やれば、できるの御業

「飛べ!スピア!」




 その言葉に呼応して機体の背後リアスカートから、円錐の鏃が一斉に飛び出す。

 鏃はそれそのモノが意志を持っているかのように軌道を変え、獣を掻い潜り、頭部を的確に抉っていく。

 抉られた獣は悶えるような悲鳴を上げ、黒い霞となって消える。

 鏃はすぐさま軌道を反転させ、すれ違った敵の背後から再び強襲、頭部を破壊していく。

 複数の鏃により、敵の勢いが一気に削れていく。

 敵の意識も次第に藍色の機体に集まって来た。




「す、すごい」




 感嘆の声が思わず出た。

 自分の1人ではここまでの戦闘は出来ないと断言できるほど彼の力は圧倒的だった。

 彼は獣に圧倒的な戦闘能力で機械のように殲滅していく。その鮮やかさにアリシアは見惚れていた。


 だが、敵の勢いはまだ完全には死んでいない。

 亀の胴体からは流れるように狼が流れ込んでくる。

 敵で出来た黒い川が意志を持ち、こちらに迫ってくる。

 アリシアも負けじとバズーカをマウントハンガーに格納し落ちていたライフルを手に持ち、狼に向けて発砲する。


 慌てず冷静に忠実に頭に狙いをつけて殺していく。

 1匹1匹と殺していくうちに抱えていた不安がその分、減っていくような気がした。

 慢心するほどの余裕はなかったが、それでも落ち着いて機械のように殺せるくらいにはなった。




「あいつ、この状況でよく冷静でいられるな」




 男もまたアリシアに感心していた。

 ある程度、実戦慣れはしていたがあの獣と初めて対峙し感覚で言えば、今の彼は全開とは言えない。

 多少、畏怖で体が強張り、狙いが甘くなっている。

 まるでのような敵に体が思うようには動いてはいなかった。

 だが、目の前の女は特に取り乱す事無く、自分の技量を全開に発揮し戦闘を行っていると彼は受け取った。


 技量はまだ、未熟なところが見受けられ、自分にも及ばない。

 だが、それでも並の人間が心理兵器の前で自分の全力を出す事など到底できない。

 彼ですら出来ていない事を彼女はやり遂げている。

 男はアリシアの事を自分以上の強い精神力があると高く評価した。




「少なくともあの男にはこれほどの強い意志はないか」




 彼女と会って彼の中で様々な謎が沸いていたが、それは戦闘が終わった後でも幾らでも考察できる。

 今は気持ちを切り替え、目の前の敵に集中する。

 男はスピアをコントロールしながら、マウントハンガーから両手でBushmasterACR A10 アサルトライフルを取り出した。




「テリス!準備はいいか!」


『認識化完了。いつでもどうぞ』




 彼のネクシルに搭載されたAIの合図を受け取り、男は敵の一群に狙いをつける。

 照準装置で敵を捕捉しライフルを補正、敵勢体を抽象的に捉え、白い丸枠の中に収めるように複数の白い丸が表示される。

 敵軍を最大効率で倒す為に白丸の密集具合と味方の損害を考慮して狙いを絞る。

 獣の大群が自分と彼女に集まって行き最大有効射程に入った瞬間、彼は引き金を引いた。


 銃口に煌めきが奔ったと思うと、迸る白い光の線が夜の闇夜を昼間のように明るく照らし獣達を焼き払っていく。

 獣達が白い光の炎に身を焼かれ空間を揺らすほどの叫び声を上げながら霧散していく。

 男は敵を最大限撃墜する為に右腕に構えたライフルを左側に払った。

 光の帯が扇型の軌跡を辿りながら、周囲の敵を焼き払っていく。白い光に黒い霞が混ざり陽炎のように黒い霞が揺らめく。

 夥しい敵は今の一撃で大半が消え、亀までの道筋が出来た。




「APに光学兵器なんて……」





 アリシアは藍色のネクシルタイプの性能に驚いた。APはエネルギーの大半を推進器に回している。

