決戦巨人狩り 3
必ず、帰ってこい。
アリシアはそれに応える事は無かったが、息を荒立てながらただ、不意に笑みを零す。
「ね……あと、どの位……」
「そう……だな。後、5分だな。そっちは?」
「そろそろ……限界かも……でも、粘ってみるよ」
アリシアとシンも量子回路を使えば使うほどWNを大きく消費し限界が近付いてきた。
粒子の供給は人間に依存している以上、使用者は体力を削られる。
シンはともかく、未だ量子回路の扱いに慣れていないアリシアのレーザーの軌跡が弱まっていく。
「この程度!」
アリシアは気力と体力を振り絞り、1発1発に全力を込めて放つ。
そして、シンのレーザーも徐々に弱まり始める。
アリシア程ではないが彼も体力を消費していた。
しかも、ADの圧倒的な弾幕の中で避けなければならないのが辛い。
アリシア達は弾幕を避けながらレーザーを放っていく。
2人で効率的にブーメランを落としていくが体力に余裕のあるシンがアリシアよりも前に出てブーメランを引き寄せる。
アリシアはそれを何とか援護する形で撃ち落とし、大半をシンが撃ち落としていく。
悔しかった。
彼に負担をかけているのは明らかに自分なのだ。
自分の無力さを噛み締めるばかりだ。
だが、体力が無くなっていく中、集中力も消え掛ける。
アリシアが放った一撃は威力が足りずにそのままブーメランの接近を許す。
「しまっ……」
アリシアは咄嗟に回避を取ったが、ブーメランの1つが右脚に絡みつき右脚は身動きが取れず、運動性が著しく落ちる。
そこにADのレーザーが右脚を吹き飛ばし回避性能は25%低下した。
この弾幕の中で25%低下するのは致死に値する。
「うぁ!」
「大丈夫か!」
「まだ、戦えるよ!」
「後少しだ!あと少しで敵のブーメランの予測残弾が尽きる!」
シンの画面には敵のADの予測残弾が表示されており、敵の残弾は既に1割を切っていた。
ブーメランが消えれば、アリシアを連れて離脱する事が可能だった。
シンとアリシアは距離を取った。
お互いに満身創痍でもうレーザーを落ち続ける体力は残っておらず、後は逃げ切るだけだ。
「逃すな!あのAPを撃ち落とせ!」
ウィーダルは地球統合軍の艦隊など眼中にない。
敵の艦隊は無能が指揮しているのは明白であり、勝手に自爆するだろうと考えていた。
ウィーダルは最大の脅威に目標を定める。
地球統合軍の艦隊はただ無闇に砲撃を繰り返すだけの単調で味気ないモノで既に総数は3割にまで落ちている。
ウィーダルにとって、この場の最大脅威は圧倒的な物理に物を言わせた地球統合軍ではない。
ADの前で無力と思われたAPで自分達に切り札を使わせた蒼い機体だ。
ウィーダルはその小さな巨人に畏怖を覚えると同時に敬意すら抱いた。
自分にはあんな戦術は取れず、思い付くことすら無かった。
まるで好敵手にでも会った高揚感がある。
だが、名残惜しさもあるが、それもここまでだ。
恐らく、敵はレーザーのエネルギーが付き、撤退を開始している。
こちらのブーメランが切れた所で一気に離脱するつもりだろうとウィーダルは読んでいた。
「名も知らぬ地球の英雄よ。お前は強い。あの戦術は私が疎ましく思う程だ。だが、勝つのは我らだ!」
「補給部隊の補給完了しました」
「再装填!撃て!」
途切れたブーメランか再び解き放たれた。
「よし。ブーメランが途切れた!このまま撤退……」
シンはアリシアを抱えて離脱を試みた。
だが、その時再びブーメランが飛翔してきた。
「まだ、残っていたのか!」
シンはアリシアを抱えながら回避するが、長くは持たないのは自明だった。
このままでは共倒れだ。
普段なら
だが、WNを大幅に消費した事でその余力もない。
シンは一瞬迷った。
このままアリシアを抱えていけば、確実にやられる。
シンが生き残るにはアリシアを捨てなければならない。
だが、シンにはそれは出来なかった。
シンにとってアリシアは今後も必要な存在だ。
ここで見捨てるのは合理的とは言えないと理性的に考えるが、それ以上に無性に彼女を手放したくないと感じていた。
やっと出来た繋がりを離したくは無かったのだ。
「捨てなさい!シン!」
アリシアが一喝した。
「アリシア……」
「あなたは生きて。あなたはあなたの道を歩んで!ここで止まれるような安いものじゃないでしょう!」
「だが、それはお前がいてこそ為せる事だ!お前を置いていくなんて!」
「甘ったれるな!」
シンはその言葉に心が揺れた。
「私達は私達の望む望まぬに関わらず、多くの人を動かした!人生すらも揺るがした!もう止まるわけにはいかない!こんな所で中途半端に終わらせる訳にはいかない!罪の贖罪を終わらせる訳にはいかないの!それは刈り取った命に対する最大の冒涜だよ。私達は例え、死んでもそんな事をする訳にはいかないの!」
シンはその言葉が心に刺さる。
例え、どんな理由があるにせよ命を狩り続けた自分だけが大切な何かを残すと言う誘惑に囚われて良いわけがない。
それをしてしまえば、それは大切な彼女に対する最大の冒涜と変わらない。
シンは決断しその手を離した。
すると、みるみるうちにアリシアはブーメランに拘束されていく。
「アリシア!」
「シン……また会おう」
彼女は微笑んだ。
そして、立ち所に隕石群にある隕石にその身を束縛されていく。
無情にも砲撃は強まり、もう近く事すら出来ない。
