1人の人間は救えた
それからすぐに警察が来て捜査が始まった。
警察は最初、アリシアが加害者であると疑っていた節があったが、証拠不十分で特にお咎めはなかった。
アリシアが神罰云々を言った直後に神父が落雷を喰らったのだから、アリシアが何かしたと思われても仕方がないが、どんなに調査してもアリシアが落雷を落とした証拠はない。
しかも、落雷地点に一番近かったアリシアが一歩間違えれば、感電していたと言う事からアリシアが意図した事ではなく偶発的な自然現象の上での事故死として扱われた。
あと、今回の事件のキーとも言えるあのUSBだが、後日その内容がニュースに流された。
そこには被害者女性が告解した内容を使って脅しをかける神父の姿があり、脅された女性と口論になった末、「警察に行く」と言った女性の首を絞め殺したシーンだった。
その後、誰かが近づいてくると感じた神父はその場にあった床の空洞に死体を押し込め何食わぬ顔で接客しその後、その時間帯の教会の防犯カメラ映像を抜き取り処分しようとした。
防犯の関係上、データは削除はできないので抜き取るしかなかったのだ。
この後はアストの情報だが、彼の不運はその直後にカメラ映像が礼拝所と併設した場所で管理していたことで遠くに証拠を処分しに行く暇もなく偶々、また人が近づくのを感じ取り慌て改装中の十字架の中に映像を隠したのだ。
この件が露見し神父が所属していた神聖ファリ教に一斉捜査がかかった。
それもこれもアリシアが彼の事をサレムの騎士と言ったからだ。
尤もあの時、適当な理由を付けて拘束するのが目的だったので彼がサレムの騎士なのか分からないが実際、調べてみると他の構成員も似たような汚職で逮捕され、中には本物のサレムの騎士まで混ざっていたのであながち嘘ではなかった。
それもこれもアストの望む形となったわけだ。
彼はアリシアの家の敷地内にあんな汚れた教会を置く事に凄い嫌悪感があった。
だが、半端な理由ではあの教会を追い出せない。
何かにつけて言いがかりを付けてくるだろうからここで叩きのめすと決めていた。
アリシアはアストから話を聴いた時にはそこまでしなくてもいいのではないか?と思ったがアストの言う通り神父と話してみた感じ徹底的に叩かないとならないと思えた。
呪いにかかったのは憐れだが、だからと言って彼の本性も見たら全面的に同情はできない。
そして、アストの計画の中ではもし、神父などがいれば聖書の教理について論じ合うように言われていた。
論じ合えば、その者はマスコミの前で恥をかき権威を失墜すると読んでいたからだ。
ただ、アリシアは聖書について何も知らないと説明したがアストは全く問題ないと言った。
何でもアリシアの役職である権王を含めた全知全能なる神の役職には共通効果が存在し、ありとあらゆる装備やアイテムを使用する事が出来る能力らしい。
この能力よりワルキューレやオーディンの装備を無条件に装備できたと言う訳だ。
ただし、偽神専用のアイテムは使用できない。
この能力の凄いところはあらゆるアイテムを使えると言う事だ。
今回の件で言えば、全知全能の女神のアイテムである”聖書”すら扱えると言うことだ。
アストの話では世界には神が人を救済するために様々な本が書かれており、聖書のその内の1つのようだ。
それにより様々な宗派が生まれたが多くの場合、人間の戒めにそぐわないと言う理由で教理を歪めたり、古い戒めではなく新しい戒めを人の手で作り、その本そのものが世界から抹消されたりなどして変容しているらしい。
唯一現存しているのは聖書だけなのだが、聖書にも2種類あり旧時代宗教の教理に合わせた十字架の刻印が入った聖書と本来の姿の聖書の2種類が存在する。
ただ、人の手が入った物は神のアイテムとしての存在価値がない為、アリシアが権王の能力としての使えるのは後者の聖書だけだ。
しかし、かつてのジャンヌ ダルクもそうだが、権王が教えた教理には誰にも反駁出来ず、いつしか自分の地位を脅かすと言う固執から迫害されるらしい。
でなければ、神から遣わされた聖女と呼ばれた女を殺そうとするなどと言う恐ろしい事が出来るはずがない。
過去、人間の固執や偏見がなければ神と呼ばれた男を磔にして殺す事は無かっただろう。
神の教理が正しく伝えられているならそのような事は本来、起きない。
今回のようにあの神父がアリシアに逆らう事も無かったのだ。
本当に神を信じているなら神を畏れて犯罪など行えないはずだが、残念ながら大昔から旧時代宗教による犯罪は絶えない。
結果的にアストの思惑は上手く行き神父の所属していた宗派は取り潰しになった。
その時のアストは『これで害虫は駆除できた!』とアストらしからぬ不敵な笑みが声から溢れていた。
ちなみにこの事件を気にネットではアリシアの事を「聖女」と言い始める者まで現れ始めた。
アリシアが戦いに従事している事や聖書で神父を論破したり、神父に犯罪をやめるように促す姿やその後の神罰(?)などを見てイメージ的にジャンヌ ダルクと近いと言う事でそう呼ばれているようだ。
ちなみにネットの反応はこんな感じだ。
聖女kttt!
