行いに応じた報い

 地球 ニジェール


 アサルトを使いアリシア達は地球に帰還し何の変哲もない砂漠のど真ん中に着陸した。

 辺りに敵影などはなく、本当にただの砂ばかりの世界が広がる。

 到着して早々、やはり転移技術に不安があるのか3人兄弟のミーゲルがすぐに状況の確認をする。




「おぉ!此処は何処だ?」




 それにアリシアが答える。




「ニジェールの北西部ですね」





 それにフーゲル、ユーゲルが歓喜した。





「帰って来れた。やった!」


「アレだけの事をして誰も死んでねーとは奇跡だな」




 ただ、リリーには少し気がかりがあり、思わず口を開く。




「まぁ。これで一件落着かな。問題はこのまま帰還出来るかだな。宇喜多司令は識別信号を無視して攻撃した。帰還した我々が捕まる可能性もあるな」




 すると、アリシアは天音から通信を受け取り、対応を始め「はい、はい」と頷きながら何かを聴いていた。

 少しして「分かりました。また連絡します」と通信を切り、リリー達が抱いていた不安に答え始めた。



「それなんですけど、宇喜多司令はどうやら監査権を行使されて地位を剥奪されたそうです」


「なに?」


「あぁ……そんな話してたな」


「てか、知ってたなら早く言えよ!」




 ミーゲルがシンにツッコミを入れ、アリシアは「まぁまぁ」と宥めた。




「今、極東基地から連絡がありました。現在、特攻機の解析を行ないています。コックピットの中身も分かったので宇喜多司令は近々、人権蹂躙、権利乱用、妨害罪諸々の容疑で軍法裁判にかけられる様ですね。だから、心配はいりません。このまま堂々と帰って下さい」





 すると、ユーゲルが口を開く。





「何から何まですまないな、お嬢」


「ふぇ?私は大した事なんてしてないよ。寧ろ、こんな無茶な作戦最後までやり遂げてくれたこっちが感謝したいよ。ありがとう」


「いやいや、そんな事はない。多くの人の命を救い、俺達をちゃんと生還させた。結果的に俺達が問題なく帰還出来る様にしてくれた。それにこんな大きな作戦の勝利に貢献出来た。それだけで伯が着きましたよ」




 そして、フーゲルも口を開く。




「お嬢……いえ、隊長。また、何かありましたら、ガイアフォースに依頼して下さい!出来る限り御要望にお答えします!」




 リリーも最後にアリシアに頼み……と言うより願いを伝える。




「まぁ、アレだな。ありがとう。君の事は忘れないよ。私も帰ったら自分がした過ちを告白しよう。ガイア2αの件も私としても気になるからな。何か分かれば連絡するさ。ただ、1つ覚えていて欲しい。我々は決して悪人では無い。それを違えるなら私は君に命を捧げよう。だから、待っていてくれないか?真実が分かるまで……」




 アリシアの中から既にリリー達に対する警戒心は無くなっていた。

 途中までは「最悪を想定して」ガイアフォースがブラック企業であり、裏切る可能性があるのではないか?と考慮して作戦を立てていたのだが、それを使う事は無かった。

 寧ろ、使おうとも思わなかった。

 彼らは真面目で忠実な良い兵士であり、アリシアは軍人と言う者に少し偏見があったのかもしれないと思ったからだ。

 カエストやミロスのような人間が稀で組織立って悪い事を平然と行うのが軍人だと思っていたが、少なくともガイアフォース全体がブラックではないと言う事は今回の件で分かった。


