決戦巨人狩り 4

 アリシアは3発目を放った時、敵のADが反転するのが見えた。

 自分への砲撃の雨足が強まっていくのが分かった。




「向こうも本気ですか。どの道、後2発で決めないといけない」




 アリシアは狙いを定める。

 アリシアは心を穏やかに静かにその時を待つ。

 スナイピングには焦りは禁物でスナイピングほど、ゆとりを持って挑まねばならない。

 エネルギーの乱流と揺れ動く紐の動きが鋭利な側面に重なる瞬間を狙う。

 傾向射撃を考える必要はない。

 ただ、スコープの真ん中に的が入るのを待つだけだ。

 弾幕の雨足を強くなり、彼女を守る隕石群は加速度的に消えていく。

 緊迫した状況が刻々と迫る。

 そして、その時が来た。




「いまだ!」




 アリシアは引き金を引いた。

 徹甲弾は慣性に乗り滑らかに進んでいく。

 敵の弾幕の雨を掻い潜り、そのまま直進していく。

 バリアに直撃する直前、乱流に流された紐と重なった。

 紐により守られた弾丸はバリア内部に侵入、そのまま円盤の鋭利な側面に激突した。


 繋ぎ目である側面は一定以上の力を加えると弱い。

 弾丸は側面を破壊、内部を貫通していき、その先にはADの炉心まで飛んでいく。

 弾丸は炉心とフィジカルコンデンサーに激突、AD艦内で危険を知らせるサイレンが鳴り響く。




「何があった!」


「機体側面0時方向が破損。炉心とフィジカルコンデンサーが損傷を受け出力が低下しています!」


「すぐにダメコンをしろ!炉心の出力は出来る限り落とすな。後ろから撃たれるぞ!」




 炉心は暴発しないように厳重に保護されている。

 出力が落ちた事で暴発の恐れはない。

 だが、落ち続ければ背後の地球統合軍から撃たれる危険性がある。

 宇宙統合軍はまたしても一気にピンチに陥った。




「撃墜にはまだ足りない!後1発!」




 アリシアは再び構え、先ほど当てた場所と同じ場所に狙いをつける。




「クソ。やはり侮れん。まさか、たった1発の弾丸で戦局を塗り替えるとは我らの敵を相当な化け物だった様だ!」




 艦隊戦で無類の強さを誇った自分がたった1機のAPに押されている。

 その存在は彼等を戦慄させた。

 地球統合軍の艦隊など路肩の蟻に見えるほど敵のAPは大きな畏怖すべき存在だった。

 炉心の出力はダメコンしているが予定よりも出力が下がった。

 バリアや砲撃の出力を低下し背後の地球統合軍艦隊の攻撃が背後から刺さる。




「撤退するしかないな」


「撤退ですか!」


「こちらで戦力を失う訳にはいかん。後方のバリアを強め撤退するのだ。いや……」




 ウィーダルは画面に映る蒼い機体を見た。




「バリアを展開しつつ余力も以て、あのAPを撃ち落とせ!今なら奴を守る物はない!」




 連続した飽和攻撃でアリシアを守る衛星群は殆ど無くなり、もう遮る物はない。

 撃墜するなら今が好機と考えたウィーダルは残りの火力を全て蒼いAPに向けて放つ。




「撃てぇぇぇ!」


「!」




 アリシアは驚き咄嗟に回避を取ろうとするが、拘束されていて上手く出来ない。

 ADの砲撃は無情にも衛星群を吹き飛ばしていき衛星群は影も形も残らず消え、衛星群があった地帯では火球が激しく光っているだけだった。




「さらばだ。勇敢な戦士よ。私はお前の事を忘れないだろう。貴官は私の好敵手だったぞ」




 彼は左手で消えた敵に敬礼をした。

 あの中で生き残っている事はまずない。

 だから、彼は戦死したと思い、左手で敬礼したのだ。

 だが……現実は一気に砕けた。




「衛星群方面より接近する機影があり!」



「まさか、そんな馬鹿な……」




 我を疑うように画面を見ると画面には全身がボロボロで白い煙を上げながら戦闘機形態で接近する蒼い機影が映る。




「飛ばされた衝撃を利用してブーメランを振り解いたのか!」




  例えそうだとしても、そんな身の熟しが出来るのは常人を超えていた。

  激しく打ち付ける衝撃の中で自機を自壊させず、機体をコントロールするのは不可能だ。

  だが、それを可能とし、こちらに突撃する機影が確かに存在する。

  ウィーダルは敵から並々ならない覚悟と信念を感じた。

  恐ろしいまでに洗練された生を貫き通す槍を垣間見る。




「速く撃ち落とせ!」




 ウィーダルの顔から焦りが滲み出る。

 迫り来る巨人てきを駆逐しなければ、自分の命がないと本能的に感じ取ったのだ。




「アスト!私を勝たせて!」


『エネルギー不足のため、アサルトモードは使用出来ません』


