偽神父との論争
「こちらはWW3中に市民達が領主の合意を得て建てた礼拝所です。当時とは様式が違いますが今では金メッキと宝石であしらった文化財としてもかなりの希少価値が……」
レベッカがアリシア達とマスコミに宣伝しながら入ると教会の中から言い争う声が聞こえた。
「あなたがやったに決まっているわ!」
「その話です。ですから、それには何の根拠もありません。言いがかりはやめて下さい」
そこには若い女と1人の壮年が立っていた。
若い女はカメラを持つメモを片手に怒鳴りつけている。
男の方は赤と紫の衣を着て頭の毛を剃り落とした跡が見受けられ、頭には赤紫のベレー帽を被っている。
アリシアは一目で男性に違和感を覚えた。
「なるほど、善人風ですが中身は狼ですね」
「どうしたの?」
「あの人なんか変なの?」
リテラとフィオナはアリシアの視線の先にいる神父風の男の事を気にしているのを察した。
「あの人、多分、人を殺してる」
「わかるの?」
「人を殺した人間の顔は大体、わかるよ」
「はぁ……流石プロ、言う事違うわ」
まだ、人を殺した事のない2人にはアリシアが感じてるモノは理解出来ないだろう。
しかも、あの男はアリシアが知るどの人間とも違う。
アリシアが知る人間の顔、ここでは吉火やシン、第2連隊の面々の事だが、彼等のような職務で人を殺した者の顔は整った引き締まりのある顔をしていたが目の前の男は違う。
人を殺しているのにどこかヘラヘラと笑っているような顔つき、善人そうに見えるがその内は獰猛な狼が住み着いている。
多分、貪欲で人を殺したタイプの人間だ。
『アリシア、あの男は完全に黒い。ここであの男の権威を失墜させる』
アストはいつになく凄い敵意で男を陥れようとしている。
アストが言うなら多分、あの人は黒いのだろうが何の証拠もないのに疑うのは世間的には良くはない。
『問題ない。既に証拠はこの教会内にある。それを抑えればチェックメイトだ。だが、それにはあの男を失墜させる必要がある』
「どうすれば、良いの?」
『いいか、まず……』
マスコミやレベッカは彼等の言い争いを倦厭して近づこうとしなかったが、アリシアは迷わず彼等の元に歩み寄る。
「こんにちは、お二人とも」
アリシアは2人に軽く挨拶し、2人はこちらを見つめてくる。
子供であるアリシアに「入ってくる余地はない帰れ」とでも言いだけな顔だ。
「わたしの家でどのような喧嘩をなさっているのですか?」
2人は眉を動かす。
男の方は気づかなかったが女の方はアリシアにようやく気づいたようだ。
「あなたがこの家の領主なのですか?」
男は信じられないようで確認してきた。
無理もないアリシアはただの小娘であり、そのように見られても仕方がない。
「えぇ、本日着任します。すいませんね。わたしの着任に際して少々、後ろが騒がしいようなので」
2人が視線を後ろに向けるとそこには複数の人間がいる事にようやく気付いた。
「それはすいません。領主様。すぐに立ち退きます。さあ、君も早く帰りなさい」
「はぁ!まだ、話は終わってないわよ!」
「何度も言っているがそれは事実無根だ。君の子供の時の証言など当てにはならんと警察が決めたではないか」
食いつく女に対して男は何食わぬ顔で受け流す。
「何かあるのですか?領主としてはここで何度も喧嘩をされると不愉快なのだけど」
嘘は言っていない。
アリシアはあまり言い争いが好きではない。
討論をする分には全然、問題ないが人の誹謗中傷は好きではない。
「ははは、それはすいません。わたしはここで神父をしている者なのですがこの女性がわたしを殺人犯呼ばわりするのですよ」
「呼ばわりじゃない!やったじゃない!わたしは子供時見たわ!母さんがあなたに殺されるところを!」
(なるほど、黒いとは思ったけど、もう確定に等しいかも……)
「それは君が幼くて気が動転していただけだ。現に警察もわたしが無実で証拠がないとそう結論づけた」
「隠したに決まっているわ!」
「わたしは神父だ。神に誓って殺人などするはずがないだろう。君はいい加減自覚を持つべきだ。君の行いがいかに異端な可笑しいか周りの人間の反応を見れば分かるだろう?」
それに女性は黙り込んだ。
恐らく、事実だ。
健全そうな神父と言うイメージが合わさり、それを悪者扱いする彼女。