 知れば、愛すると誰かが言っていたが、確かに知ろうとする事は大事なのだろう。

 出なければ、人は争ってばかりだ。

 アリシアがもし彼らを知ろうとしなければ、アリシアから争いを起こしていたのかも知れないとアリシアも今回の件で学ぶことがあった。

 それだけで今回の報酬は十分で……せめてもの想いで、仲間と思った人間達の要望には応えたいと思った。




「うん。分かった。そもそもそう言う契約だから私もちゃんと守るよ」




 最後の最後までアリシアは真面目だった。

 彼女の誰かに尽くそうとする品格を間近に見てリリーも学ぶところがあった。

 リリー達の身の回りの世話をして甲斐甲斐しく世話をする姿はまるで象だった。

 象の群れのボスは一番、幼い象の世話をするそうだ。

 つまり、群れの頂点にいるほど世話をする立場になるのだ。

 そういう意味ではアリシアには指揮官として理に適った素養があったのかも知れないとリリーは感じていた。


 アリシアが自分達を甲斐甲斐しく世話をするからリリー達はあの状況でも命令に従えたのだと改めて思う。

 もし、これが他の指揮官で階級を傘に着て命令するだけならこんな困難に任務を熟せたとは思えない。

 今回の件でリリーは従順の大切さと指揮官としての仕える品格を学べたのだと思う。

 少なくとも今のリリーでは彼女のような指揮官には成れそうになく色々、足りなさすぎると自覚した。


 アリシアの誠実さには頭が下がる想いだった。

 仇同然のリリー達にチャンスをくれた想いを無駄には出来ないからこそ飾った言葉ではなく「分かった。ありがとう」とリリーは簡潔に返す事にした。




「それでは失礼する。また会おう。戦友トモよ」




 彼女達はそう言い残し、最寄りの基地に向けて撤退して行った。

 その背中はまるでまた会えると確信している様に別れる寂しさを感じさせず、去っていく。




「行っちゃったね。なんか少し寂しいな……」


「また、会う機会があれば必然的に会うさ。そう言うものだ」


「そう言うモノ?」


「そうだ」


「うん。なら、また会えるまで待つ」




 アリシアはその再会を待ち侘びる様な笑顔を見せる。





(コイツは本当に些細な事でも嬉しそうに笑うな。だが……)





 シンは逆に不安だった。

 その笑顔が打ち壊される日が迫っているのではないか?と思えてならないのだ。

 かつての笑顔を忘れた自分の様に……。




 ◇◇◇



 

 シンにベナン近くまで運んで貰った。

 シンのテリスはともかく、アリシアのアストはかなり損傷が酷くAD戦で機体はかなり損耗しオーバーホールが必要なレベルだった。

 シンは第2連隊にひとまず戻り、アリシアはネクシルの本格的な整備が可能なベナンに戻った。

 アリシアはシンに「少し休んだら」と促したが彼は断った。

 彼はどうもNPを警戒している様で無理に誘っても彼の為ではないと思い、それ以上は言わなかった。

 それから格納庫に入ると吉火の出迎えがあった。




「お疲れ様です。戦果は聴きましたよ。見事です」


「もしかして、お世辞?」


「いやいや、まさかそんな訳がないでしょう」


「もう……そんな気を使わなくて良いよ。アレはダメですよ。統合軍の反撃まで予測と対象が出来なかったのは私の未熟さがあったからです。それを起因に隊が全滅した可能性もあった。はっきりそう言って良いんですよ」


「えぇ?あぁ、うん。そうだな」


「やっぱりそうですよね。まだまだ、強くならないとダメだな。やっぱり、私の努力は薄ぺらい。まだまだ全然足りないんだ。私、シュミレーター篭るんで整備お願いします!」




 吉火が引き止める暇もなく彼女はそのまま走り出し、吉火は頭をかき毟る。






(謙虚で気持ちに油断がない、慣れと言う慢心も無い。意識が高いのは良い事なのだが……自己評価が厳しいのも結構だが……彼女は頑張り過ぎだ)






 吉火は彼女の何があそこまで掻き立てるのは分からなかった。

 真面目なのは非常に結構な事だが、大きさ作戦の後くらいはせめて休んで欲しいと内心激しく思った。




「かなり興奮して疲労に気づいていないな。仕方ない」




 吉火は急いでシュミレータールームに向かいシュミレーターを動かそうとするアリシアを説得した。

 疲労と戦闘効率の因果関係を10分くらい話した。

 幸い、アリシアは物分かりが良く論理的な話ならちゃんと聴いてくれる人間だったので自分が疲労していると理解し大人しく睡眠薬を飲んで一気に眠気に襲われ、そのまま吉火に背負われ、ベッドに入りアリシアは仰向けになり両手指を合わせ、お腹の辺りに置きそのまま直ぐに眠った。