糞神父の為に自分の身を呈して悟すとかメッチャ良い娘や!
神罰こわい……
てか、十字架片手とか腕力ヤバイ
勝てる気しねwww色んな方面で
蒼髪のジャンヌ ダルクや!
蒼聖女だ!
などと書き込まれていた。
だが、アリシアとしては世間の評価にあまり好感が持てなかった。
(いや、褒めてくれるのは嬉しいけど、わたしは聖女ではありませんよ。わたしは人並み以上に汚れた女です。わたしの体は血塗られていますから聖女と呼ばれるのは烏滸がましい限りです)
自分は決して褒められた人間ではないのはアリシア自身が知っている。
自分を特別な存在とも思っていない。自分はただ、”権王を任された”だけの存在に過ぎないのだと知っており、自分の行いは「聖女」と呼ばれるには穢れていると知っており、今回の行動も自分の意志ではあったが、どんな理由をつけても人間を殺したのだ。
その責任を取るつもりはないが人を殺すのは本来、褒められた事ではない。
だが、そのお陰で1人の人間は救えたのも事実だった。
◇◇◇
ベナンに戻った後、一度家の改装をしに戻って来た時に来客があった。
カーリー フェレットだ。
「今回は本当にありがとうございます!」
彼女は深々とアリシアに頭を下げお土産を差し出してくれた。
かなり高級のチョコレート……しかも、5つ星クラスの物だった。
受け取るのもどうかと思ったが、受け取らないのも相手に失礼と思いアリシアは受け取る事にした。
「今回の事、本当に感謝してます!こんな事で恩を返せるとは思いませんが……」
「いや、大丈夫。あなたの誠意でわたしはお腹いっぱいです。わたしの為にわざわざ、選んでくれたんでしょう?それで十分です」
「それでもあなたには感謝しかありません!あなたはあの男よりもわたしを信じてくれた。誰もわたしの話を聞いてくれず頭のおかしい女扱いしていたのにあなただけはわたしの声を聴いてくれた」
神に仕えている聖君主が犯罪に手を染めている筈がないと言う先入観のせいで彼女の言葉を周りの人は聞かず、頭の可笑しな人と決めつけていた。
実際、あの映像の片隅には1人の女の子が写っており、それが幼きカーリーである事は証言が取れていた。
そのせいで当時の警察の捜査能力に疑問視する声も今回の件で現れた。
何せ、少女の証言は正しかったのにそれを無視したのだ責められて当然だ。
彼女は誰にも信じて貰えないまま迫害や蔑視を味わって来たのだと思う。
その苦労はアリシアには分からない。
似たような経験はしたがまだ、迫害された経験がないからだ。
ただ、誰にも信じて貰えず、誰も味方をしてくれない状況がどれだけ孤独で辛かったはよく分かる。
アリシアも軍人である以上、味方がもしいなかったらと考えると色々と辛く感じる。
励ます者もいなければ、自分を支えてくれる人もいない。
自分の敵ばかりの環境に置かれて辛くないはずはないのだ。
「少し誤解がありますね。わたしはあなたの声を聞いたと言うよりはあの男を不審に思っただけです」
「それでも、あなたはわたしの言葉を疑わずあの男を疑ってくれた。知ろうとする愛がないと出来ない事です」
知ろうとする愛か……とアリシアはその言葉を噛みしめる。
彼女ならではの価値観かも知れない。
彼女の周りの人間は神父の事もカーリーの事もよく知ろうともせず、ただのイメージだけで全てを判断した。
その先入観のせいで彼女は謂れの無い事を言われ続けたのだろう。
彼女は強い。
それでもめげず真実を追い求めた。
きっと、母の事が大好きで愛していたんだと分かる。
でなければ、耐えられないような経験だ。
アリシアもそうありたいと見習いたいと思った。
「そうありたい者です。わたしこそありがとう」
「えぇ?」
「わたしもあなたから学ぶべきところを学ばせて貰いました。あなたはきっとわたしよりも強いのでしょうね」
「そんな、あなたに比べたらわたしなんて」
カーリーは両手を振ってそれを否定する。
このままだと謙遜の押し付け合いになってしまうと考えたアリシアは話を切り替えた。
「それより、あなたは今後どうするの?」
無難な話で適当に話を区切った。
アリシアの予測だが、彼女が記者をやっているのはあの事件を暴く為だったと思う。
ならば、それが果たされた今、カーリーが何をしたいのか純粋な興味があった。
「まだ、決めていません。でも、あなたの力になれたらと思っています」
「わたしの?」
「わたしの力なんて大した事はありませんがそれでもわたしはあなたに救われました。だから、何かあればわたしを頼って下さい」
彼女はそう言って自分の名刺を差し出した。
直後、彼女は次の仕事があると言って行ってしまったがその顔は今までの重みが取れたような晴れ晴れしい笑顔だった。
アリシアはその笑顔が見れただけで満ち溢れたように笑みを浮かべた。
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