 これは推進器がイオンスラスターで出来ている為だ。

 推進剤に依存しないので機体重量も軽く、核融合の恒常的なエネルギー供給で戦闘稼働時間が大幅に向上している。

 その分、武器の実弾化が顕著であり、光学兵器を発射するだけのエネルギーを確保する動力は未だ開発されていない。

 だが、あの機体のレーザー出力は明らかに目を見張るものがあった。


 戦艦のそれとは一線敷くほどの高出力レーザーが今、APから放たれたのだ。

 明らかに現代APの数段上のスペックを持っているのは明らかだった。

 その性能に思わず息を呑むが、男が「いまだ!行け!」と一喝する声に我に返り、開けた道筋を滑走しバズーカを亀の頭部に向けて発射した。


 反動で機体の速度が落ちないように1発1発反動を処理しながら精確に狙った。

 弾頭は亀の頭部に激突し亀は悲鳴を上げる。悶える亀の首が激しくうねり頭頂部が揺れる。

 だが、アリシアはしっかりと狙いを定め、訓練通りに更に1発1発また1発と頭部に打ち込んでいく。

 弾頭が頭部に直撃し爆発が亀の頭部を覆った。

 直撃の度に悲鳴が聞こえていたが、その悲鳴も止み岩のような巨体を支えていた肢体が崩れ、腹から地面に落ち地響きが大地を揺らし、その後に続く様に頭部を失った首が大地に沈んだ。


 頭部のあった断面にはアストの予測通りAPが通れるほどの空洞と言うより喉があった。

 胴体からは未だ狼の群れが流れ込みこちらに迫っていた。

 アリシアは機体を加速させ、落ちている武器をマウントハンガーに格納し両腕にライフルを装備し喉に侵入した。


 それに続き、男も後を追いながら群がって来た狼を喉から進ませまいと入り口を防衛する。

 彼女を援護しようと思ったが、レーダーからは未だ狼が雪崩のように外に溢れ、喉から内部に侵入しようとしていた。

 流石に背後から挟撃されるのは不味いと考え、男は喉の入口で防衛線を開始した。

 男は黙々と目の前にいる理性なき獣達にトリガーを引き殲滅していく。


 獣達はただただ、物量押しで衝動的に嚙み殺して来ているだけだ。

 殺気立ったその姿に心理兵器のような脅威は未だ感じるが、最初に比べればだいぶ慣れた。

 男はルーチンワークでも熟すように引き金を引きスピアを放つ。

 そんな中で彼は名前も知らないあの彼女に微かな期待を抱いていた。男は全てを見ていた。


 ルシファーと戦う彼女の一部始終を観察しその可能性を見ていた。あのルシファーは本来、破壊されない。

 これは男の周知であり運命にも似た絶対の定義だ。

 あのルシファーが破壊されれば、ある兵器が未完成になるが、その兵器は必ず完成するからだ。

 歴史にそう書いているのだから、誰がなんと言おうとそうなっている。


 男はその歴史を変える為、あのネクシルの成り生きを静観していたが、その運命は早くも覆った。

 ルシファーは彼女の刃の前に倒れ、その骸は完全に燃え尽き、ルシファーの情報はこの世から1つ消えた。

 あのルシファーが消える可能性を人間尺度で考えるならその確率は10の-37乗。


 これを可能にするには惑星規模のエネルギーを全て利用できない人類が地球への落下コースに既に入った直径7kmの隕石を押し返す奇跡を起こすエネルギーの約20倍近いエネルギーが必要となる。

 あのルシファーを破壊するにはそれだけの莫大なエネルギーが求められる。

 それは並大抵の事では不可能であり、圧倒的な強い意志でないと為せない。

 少なくとも口先で人類の可能性を謳うだけの正義の味方気取りの人間が起こす奇跡程度ではどうにもならない。だからこそ、彼は彼女の呼びかけに応える事にした。

 ルシファーを倒せる以上、少なくとも敵にはなり得ないと判断したからだ。





(見せてみろよ。お前の可能性を……)