 やはり、余程疲れていた様でベッドに入ると直ぐに眠りに入り、スヤスヤと眠りその寝顔はADと言う巨人を倒した猛者とは思えない様な健やかで幼子の様な寝顔だった。

 吉火はそれを微笑ましく見つめる。




「全く、手間のかかる娘だ……」




 吉火は皮肉の様な嬉しさを口に出して微笑んだ。







 ◇◇◇





 第2連隊寝室

 



 全く手間のかかる奴だな……




 師匠はそんな微笑みを浮かべていた。

 彼から剣を学び、戦い方を学んだ。

 良くも悪くも今の自分と言う人間を作ったのは明らかに彼だった。

 彼との思い出は代え難い物が多い。辛い事も経験した。苦楽を共にした。

 最初に背中を預けたのも新兵だった自分を側で支えてくれた最初の戦友であり、自分が目指した人でもあった。

 自分が仲間の死を間近で見た時、師は自分にこんな檄を飛ばした。




「美しい記憶に縋りたくなるのは人間のサガかも知れない。だが、それは厳しい戦いに身を置かない者だけの特権だ」


「特権……」


「そうだ。戦う者は誰もが死神だ。等しく人を殺す。それは醜い記憶を相手や親近者に植え付ける。だから、自分達が命を刈り取る者である事を忘れるな。醜い記憶と共にいろ。それを忘れる事は死神の鎌を……力を使うに値しない者だ。値しない者が力を振るう事は只の破壊と同じだ」




 師匠はシンにそう教え、シンはその言葉に救われた。

 自分の中の死神と向かい合い、律する事で自分が自分で居られるように研鑽を積み、強く成れたとも思えた。

 辛い過去と向かい会い、力に変える術を教えてくれた事が一番の贈り物だった。

 だからこそ、シンはあの日を忘れられない。

 師匠が正義を行った忌むべきあの日を……。




「師匠!何故、俺達が戦わなければならない!」


「人類の未来の為だと!それは只の偶像だ!見栄えの良い正義じゃないか!」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」




 その直後、世界に亀裂が走り爆ぜた。




「!!」




 シンは目覚めた。

 あの悪夢が自分に迫る衝撃で目が覚める。

 第2連隊に戻ったあと報告を済ませ、睡眠薬を服用しそのまま就寝していた。

 シンにとってもあの戦いはハードなモノで睡眠薬を服用したら直ぐに眠ってしまい、久しぶりに熟睡した気がする。

 良い目覚めとも言えるが見た夢は最悪だった。




「何で今になって……の夢を見るんだ……」




 シンはベッドの上で頭を抱える。

 あの時の事は忘れもしない。

 あの時から彼の中には正義と言う物に嫌悪感を抱いており、悪が好きな訳ではないがそれ以上に正義が嫌いだった。

 正義と言えば、何でも正当化出来てしまい人はそんな偶像に縋りたがる。

 正当化すれば、何でも踏み台に出来る。

 例え、それが素晴らしい思想でも正義の前にはその思想すら踏み躙られる。

 かつての師匠が死神の鎌を教えながら、正義に呑まれたようにだ。


 アニメの主人公の様に正義の名の元に悪に武力行使出来る。

 武力衝突を回避する術があってもそれを目に入れず、無かったモノとし鉄拳制裁を下す。

 人は正義に縋る。

 だから、嫌いになった。

 あれ以来、シンは正義を信用しない。


 シンにとって正義の味方の教義とは悪役のセリフと変わらなかった。

 希望、自由、平和、未来、可能性、愛……人はそう言った者を守る為に正義を翳す。

 それを人は必ず正しいと信じており、それが高慢だと誰も考えはしない。

 少なくともその高慢の被害者がシンとアリシア……そして、特攻機に乗せられた者達だ。

 美しい事を為せば、その裏で散る醜い部分を正義の味方は見ようとしない。

 いや、自分の行いが美しいモノに見えているだけで美しい事を為したつもりになり、酔いしれているだけなのだ。


 贖罪は行わず、ただ正義を成した事実だけを残すだけの存在、それは戦う者にとってあっては成らないとそれが師匠は教えたはずであった。

 だからこそ許せない、許されない。

 正義の名の元に悪意なく他者を犠牲にする悪意無き悪意は邪悪そのものだ。それが神代シンにとって悪であり、それを殲滅する事こそ正義と思っている。




「だから、俺は狩り尽くす。この世の正義が消えるまで……!」




 シンは目に宿る憎悪を抑える様に右手を力強く握った。


 