世間から見れば彼女が異端に思われ、それを迫害した事だろう。
ただ、それは彼女を知ろうとしない愛の無さから出た事だ。
アリシアは彼女を知らないがこの神父はそれなりに知っている。
彼は迫害されるのを悪だと断じたようだが、それは違う。
ナザレの異端として扱われたイエスも異端の聖女と言われたジャンヌ ダルクのような聖君者は見た当時は迫害され、否定され、悪とされたが後世では正しいと評価された。
そして、聖書にも
あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。
と言う句節がある。
つまり、正しい教理ほど迫害されるのだ。
迫害が恰も悪いと言っているこの男が正しいようにはアリシアに見えない。
だから、アリシアは彼に問う事にした。
アリシアはリテラとフィオナに頼みマスコミの女性の帽子を借りてそれを被った。
「時に聞きますが神父。ここにある十字架やマリア像は神聖なのですか?」
2人は唐突な質問に2人の視線がアリシアを見つめ女の方は「こんな時に何を場違いな事を」と言いたげに睨みつける。
だが、神父は堂々胸を張って丁寧に答えた。
「勿論です。神を産み落とした聖母マリア様は偉大な方であり十字架も神の血が刻まれた尊いモノです」
「ふーん」
アリシアは神父に歩み寄り、素早く手錠をかけた。
「えぇ?」
神父も含めて周りの人間は呆然と立ち尽くす。
何が起きたのか全く分からない。
「ちょっと、アリシアさん一体何を!」
レベッカが仲裁に入ろうとする。
「来ないで!」
アリシアの鋭い声に当てられレベッカは足を止める。
「今は公務中です。レベッカ ヨーク代表。邪魔立てするならあなたとて拘束します」
アリシアは公人としての振る舞いで周囲に接する。
突然の事に流石にフィオナ達すらついていけていない。
「あの、せめて訳だけでも聴かせて下さい」
「訳ですか。この男はサレムの騎士である可能性があります」
その言葉にマスコミが騒ぎ出す。
目の前の男がテロリストと言われて怖がらない者はいない。
中にはあの神父を見知った地元記者まで本当なのか相談し始める。
「何を馬鹿な……だいたい、あなたは何の権限があってわたしを拘束する」
「知りませんか?わたしは軍人で憲兵職を兼ねています」
「軍人?あなたがか?」
「あなたの先の発言には聖書を重んじると言う教理を持った神聖ファリが言ってはならない事を言っていました。神聖ファリの名を騙るサレムの騎士もいます。あなたが捕まったのはそう言う訳です」
実際、ヨシビからそのような座学を受けた。
元々、“神の大罪”後、多くの神聖ファリがサレムの騎士に流れている。
現代でも旧時代の教理を信じる者がおり、救いを受けたいとお願い者の心に漬け込み、神聖ファリの名を語る詐欺集団がサレムの騎士にいると聞いた事がある。
もし、そんな人間を見つけたら拘束するのが、軍としては常識だ。
だから、公務として間違っていない。
「わたしの発言が可笑しいだと?馬鹿な、わたしは神聖ファリの教徒だ!テロリストではない!」
「では、何故、マリア像や十字架を神聖化するのですか?」
「何故って……聖書にそのように……」
そう言われ、アリシアは正面にある本棚から徐に十字架のマークが存在しない聖書を取り出し、それを開き、素早く捲りながら、書いている内容を全て把握してから本を閉じ、神父に向かい合った。
「ここには、“あなたはいかなる像も造ってはならない”と言う趣旨で書かれていますよ?」
「この2つは特別なのだ……聖書にそう書かれている」
「それは聖書のどこに書かれていますか?」
「そ、それは……マリア像は忘れた。だが、ガラテヤの信徒への手紙6章14節には十字架だけを誇るように……」
「ほう……では、あなたはキリストの愛や品性、犠牲をそう言ったモノは誇るに値しないと言いたいのですか?それらを誇る必要が無いと本気で思っているのですか?」
「そ、それは……」
「それにここで言う十字架はキリストの犠牲などを比喩しただけで物質的な十字架を現した物ではありません。文の前後を読めば分かる事です」
男は口籠り答えようとしない。
いや、答えられないのだ。
そう言われると正論過ぎて何も言い返せない。
