見定める瞳
繋ぐ必要なんて無い筈なのだが、何故か繋がなければならない気がした。
通信を繋いでみると画面には白く短髪オールバックの年忌の入った50代半ばの男の顔で出てきた。
彼はこちらの顔を見ると一瞬驚いた様に見つめる。
「私はウィーダル ガスタ。AD ケルビムの艦長にして司令官だ」
「アリシア アイと……ゲフフっ……申します」
憔悴仕切っている彼女を痛ましく思いウィーダルは思わず聞き返した。
「大丈夫か?」
「あまり大丈夫じゃないかな……結構、全力出したからゲフフっ……でも、貴方が戦い足りないならもう少しくらい付き合いますよ」
少女は息を荒だてながら、冗談を口にする。
ウィーダルは顔には出さないが驚いていた。
自分達をたった1人で追い詰めた者がまだ少女と呼ぶに相応しい女である事に自分の目を疑う。
もっと、凶悪で恐ろしい存在を想像していたが慈愛に満ちたような可愛らしい少女だったのは驚きだった。
(娘が生きていれば……このような少女になったのだろうか……)
ウィダールは答えが出ない問いに対して夢想した。
もう、20年以上前の話であり、その答えは神しか知り得ない問答でしかないのだと自分に言い聞かせ、少女に正眼を据える。
「我々にそれだけの力はない。この船に残された力など後方の蟻の攻撃を防ぐ程度しかない」
ADの後方では戦闘能力を失ったADに砲撃をする地球統合軍艦隊の姿があった。
奇しくもADのバリアがアリシアを守っているのだから皮肉な話だ。
「どの位……持つんですか?」
「これ以上の火力が無いなら30分は持つだろう」
「凄いですね。あなた達も兵器。それだけ必死だったんですね。あなた達も……」
動力部を破壊したにも関わらず、それだけ動けるのだから何かをやり通そうとするその覚悟と執念には頭を下げたくなる。
アリシアの試算では動力部は壊したはずなのでバリアを張る力も無いはずなのだ。
それでもなお、バリアを張るような安全策があると言うのは彼らはよほどの準備と覚悟で地球に侵攻しようとしたのは目に取れる。
この覚悟を地球統合軍にも見習ってほしいほどだ。
「我々からすれば君の存在は脅威だ。よもや、APにこの艦が堕とされるなど誰も考えていなかった。君には相当な覚悟と力があるのだな」
アリシアはそれに首を横に振った。
「私は弱いですよ。強くなんて無い。誰かに支えられて何とかやっている様な無力で本当に色々足りない人間なんです。少しでも強くなりたくて努力したけど、今回の事で私の努力はまだまだ足りないんだと気づいた。一瞬でも諦めかけた弱さが私にあった、それに気づけた。だから、これだけは言わせて下さい」
「何かな?」
「ありがとう。気づかせてくれて」
ウィーダルは思いがけない言葉に思考が止まった。
何故、敵から感謝されねばならないのか、まるで理解できなかった。
未だかつて長い兵役を務めてきたが、敵に感謝された経験など今までなかった。
ある意味、予想外の戦術であり、彼女には驚かされてばかりだった。
「帰ったらもっと強くなります」
彼女には地球統合軍特有の驕り高ぶった態度はない。
謙虚に健気に自分の弱さを受け入れ、次に進もうとする誠意を感じる。
敵に対する恨み言や不平ではなく感謝を述べ、その意志のあり方だけで彼女が並の敵でない事が分かる。
ウィーダルはようやく言葉を振り縛った。
「そうか……どうやら、我々が真に警戒せねばならないのはやはり君の様だな。私はそれが確かめたかった。我らを下した者がどの様な者か見極めたかった」
「そう。なら、私にも見極めさせて」
「ほう。何をその瞳で見極める?」
「あなた達は何故、戦いを挑んだのか?それが知りたい」
「それを知ってどうする?」
「逆に聞くけど、私を見極めてどうするの?そこにあなたの私情は無かったの?断言出来る?」
まるで本質を見据える様な瞳の力がウィーダルから本音を自然と吐露させる。
「否だな。断言は出来ない。君はどうやら、聞き上手だな。相手に喋りたくさせてしまう」
「元介護士ですから」
「……変わった経歴だな。だからこそ、あんな奇抜な戦術が取れるのか?」
「ん?何か言った?」
「いや、何でもない」
特に素直に話す必要など本来はない。