 男には”希望“を信じる事を忘れてはいたが、その心には一抹ではあるが確かに希望が芽生えていた。




 ◇◇◇





 喉を直進したアリシアは拓けた空洞に辿り着いた。

 そこはAPを使った空間戦術が最低限使えるほどの広さがあり、壁面には空洞が掘ってあり、そこから複数の眼差しがこちらを凝視する。

 恐らく、ここに住み着いている狼だ。

 しかも、自分が倒したあの狼よりも殺気だっている。

 だが、幸いなのか全ての空洞から視線は感じない。


 恐らく、ここに残っているのは外に放出する前の居残り組みだ。

 元々、空洞の数に対して殺気の数は少ない。大半が外に出てしまったのだろうと予測した。

 そして、一際は目を惹くのが、暗がりの空洞を照らす大きな蒼い光の塊だった。




「これが主脳……」




 そのあまりの大きさと美しさに感嘆の声が漏れる。

 副脳と比べ、遥かに大きくそれでいて輝きを数段高く、流れる川の様に蒼い光の粒子がパラパラと流れ、空間を満たし辺りを照らす。

 暗闇と殺気からなる負のイメージと輝く宝石がアンビバレンスなコントラストを演出し幻想的にすら見え、心が思わず陶然とする。




『敵!来ます!』


「!」




 獣達はまるで目の前に現れたご馳走を我先に食らいつく様に飛びかかる。

 アリシアもすぐに気持ちを切り替え、手持ちのライフルを構え、上から飛びかかってくる獣の頭部に向けてライフルを放つ。頭部が霧散する。

 だが、左手に装備されたライフルがすぐにジャムを起こし使用不能となり、ジャムを対処する暇はないと判断するとすぐに捨てた。

 数は少ないとは言え、狭い空間で敵が雪崩の様に流れてくる。


 床からダッシュでこちらに接近する獣の姿も見受けられた。

 アリシアは上空を開けた僅かな隙間を縫う様に跳躍、ジェットステップで細かく跳躍をかけながら空中から飛び掛かる敵を掻い潜り、その間、ライフルを格納し副腕を使いバズーカを取り出し地面に向けてフルオートで発砲した。


 反動により自由落下を制動する。

 地面に着弾した弾頭は地面に蠢いて、こちらに飛びかかろうとしていた獣を纏めて吹き飛ばした。

 アリシアは空になったバズーカを捨て、右手にライフルを装備し左手に長刀を握りしめる。

 自由落下の勢いに任せながら機体を回転させ、一瞬の間に敵の頭部の位置を見切り、遠くはライフルで長刀で届く範囲の敵は長刀で首を落とした。


 回転しながら敵を屠る姿はまさに演舞と言えるほどの完成度になっており、無駄も斑もなく鮮やかに敵を狩っていく。

 そのまま地面にフワリと着地した。

 だが、敵の波状攻撃が止まる事はない。また、上から雪崩の様に敵が襲ってくる。

 アリシアは右腕のライフルを構え飛びかかる獣達を撃ち殺す。


 黒い霞が血飛沫の様に蒼い光と混ざり合う。

 だが、右腕のライフルの残弾も遂に尽き、獣達は宙から彼女に飛びかかる。

 アリシアはすぐさまライフルを捨て、左手の長刀を大きく構えた。

 飛び掛る敵の真横に紙一重で移動し、移動の運動エネルギーと腰の動きを連動させ、獣の頭部諸共その身体を魚を捌くように切断した。

 

 次々と飛んでくる敵をその強靭な肉体ごと両断した。

 更に上空から6匹の獣が一斉に襲いかかるもアリシアは長刀の範囲に入った事を見切ると逆袈裟懸けで敵の首を刎ね飛ばす。

 更に飛び掛かる敵の動きを見切り、嵐の様な剣戟で剣の間合いに入った瞬間に纏めて斬り伏せた。

 黒い霞がまるで血飛沫の様に宙に漂いネクシルの全身に降りかかる。

 