 ◇◇◇




 フランス パリ


 リリーは隊に帰還し今回の作戦の状況説明をした。

 カーンは頷きながら一通り聴いた後、「御苦労だった」と言った。




「本来なら勲章を渡したい所だがお前の作戦は正規の作戦では無いからな。その……すまん」




 カーンは不器用ながら、面目ないようで頭を下げる。

 本来なら何か褒美でも渡したいのだろう、がそれが出来ないのが歯痒いようだ。

 不器用だが、部下想いの良い上官であるのはリリーはよく知っている。

 今回の件でカーンが良い上官である事をリリーは知った。




「いえ、寧ろ仕方がないと思います。それに私は別に不満はありません。それに労うならもっと相応しい者がいます」


「コードブルーか。彼女はどんな人間なんだ?」


「どんなですか……そうですね。所謂、天才ですね。頭も回りも良く、戦闘能力も高いです。それでいて思いやりがあり、無意味な事はしない。本質的に嘘をつけるタイプでもないですね。また、必要な事は徹底的にやり込む様な人間です」


「嘘をつかないか……それは本当か?」


「私が見た限りはそうでした。尤も、作戦の為なら嘘をつくタイプでもあると考えます」




 カーンは何か納得した様に「そうか」と呟いた。




「分かった。下がって良いぞ」


「では、失礼しました!」


「いや、待て」




 カーンはその場を去ろうとしたリリーを呼び止めた。




「なんですか?」


「コードブルーと連絡先を交換したな」


「……バレてましたか」


「ブルーにそうする様に頼まれたのだろうが……流石に感化できんな」


「処罰を受ける覚悟でやりました」




 リリーは正直、打ち明けた。

 彼女としても友人として彼女個人を応援したいという気持ちがあった。

 無論、私情でこの連絡先を使う事はしないつもりだったが、可能な限り協力するつもりだった。

 それだけ彼女から受けた恩が大きかったからだ。

 それ故にリリーは堂々と罪を告白する。

 アリシアはその様にした通りにした。

 罪を逃れる言い訳をする自分とは、もう向き合いたくは無かった。

 カーンはリリーの真剣さを見て「はぁ……」と思わず、呆れた様に息を漏らす。

 だが、どこか微笑ましくもあった。




「少しは自分の行いに責任が持てる顔になったな」


「はぁ?」


「いや、良い。独り言だ。では新たな任務を与えよう。ブルーとの仲介は貴官に任せる。あの事件の真相に関する情報は共有するとブルーに伝えろ。なお、処罰はトイレ掃除3日だ」



 規律を重視する関係上、やはりルール違反には相応のペナルティが付くものだが、だとしてもカーンが課したペナルティはかなり良心的だった。

 本来ならこの程度では済まないだろう。

 リリーはカーン連隊長の恩情に感謝した。




「連隊長!感謝します!」




 リリーは敬礼をしてその場を去りリリーが去った後、カーンは呟いた。




「どうやら、良い方向に成長してくれた様だ。その点はブルーに感謝せねばならんな。しかし……嘘を付かない人間か。なら、あのサランクスでの調査結果は彼女の作戦の内なのか……こちらのリサーチ不足か……或いは……」




 カーンの元にはこの時点でのサビーヌ少尉からの途中経過報告が上がっていた。

 最終的な報告は本人から纏めて聞く予定だが、それでもいつ死ぬかも分からない仕事柄途中経過でも報告させる様にしている。

 目を通すとサランスクの民の反応についても書かれていた。

「ブルーを村人の仲間ではなく敵対者のように見つめる反応をしていた」と言う記述だ。

 それを見るにブルーが何かしらの嘘を語っている可能性があるように思えたが、どうもそんな感じではない。

 カーンは妙な不安に駆り立てられる。




「既に何か起きているのか……」




 カーンの中で激しい胸騒ぎがした。

 まるで世界全てに広がるかのような風の佐々鳴りのようだった。。

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