「でも、加速には回せるよね?私の体の事は気にしないで。絶対やり遂げるから」


『……』




 アストは困惑する。

 自分の使命はアリシアを守る事にある。

 命令を実行すれば、彼女が持たない。

 だが、回避性能が落ちた今、現在進行で機体の被弾は刻々と上がる。




『本当に宜しいのですか?』


「全力を出さずに死ぬくらいなら全力を出して死にたいの。それが私の尊厳。それが私自身を守る事だよ」


『……了解。ネェルアサルト起動』




 ネクシルの蒼い装甲が更に蒼く輝く。




「今度こそ終わりだ」




 ADはダメコンにより持ち直した出力でネクシルへのレーザー雨脚を強くした。

 だが、その瞬間蒼い機影は姿を消した。




「何!」




 蒼いAPは物凄い勢いで此方に迫って来た。

 その速度は速いだけではない。

 速さを保ちつつ、上下左右に超加速しながら迫って来ているのだ。

 機動性も落とさず、回避運動で一度も減速せず、寧ろ、更に加速をかけて迫ってくる。

 まるで慣性を無視したような動きだ。




「アレがAPの動きだと!」


「敵速度更に加速!は、速い!通常のAPの9倍の速度です!」


「9倍だと!」




 あり得ないその一言に尽きる。

 それだけの加速に人間が耐えられる筈がない。

 人間が耐え得る限界負荷を軽く凌駕している。




「うぅぅぅぅはぁぁっ……アスト……上げて」




 アリシアは更に加速を要求した。

 アストは一瞬戸惑う。

 殺人的な加速は彼女の肉体を傷つけるだけでは無い。

 彼女の生命力も奪ってしまう。

 加速を繰り返すたびに2つの命のリスクが増すのだ。




「やりなさい!私は全力はこんなものじゃ……ない!」




 その言葉にアストはもう迷わなかった。

 彼女を守ると決めたのだ。

 アストのやるべきは肉体的な死を守る事では無い。

 アリシアの魂の命を守る事だ。

 アストは使命を再び確かめ、噛み締め、機体は更に加速を始めた。

 最早、ADの迎撃システムではネクシルを追い切れない。

 銃口が捕捉する前にネクシルは射線から消えていた。




「敵のAP更に加速!そんな!こんな事が……通常の12倍の加速なんて!」




 ネクシルは希薄になった前面のバリアを突き破った。

 そして、人型形態になった。

 その姿は右腕を既に無くし左脚は破損して機能不全を起こしかけていた。

 バイザーアイは破損、内部のツインアイが露出していた。

 アリシアは最後の力で左手のライフルを構え、最初に被弾させた側面の穴に銃口を入れ込んだ。




「そんな状態で戦っていたのか……見事だ」


「はぁぁっ!これで!チェックメイト……だぁぁぁぁぁぁ!」




 アリシアは渾身の力を込めて最後の徹甲弾は放った。

 空かさず弾倉を切り替え、通常弾を全て叩き込んだ。

 放たれた弾丸は全て真っ直ぐ飛んでいき、炉心の内部とそこに併設されたフィジカルコンデンサーを貫いた。

 徹甲弾が炉心を貫き、軽い通常の弾丸が炉心周囲で跳弾の様に跳ね返り、フィジカルコンデンサーを破壊し尽くした。




「ケルビムの稼働率80%ダウン。戦闘続行は不可能です」


「総員。直ちに脱出しろ!」


「では、司令も直ちに!」


「部下よりも先に逃げる司令がいるか!お前達は先に行け!私にはまだやるべき事がある。これは命令だ!」




 艦橋の隊員達はウィーダルに一礼しその場を去って行った。




「さて、仕事を続けるとしよう」



 ウィーダルは通信を入れた。

 今後、自分達の脅威になるかも知れない敵を見定める為に……。

 




 ◇◇◇





「はぁぁ……はぁっ……」




 アリシアは既に満身創痍だった。

 体中が痛み息をするのも苦しい。

 話すのも億劫になりそうなほどに息をする度に肺が軋むように痛い、頭痛も激しく微かに眩暈を起していた。




『随分と無茶をしましたね』


「でも、生きてるでしょう?」


『自動帰還を起動しました。友軍の近くまで移動します』


「お願い。もう……腕も脚も上がらないよ」




 アリシアの体は全身が痙攣を起こし、汗も滲み出ていた。

 体感調節機が回っていても追いつかない程に体を酷使したのだ。

 体温は急激に上がり体中が熱く、意識もぼんやりとし戦闘をする気力すらない。

 だが、世界はそんなアリシアの事情などお構いなしと言わんばかりに通信が入って来た。




「誰……から?」


『敵からの通信です。繋ぎますか?』


「繋いで」

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