 だが、敵の勢いは衰える事なく上から前から横からアリシアに迫る。

 武器も残っているのは長刀とバズーカ1丁のみ。

 ここで主脳を破壊せねば生還出来ないとアリシアの本能がデッドラインを感じる。


 アリシアは迫り来る敵を薙ぎ払い僅かな隙を作り、長刀を地面に突き刺すとマウントハンガーに格納したバズーカを取り出し主脳に向けた。

 白い丸枠のロックカーソルが主脳に標準を合わせていく。


 カーソルが合わさった瞬間、バズーカの引き金が引かれ、6発の弾頭が続け様に爆散した。

 その爆風が密閉された空間で発生した為風圧や爆圧が空間に満ちる。

 爆風が宙から飛び掛かる獣を煽り、壁に叩きつけ正面や側面から攻めてくる敵が爆風に巻き込まれ、その霞と化す。

 アリシアのネクシルも爆風に煽られ、動きを止め飛ばされぬように踏ん張っていた。

 爆炎と消炎が風に乗り機体を駆け抜ける。爆風が止みアリシアはすぐに効果を確認した。




「嘘……」




  真っ先に出たその言葉が全てを現していた。そこには何の欠損もない無傷の主脳があった。

  最初と同じように光の粒子が川のように流れる幻想的な姿の留めたまま、そこに鎮座していた。




『想定以上に硬いだと!』





 必要な時以外喋らないアストもこの時は声が震え慌てていた。

 彼の中では副脳がバズーカ6発で破壊出来るなら主脳も同様だと推察していた。

 何故なら、副脳も主脳も大きさが違うだけで使っている素材は同じだ。


 大きさで耐久値が変わることがあるにしても全く無傷と言う事実は予想外に弱いアストが思わず、慌てる原因としては十分だった。

 だが、アストは微かに変化に気づいた主脳の大きさが微かに小さくなっている。

 目では分からないが、全体的に微かに縮んでいたのだ。

 明らかに爆発による影響ではなかった。

 その中でアストの中である根拠のない仮説が浮かんだ。




「この!」




 アリシアはすぐに弾切れのバズーカを捨て、長刀で薙ぎ払うように斬りかかる。

 だが、硬く甲高い金属音が鳴り響く刀身が受け止められる。

 刀線刃筋を見切り、渾身の円運動を込めた一撃が容易に弾かれた。

 何度も何度も同じところに斬りかかるが甲高い金属音に何度も阻まれ、金属音がまるでアリシアの心に駄目出しをしているような心地がした。


 アリシアの感触でも刀身がもたないと察し、何とも言えない敗北感と無力感を味わう。

 アリシアは表情には出さないが暗く影を落とし、長刀を抜いた。

 彼女の中の自信が揺らぎ一抹の黒い不安が心の片隅にこびりついた。

 だが、アストの目にはあの一撃一撃は確かに斬れたと見て取れた。






【まさか、スキルを使ったのか……確かにコイツらでも使えるが……そのために主脳のエネルギーを使ったのか……馬鹿な……有り得ない】






 アストが知るこの獣達の特性上、主脳は生命維持には欠かせない機関だ。

 彼らが生命維持以外でそのエネルギーを使う事はない。

 それ以外に割く余裕はないのに加え、彼らは守銭奴だ。

 エネルギーを奪い、溜め込む事はしても余計な消費はしない。


 このエネルギーは彼らには有限であり、奪うしかなく生命維持以外に割くリソースは無い。

 例え、自分達が死ぬ事になろうと彼らは最後まで守銭奴……そう言う生き物なのだ。

 だが、その生き物が今までの定説を無視した行動をした。


 生命維持以外にリソースを割いたのだ。

 リソースを割き、”魔術”と言う名の紛いモノの御業を使ったのだ。

 確かに理論的に不可能ではないが、何度も言うが彼らは守銭奴だ。

 そんな事は絶対にしない。

 そうなるとその原則を捨てさせるほどの何かがあったとしか思えない。


 アストはアリシアに目をやった。

 アストと彼女の関係は実は長く、アストは長い間、彼女を見続けていた。

 だが、最近になり顔つきが随分と鋭くなり勇ましさと逞しさを増したように思える。

 まだ、未熟ではあるが、その意志は確かに人間とは一線を置く秀逸した意志に変わろうとしていた。

 それは獣や人間からすれば畏怖にすら思え、警戒されるほどに強くなっていた。


 アストは『まさか……』と思った。

 彼の想像以上に彼女の意志がこの戦いを通してより洗練され、研ぎ澄まされているなら逆に獣が彼女を恐れ気が触れ、のかもしれない。


 もし仮説が正しいなら大変喜ばしい反面、逆に最大の誤算でもあった。

 敵が”魔術”を使う可能性があるからだ。

 彼らの生存本能など守銭奴である事を優先して”魔術”を使おうともしない些末な生存本能しかない生き物であったが、ここに来てアリシアに触発され“正常な生き物らしい行動”を取り始めた。