ただ、彼女の前では何故か打ち明けても良いと思えてしまうほど不思議な少女だ。
きっと将来は美人で良妻になっている事だろう。
「我々は突然、攻撃された」
「突然?」
「WW4の時だ。我々は宇宙で地球の戦争とは無縁の生活を送っていた」
彼は事の詳細を語り始めた。
WW4の際、宇宙統合政府は地球での戦争を静観する形を取っていた。
外部からの干渉がより大きな戦乱を招くと判断したからだ。
戦争開始からしばらくの間は宇宙では平穏な日々を送っていた。
だが、ある日突然地球側がコロニーを攻撃したのだ。
理由は宇宙統合政府が地球に先制攻撃を仕掛けたと言う身に覚えのない話だ。
不意打ちに近い形での攻撃と電撃作戦で宇宙統合政府は敗戦。
以来、地球に隷属され、資源を搾取され、自由と権利を奪われた。
「私は地球側の電撃作戦の中で妻と娘を失った。私だけではない。宇宙の民達は地球の一方的な勝手で自由と命を奪われたのだ」
「話し合いでどうにかならないの?」
「我々も試みた。だが、こちらの使者は何者かに消された。例え、交渉のテーブルに付かせ我々の主張を述べた。だが、理解出来るモノを理解出来ないと偽る。我らを隷属した方が利益に成るからだ。欲望と誘惑の前には相互理解など無意味なのだよ」
アリシアは思った。
世界とはそうまでして戦いたがるのか?他者の自由を奪ってまで戦いたいのか?そこまでして利益が大切なのか?人間は言葉を介すだけの傀儡なのか?例え、人間同士が理解し会える術や力があっても結局意味は無いのか?なんで人間はこうなったのか?
アリシアの中に人間に対する不信感が募る。
人間はそこまで愚かではないと色んな人がいて面白いと介護士の時のアリシアなら言っていただろう。
でも、今は全然面白く無かった。
寧ろ、均一した傀儡の様な動きをする人間は機械以上に面白味がなく、機械より悪質かも知れない。
操り人形の様な動きをしながら、自分に意志があると言っているのだから悪意の無い悪意を感じる。
だが、確かに言える事がある。
アリシアは自分の守りたい者を守るという行為の結果、宇宙の民の希望を打ち砕いたのだ。
仕方ない事だったかも知れない。
地球統合軍の自爆特攻を防ぐにはADを止めるしか無かったのだ。
その結果、彼等の希望を砕いた。
彼等には彼等の守るべき者があったのだ。
だが、アリシアがしたのはその思いを踏み躙ると言う最低な行為だ。
アリシアの行為は元々、正義とは呼べず強いて言うなら悪であり、どんな理由にせよ希望を奪ったのはアリシアの罪だった。
アリシアの目から不意に涙が溢れ、アリシアは泣き出す涙を堪えきれず。両手で拭いながらヒクヒクと泣く。
涙はコックピット内でたくさん浮いていた。
「泣いてくれるのか……我々の為に?」
ウィーダルは思いがけない仕草に唖然とする。
敵の為に感謝だけではなく涙を流してくれる人間などウィーダルは見た事がない。
ここまで慈愛が深い人間は初めてみたかも知れない。
「だって……私はあなた達の希望を奪っちゃったから……悪い事しちゃったから……あなた達の幸せを奪っちゃったから……」
彼女は自分の胸を抱えるような仕草を見せて泣いていた。
自分の心の痛みを抱き抑えるように抱え込み泣いていた。
まるでウィーダル達を抱き締めて温めているようにも見え、不思議とウィーダルの心が温まる気がした。
「なら、君は自分のやった事を悔いているか?我々を倒さねば良かったと思うか?」
「そんな事……無い。わたしにも守りたい者があったから……政府の意向とか関係無くやらないと行けなかったから」
ウィーダルは振り返る。
彼女は最初の人工衛星での攻撃の後、友軍に攻撃されていた。
恐らく、軍の意に沿わない行動だったのだろう。
友軍を敵にするかも知れない状況に陥っても彼女は自分の信念でその愛で何かを守ろうとしたのだろう。
下手をすれば、我々と友軍を相手にせねばならない状況でも迷わず、信念を貫いたのだ。
たった1人でその身を削って自分を犠牲にし愛を実践したのだ。
(負けたな……我々が勝てる通りなど無かったのかも知れない)
こんな世の中でも他人を想い尽くせる人間に勝てる通りがどこにある?