聖書を信じる教会の教徒が神の愛や品性をどうでも良いと言っているような言葉に後ろのマスコミ達が奇異な目線を向けているから余計な事が言えなかった。
そして、今の句節以外で聖書の残らず読破しても十字架を神聖化して良い理由は消え、そしてマリア像を作って良いと言う句節が存在しない事はアリシアの説明で明かされてしまったので彼はいきなり窮地に立たされる。
「わ、忘れていたのだ!あなたがこのようにわたしを縛るから緊張して忘れたのだ」
「それは一理あるでしょう。では、手錠を解きます」
アリシアは彼の手錠を外した。
「これで言い訳出来ませんよ。あなたが神父ならここにいる全員と教徒と思い教えられますよね?」
「と、当然だ。わたしは神父だ。答えられぬ事などない」
だが、困惑していた。
さっきの質問で彼は確実に答えられなかった事に少なからず、焦りを見せている。
「ではまず、あなたはそもそも神を信じる者として礼儀がなっていませんが、どういう事か説明して貰えますか?」
「礼儀がなっていない?」
「分かりませんか?ここには、男が頭に物を被るのは、侮辱する事であるとあります。男の頭がキリストを現すのにあなたは聖書の言葉……即ち、預言を伝える時に何故、そのベレー帽を脱がないのですか?」
その言葉に会場が騒然としたアリシアの言葉が本当に聖書に書かれている事なのか、マスコミが検索しそれが事実である事に頷き、疑いの眼差しを神父に向け始める。
「だ、だが!あなたとて帽子を被っているではないか!さっきの話と矛盾しているぞ!」
「矛盾はしていません。この後の句節をみればわかりますが、女が預言する場合は頭にモノを被らねばならない。被らないなら、神を侮辱するからわたしはモノを被っているのです」
その言葉にマスコミは更に検索をかけ調べるが、アリシアの言う通りである事が証明され、頷く声が聞こえ始める。
その音が大きくなるに連れ、神父に向けられる眼差しが強くなる。
「それでは次の質問です。礼拝日はいつですか?」
「日曜日だ」
「ですが、ここには、安息日と呼ばれる土曜日を守れとあります。そこにここには安息日の翌日に香油を買ったと記録されています。安息日の次の日である週の初めの日と言えば日曜日なのは常識のはずです。つまり、日曜日は安息日ではありません。土曜日が安息日です。それにも関わらず、この日を心に留めて聖別しない?これはどう説明します?」
「そ、それは……聖書には日曜日に守って良いと……」
「その句節はどこに?」
「イエス様は日曜日に復活されたと……」
「それは今さっき説明した内容が復活に纏わる内容です。何度も言いますが説明した通り、土曜日を守る様に言いつけているはずです。日曜日に守る必要性は全くありません。質問を変えますが、聖書のどこにイエス様は自分の復活日を聖別するように語っていますか?それは別で祝えば良い。聖別するのは土曜日の安息日だと書かれていますが?」
「そ、それは……」
「これでは日曜日礼拝は正当でありません」
「だが、教会ではそのように……」
「神父なのに不勉強が過ぎますね。その教えはニカイア公会議でローマ皇帝の意向で出来た習慣であり公会議前では、イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。とあります。イエス様が模範を示しているのにそれに背くのはどうなんですか?」
「旧約の教えは新約では当てはまらない!」
「今の話は新約の話ですが?」
「時代が変わったからやる必要がないのだ!」
「聖書には、旧約にも新訳にも聖書の言葉を付け加える事はあってはならない。それをすると殺されるとも書かれています。更に律法に変更はあっても廃止はされないともあります。まだ、言い訳するつもりですか?」
神父はまともな反論すら出来ぬまま追い詰められ、口を噤む。
呼吸と脈拍が徐々に上がっていく。
彼女の言葉1つ1つがまるで雷のように耳に響く。
彼女の教えに反駁したい。
彼女の言葉など聞きたくない。
だが、どんなに理屈を捏ねても言い負かせる材料がない。
だが、認められない。
それを認めてしまえば、自分の権威と地位、力を全て失ってしまう。
そんな事、許すわけにはいかない。
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