸き立つ虚しさが思わず、口から溢れる。

 高慢な極悪人だったが自分のエクストラスキル”契約の箱の呪い”を喰らうのは何とも不憫でならない。

 その効果はこのスキルの保有者に危害を加えた場合、呪いをかけると言う何とも曖昧な内容のスキルだ。


 呪いの内容はその都度、様々で実はワルキューレ戦やオーディン戦でも使われており、オーディンに対してはデバフを与えていた。

 ただ、今回の場合、わざわざ、天からケルビムが現れて直接天罰を与えに来た。

 しかも、今回の呪いは殺した人間を地獄に落とすと言う内容が含まれていたのをアリシアは薄々感づいていた。

 それが如何に不憫で恐ろしいのか、アリシアの魂が知っている。


 それを避ける為ならどんな事でもすると覚悟できるほどの恐怖を感じる内容だ。

 少なくとも好き好んで入る場所では決してない。

 それが分かったからあんな男でも救おうと手を差し伸べたが、彼は理解しなかった。

 彼は伝えても聴かなかったのだ。


 アリシアにはそれ以上、どうする事も出来ないし神父が自分で決めた事だ。

 今回ばかりは彼を殺したからと言って1回分死ぬトレーニングはしない。

 その責任はアリシアには無いのだから……。

 敵が来ると見張りであるアリシアが報せたのに無視をしたのは他でもない神父なのだから自業自得としか言いようがない。

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