他人の為に泣ける強い人間に誰が勝てる?否。誰も彼女には勝てないのだろう。
意志だけではなく伴う強さも確かにある。だから、これ程、心に堪えるのだろう。
「君に会えて良かった。私はそろそろ御暇させて貰うよ」
ウィーダルは艦橋の装置を起動させた。
彼の足元が丸く光った。
「また会おう。アリシア アイ!」
すると、彼は足元に空いた穴にスポッと落ちた。
「凄く唐突ですね」
アリシアも涙を拭い、そのまま帰還しようとしたが、突如、ロックオンアラートが鳴りアリシアは回避行動を取る。
だが、運動性が極端に落ちたネクシルは満足に回避出来ずに左腕を破損、もうライフルを撃つことすら出来ない。
そこには地球統合軍のAPがいた。
「こんな時まで私を狙うんですか!?」
アリシアは怒りを通り越して呆れた。
こんな所まで見栄を張りたがる地球統合軍に失望すら抱いた。
人間とはここまで愚かになれるのか……と内心思ってしまうほどにはアリシアの中で人間に対する不審の澱が心に募っていく。
◇◇◇
「テロリストが撤退している。追撃しろ!」
「その様な余力はありません。今、こちらでADを撃墜しなければ地球圏に被害が及びます」
地球統合軍の艦長は宇喜多に抗議していた。
流石の彼等も宇喜多の異常行動を看過出来なかった。
況して、自分達を救った英雄を無下にする事など出来る訳がない。
「そんな事は分かっている。その上で俺が判断したんだ。いいから従え」
「お断りします。司令の目的は非常に合理性と必要性更に実現性に欠けています。命令を拒否させて頂きます」
「お前?誰に口を聴いている?俺はお前達の上位者だ。その俺が決めた事をお前達は従えば良いんだよ!」
「では、やむ終えない!我々は監査権を宇喜多司令に行使します!」
「監査権だと?」
「どう言うものかお分かりでしょう。作戦の最高指揮官に正常な判断が出来ていないと判断した時、副官もしくは副官に準ずる者の全会一致で指揮官を拘束、権限を剥奪します」
宇喜多はそれを聞いて高笑いした。
「ははははは!お前馬鹿か!100近い艦がある中で全会一致が出せる訳がないだろう。俺の息がかかった人間もいるんだ。全会一致なんて不可能に決まってるだろうバーカ。今すぐそんな馬鹿げた茶番をやめろ。そうすれば命は助けてやるよ」
「それはやって見なければ分からんでしょう。始めろ」
モニターに開票が表示されジャッジには10秒以内に答えねばならない。
宇喜多は勝ち誇った様にニヤケ顔を見せつけていた。
自分の協力者もありジャッジが成立するわけが無いと分かっているからだ。だが、結果は瞬殺だった。
モニター一面に全会一致を表す緑の票で埋め尽くし宇喜多は唖然とした顔をしあり得ない現実でも見たような顔をしていた。
「司令。どうやら、私達の勝ちの様だ」
「馬鹿な……」
「ブラックホールである事実を伏せた事が仇となりましたな。それが貴方に息がかかった者にも不信感を抱かせたんですよ」
「馬鹿な。口外しないように命令した筈だ……」
「ホーネット少尉。その男を捕獲しろ」
「はぁ!」
オペレータの1人が席を立った。
この艦内には宇喜多を裏切らないと思われる人間を選んだ。
だが、目の前の女は自分を拘束しようとしている。
それが示す答えは1つしかない。
「お前が裏切り者か」
「宇喜多。お前が殺したのは私の恋人だった。それが理由だ」
一時的とは言え、階級を失った彼は元部下にタメ口での真実を知った。
情報を漏洩させたのは彼女の判断であり、それを基に各艦長を決断させる材料となった。
「踏み台なんぞに嵌められたか……」
彼は最後まで横柄で悪態をついた。
ホーネット少尉は殊更、不機嫌な顔を見せながら、彼を睨みつけて彼に手錠をかけた。
◇◇◇
「本当にここまでなの……」
地球統合軍は容赦なくアリシアに砲撃を繰り返し、機体の能力はもう限界に近く長くは持たないだろう。
本来なら諦めそうなんのだが、不思議と諦める事を諦めていた。
「命が続く限りは最善を尽くさないとだね」
アリシアは不敵に微笑み……寧ろ、ここからの逆転を考える事に高揚感が滾る。
さて、どうやって逆転するか?そんな事を考えた時だった。
突如、地球統合軍のAPが撃墜されていく。
「アリシア!無事か!」
「シン!」
応援に来たのはシンだけではなかった。
後ろから4機のワイバーンも飛んで来た。
「オレ達の事も忘れないでくれよ!」
「お嬢!今迎えに行く!」
「コラ!テメーら!お嬢に手出してんじゃねーぞ!」