『アリシア、敵は魔術を使っている可能性があります』




 仮説の大半は説明を省き重要そうな項目だけを抜粋し伝える。




「魔術ですか……対抗手段は?」




 今のアリシアにとってはその理屈や仮説などはどうでも良かった。

 問題なのはどうやって倒すか?それだけだ。

 ただ、アストはすぐに答えようとしなかった。




『……』




 アストは黙っていた。決して策が無い訳ではない。

 ただ、再現性があるかないかの問題だ。

 ”魔術”を打ち消すには”神術”という神の御業を使うのが一番効果的だ。

 ”魔術”が人間でも真似出来るモノなら神術は容易に真似出来ない。

 ちなみに人間には知られていない事だが、新人類と言われる超能力者は無意識的に”魔術”を行使し、それが超能力と言われているだけの存在だ。

 だが、その類の業は本来、まだ教えるには速い。

 こればかりはある程度の下準備を整えてから教えたいのだ。今、全てを教える訳にはいかない。


 だが、アリシアはかつて一度だけ”神術”を使った。

 簡易的でシンプルなモノだったが、獣の硬い表皮をナイフで突き刺した時、少なからず”神術”が働いていた。

 確かに“過越”を受けた彼女が”神術”を使える可能性はあるが本人は意識はしていない。

 同じ事をすれば良いと言っても分からないはずだ。

 それに”神術”を使うにしてもリスクもある。そのリスクを負わせない為にも下準備がしたのが、アストの本音だった。

 下手をするとアリシアと言う”奇跡の結晶”を壊しかねない。

 それはアストのみならず、世界にとっての災厄と言っていい。


 だが、同時にアストの中では彼女の中の強い意志に賭けても良いと思えていた。

 曖昧な確信だが、それは確かに確信にできるほど彼女の強さは証明されていた。

 まず、普通の人間に生身で獣と戦い打ち勝つ事は出来ない。戦闘のプロを謳ったプロでは勝てない。

 そのような慢心と高慢を抱えた者が生きて帰れるほどあの獣は甘くはない。

 少なくとも人間らしい慢心と高慢を抱えた人間に”神術”など発動出来ない。

 ならば、この場ですぐに覚えさせるしかない。




「アスト?」




 アリシアは黙り込んだアストから妙な空気が流れている事に不安感を覚え思わず、声をかける。

 真顔であったが、その心は恐怖に震える少女のようだった。

 獣は再び態勢を立て直し、今にも飛びかかろうとしている。生き残るチャンスはもう限られている。この場で決めるしかない。




『アリシア、刀身にWNの流れをイメージを』




 アリシアは「うん」と頷き言われるがまま、刀身にWNを流し込んだ。気のせいか刀身が微かに蒼味がかった気がした。




「あとは?」


『あとは強い意志を持って斬って下さい』




 先ほどの件がトラウマになっているのか、自分の気持ちに自信を失ったアリシアは物乞いするように意見を求めた。




「意味が分からないよ。具体的にどうするの?」




 アストも落ち着いて生き抜く為に彼女の弱った弱さと甘えに憤る事なく努めて冷静に諭す。

 アリシアは諭せば、分かる子だと知っているからだ。




『そうですね。これは滝川吉火の師が言っていた事らしいですが剣が折れるのは己の心の恥だそうです』


「心の恥……」


『心が弱かった伴わない意志が剣先に乗ってしまう。だからこそ、折れてしまう。だから、あなたの剣は強く硬くしなやかで強靭な刃を思い浮かべて下さい。それは何にも負けません。あなたがあの獣を屠るように振れば良いのです。己の心を剣と化す。剣化するのです』





 アリシアは目を閉じ、意識を集中させる。

 アストの言った通りのイメージを浮かべる強く硬くしなやかで強靭な刃。

 あの獣を倒した時のような感覚。だが、一抹の不安がそれを邪魔する。

 バズーカで砕けなかった主脳の硬さと自分の剣が弾かれた負の歴史が浮かぶ。

 何より自分の弱さを自覚しているが、故に強い刃をイメージし辛い。


 どうしても弱い刃をイメージしてしまう。

 それに呼応するように蒼味がかった光が弱まっていく。

 アストはアリシアの機敏な心を感じ取り、こう付け加えた。




『大丈夫だ。あなたは強い。自分の弱さを知る故にあなたが誰よりも強い事を私は知っている。本当は心細い小心者なのにそれでも奮い立たせて戦っている強い女だと私は知っている。それでもあなたに足りないところがあるなら……』




 アストは自分の決心を現わすようにその言葉を放った。




『私が力を貸す。私がいつでもあなたのそばで支える』




 その言葉にアリシアはハッと目を開く。わたしはいつもそばにいる。そして、その後に付随する言葉も浮かんだ。


 やればできる


 その言葉がアリシアの全身の血を熱くさせた。

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