シンは歯を軋ませながら呟いた。
「必ず……迎えに行くからな!」
シンは唇を噛み締めながら、戦闘機形態で去って行った。
「1機取り逃がしました」
「いや、蒼いのを束縛出来ただけ十分だ。隕石群に砲撃を集中!確実に撃ち落とせ!」
ADは弾幕の雨を隕石群に注ぎ込み、衛星群が徐々に消えていく。
徐々にそれがアリシアに迫って来る。
束縛された隕石にADの砲撃が掠め、徐々に削れていく。
「もうダメかな……短い人生だったな。何も出来ないまま終わる。悔いても悔いてもキリがないよ。まだ、やりたい事がいっぱいあったのに……」
命の終わりが刻々と迫る。
「シンに酷いこと言っちゃったから謝りたいな。お父さんの手術費も手続きしないといけない。まだ、フィオナ達にも会えてない。お母さんとの手紙ももう送れない」
隕石群の大半が消え、死が迫る度に思いが募る。
「もう何も出来ない。私は結局、変われなかったのかな……」
アリシアは不意に自分の今までを振り返る。
兵士に成ってからの自分。
適性も何もかもが人より劣っていた。
それでも力が欲しくて一杯空回りの努力をして凄い落ち込んだ。
あの落ち込んだ中で味わった地獄は今でも忘れられない。
何も出来ない。
抗う気力も体力も全て奪われた。
自分の肉体が朽ちて死ぬのを待つだけの逃れられない死の鎖が自分を地獄に引きずり込んでいた。
「あぁ……」
アリシアは不意に気づいた。
今の自分がどんな状態なのか。 生きる気力がまだある。体力も僅かだが残っている。死の鎖にも繋がれていない。
アリシアは目を閉じ、おもむろに両手をクロスする様に重ね合わせた。
まるで祈りを込める仕草で何かを確かめる。
そして、自分の中にある力を確かめる。
「まだだ、まだ、私は抗える。抗いたいんだ!最後最後まで抗って命も生気も何もかもを捧げてでも私は死力を尽くして誠意を尽くして抗いたい!」
銃を構えよ
そんな言葉が頭に過ぎった。
その声が何なのかは分からないが、アリシアはすぐにそれに従った。
疑う余地は無い。
それで勝てると確信したからだ。
アリシアは機体を無理やり動かした。
機体全身がギシギシと音を立てながら銃を構えた。
幸いブーメランが隕石と機体を固定しているので姿勢は固定されている。
「この後はどうするの?」
紐を……撃て
謎の声は掠れるような声で端的に言った。
「紐?何の事?」
一瞬何のことか分からず聞き返した。
だが、その声はもう聞こえなかった。
その紐が何の事か分からなかったがある事が思い浮かんだ。
「紐……もしかして!」
アリシアはADのバリアを覗いた。
バリアにはエネルギーの乱流が流れており、バリアの流れの中に微かに小さな紐がスパークを立てながら流れていた。
「あの時のテザーの切れ端がまだ残っている」
アリシアは意図が読めてきた。
確かにあのテザーを撃てるならスパークにより、バリアの出力が局所的に落ちている。
それなら実弾が貫通する可能性があった。
だが、距離がある。
アリシアはスナイピングが得意なわけではない。
しかも、仮に貫通出来てもAPの弾丸ではADに当てても意味が無い。
況して、相手は円盤型だ。
円盤の何処に当てても弾丸が逸れ易い。
効果的な打撃が乏しいと言える。
せめて、真横の縁の繋ぎ目を撃たなければならないと考えた時アリシアは「あぁ!」と声を漏らす。
「そうだ。円盤の
アリシアは弾倉を徹甲弾に切り替えた。
銃のステータスが表示され装弾数5発と表記される。
敵の弾幕はより一層激しさを増す。
衛星群は徐々に消え、もう遮り物が消えていく。
「!」
アリシアは狙いをつけ、1発目を放れ弾丸は飛翔した。
だが、エネルギーバリアに阻まれ蒸発する。
2発目が装填される。
「司令。蒼い奴がこちらに発砲しました」
「被害は?」
「バリアで蒸発しゼロです」
ウィーダルは項垂れる。
徒労だと分かっていながら、それでも諦めない名の知れぬ敵に畏敬の念を抱いた。
「絶望的な状況でも諦めないか……敵ながら見上げたものだ。同じ地球統合軍とは思えんな」
アリシアは2発目を放った。
だが、それもバリアに阻まれる。
「諸君!今、我らが対峙している敵は地球軍ではない。たった一機で我らに挑む勇敢な真の戦士だ!我々が対峙する最大の障害だ。APだと思って侮るな!奴に隙を与えるな。我々はあの蒼き障壁を越えぬ限り我らに勝利は無い!我々の全力で奴を迎え撃つ!全砲撃を奴に向けろ!」
艦橋の人間達は「サー!イエス、サー!」と答えた。
ADは前方の艦隊を無視して反転し艦隊には一切砲撃をしない。
背を向けた状態でバリアで防ぐのみだ。
「艦長。これは……」
「どうやら、敵は我々を敵と見る価値すら無くなったと言う事だろう」
「まさか、ADの全火力をAP1機に向けるなんて……信じられない」
「敵からすれば我々はその程度の相手と言う事なんだろう。それを喜ぶべきなのか……」
艦長は複雑だった。
自分達の身の安全は確保出来た。
だが、それはたった1人でAPに挑む事になった名の知れぬ英雄を作った事に他ならない。
たった1人と自分達では天秤にかける価値すらないと言われたようで歯痒かった。
「死なないでくれ。名も無き英雄よ」
艦長は名も知らぬ英雄の無事を祈るしかなかった。
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