副隊長であるシンが速やかに指示を出す。
「リリー!オレ達が抑える!お前はアリシアを回収しろ!」
「了解!」
シンと3人は地球統合軍を抑えている間にリリーはボロボロのアリシアを回収した。
「アリシア。良くやった!カッコよかったぞ!」
「そう……かな?よくわかんないよ」
「よく分からなくて良い!私はかっこいいと思ったぞ!」
「そっか……ありがと」
アリシアは途端に緊張が緩んだのか体に途端に睡魔が襲う。
「リリー……」
「なんだ?」
「甘えて良いかな……もう、起きてるのが辛いよ」
「ああ。ゆっくり休め!必ず守ってやる!」
「そっか……なら、安心だ……」
アリシアはそのまま眠りについたと同時に地球統合軍の機体は撤退を開始した。
シンが通信を傍受するとどうやら、宇喜多が拘束されたのが原因らしい。
彼女達の後方では撃沈されていくADが映っていた。
こうして、後の「第1次宇宙軍侵攻戦役」と呼ばれる戦いが終わった。
だが、地球を包む動乱は地球が引き寄せる因果によって新たな脅威が迫りつつあった。
◇◇◇
数日後
拠点となった廃棄された資源衛星でアリシアの回復を待ってから地球にテレポートで帰還する事になった。
この拠点は宇宙に上がってから作戦を行う上で拠点にした場所であり3日だけだが、思い入れが多少ある。
拠点を住み易くする為に危険な罠などをアリシアが自ら危険を課して解体したり、拠点に残った食材で戦地で食べるとは思えない出来栄えのカレーを振る舞われたりわざわざ、リリー達の寝室の掃除までアリシアは引き受け、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
もしかしたら、そんなアリシアの誠意に当てられたからリリー達はこんな困難な作戦の中でもアリシアに従順になれたのかもしれない。
もし、彼女の指示に従っていなければと考えると背筋が寒くなる話だ。
ネクシルは謎の支援者Wからの資材があり、なんとか応急処置が出来た。
帰還直後に食料と資材が送られてきた事に始めは困惑した。
何せ誰かの拠点がバレているのは非常にマズイからだ。
だが、アストがアリシアとの間で起きた事を映像記録として見せてくれた。
そこでWの正体が誰か分かった。
ウィーダル ガスタ中将。
宇宙のハゲ鷹と呼ばれた歴戦の指揮官であり、艦隊戦において全戦全勝の男。
たった1隻の船で2個艦隊を墜としたとも言われ、地球統合軍にとっては艦隊戦で一番注意しなければならない敵だった。
そして、彼から渡された物資には手紙が入っていた。
内容はこうだ。
この支援は私が個人的にやった事だ。
君達を襲うつもりはない。
アリシア アイ
次に戦場で戦う事があれば、我々は負けはしない。
君から学んだ事を活かし、必ず君の首を討ち取る。
それまではしばしの別れだ。
また、会おう。我が好敵手よ。
謎の支援者W
「マジかよ……」
「お嬢。とんでもない奴と戦ってたんだな。それもたった1人で」
「おおおお。お嬢カッケ!オレ!ガイアフォースやめてお嬢のところ行くぜ!」
テンションが上がり、ついには除隊宣言し始めた3人にリリーはツッコミを入れる。
「待て待て。やめるのは勝手だが、せめて任期を終えてからにしろ。それにやめても入隊出来るか分からないぞ」
「う……それもそうか。シン!ガイアフォースやめたらオレを雇ってくれ!」
「いや、待て。オレにそんな権限はない。それこそ、アリシアに頼め」
「どの道、お嬢が起きてからか」
その後、敵の現れずアリシアも無事に目を覚ました。
アリシア達はすぐにテレポートと地球に帰還する事になった。
ちなみに入隊させて欲しいという申し出はしたが「経歴が良い方が良いから任期を全うして」と返された。
結果的に彼らは任期が終わるまでに強くなると意欲が増したのでリリーにとっては行幸だった。
本当は経歴なんてどうでも良いのだが、アリシア達は何かと秘密を抱え過ぎておりこれ以上、外部に漏らすわけにもいかない。
それに任された仕事は真面目に真っ当してくれた方が社会人としての信頼も上がるからその点では任期を全うしてくれた方がアリシアも雇い易い。
その点は本当だった。
ただ、まだ、アリシアに受け入れる準備がない。
そんな未来が来るのか分からないが、アリシアは今の自分にできる事をやっていくだけだ。
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