藍色との邂逅
目まぐるしく銃声が鳴り響く。
アリシアは亀の頭部の眼球目掛けてライフル2丁で狙いをつけ、地面を滑走する。
だが、あの狼の獣と同じ様にその表皮は硬く、弾かれた金属音が虚しく調律を奏でる。
亀はアリシアの攻撃をどこ吹く風と言わんばかりにお構いなく、獲物に向かい前進し通り縋り様に口を大きく開け、砂ごと呑み込んでいく。
ある程度口に頬袋が堪ると再び咀嚼し吐き捨て、地面を赤く彩る。
これを永遠と繰り返している。完全に決め手に欠けていた。
銃程度では歯が立たない。
しかも、やはり全身無敵装甲のようなゲームで言うところの理不尽仕様だ。
かつて、自分のナイフが狼の表皮を貫通した事があったが、同じ再現ができる保証もない。
吉火がカエストから聴いた話では、あの狼はアリシアと戦う以前にAPの実弾を喰らっていたが、貫通しなかったらしい。
常識で考えれば、自分とナイフとAPの弾丸の威力は比べるまでもない。
つまり、あのナイフを突き立てた際、貫通させるだけの要因があったと推測できるが、あの時はがむしゃらでその要因に心当たりがない。
同じ箇所に攻撃する事での物質疲労が要因と考えたが、徹甲弾や通常弾を亀の眼球に叩き込んでみたが、今のところその兆候はない。
ライフルの残弾がゼロになりアリシアはライフルを捨て、その場に落ちていた自分の敵だった者達のライフルを手に取る。
アリシアは亀の喉元を狙おうと次の獲物に突進する亀の正面に割込み、喉元を狙う為に亀の巨体に下に入ろうとした。
だが、亀は突如、ピクリと反応。動きを止めアリシアを見るや否や進行方向を変え、別の獲物を探し始めた。
「やっぱり、あいつ……わたしを避けてる?」
『おそらく、あなたが“過越”を受けたからでしょう』
アストは何かを知っている風の口調で口を開いた。
さっき、聴くタイミングを逃したがアストは『アレは……』と言っていた辺り、アレが何か知っている節があった。
TSと呼ばれた謎の情報ソースなら知っていても可笑しくはないだろう。
「アレが何なのか知っているの?」
『えぇ、少なくとも周りに人間が全滅するまであの敵はあなたを害する事はありません』
アストは詳しい事を語ろうとはしなかった。
知りたいとは思うが、今はそれを問いただしている場合ではない。
必要なのはアレをどうやって攻略するかだ。
「アレを倒すにはどうすれば良いの!」
『高いWNの干渉が必要です。長刀にエネルギーを流し込むイメージで弾丸に流し込めば、敵の表皮を貫通できます』
「弱点は?」
『頭部にある副脳と甲羅内部にある主脳です。まずは頭部にある副脳を削れば、動きが鈍ります』
アリシアはすぐに頭の中でイメージを働かせる。
ライフルの中に込められた弾倉の中の弾丸に自分から溢れる蒼い光の粒子を流し込み、固め、固め、更に固めて凝結させた弾を亀の眼球に放った。
亀の眼球が黒い霞が血が飛び散るように霧散し亀は悲鳴をあげる。
右目が砕け、視界の半分を失い捕食しようとした敵との距離感が狂い滑り転げる。
巨体が砂漠を滑り込み土煙が上がる。
亀は痛みを堪えるように唸り声をあげ、身を起こす。長い首を一方向に向け、左目はある一点を烱々に睨みつける。
殺意の籠った瞳は憎しみを覗かせ、アリシアに突き刺さる。
咆哮を食らった人間すら亀の視線により発狂し気が触れてしまうような瘴気が漂っていたが、アリシアも鋭い眼差しで睨め返す。
生身であの獣と戦って培った精神力は伊達ではない。
APに乗り2人で戦っている分、安心感があり、恐れもそれほど抱かなかった。
だが、アリシアの事を忌々しげに見つめ、開けた口から荒く息を吐く。
低温となった砂漠の外気に息が触れ、微かに白い息を吐き出される。
この辺の空気は澄んでおり本来、白い息など目視出来ないのだが……ここで起きた戦闘により舞った消炎の粒子が満ちている為に微かに白い息を覗かせる。
それほど、ここでは激しい戦いが今も持続的に起きていると言う事を証していた。
亀は今にも飛びつきたい衝動を腑に抑え込められるように息を震わせる。
痛みを堪えて震えているのもあるのだろうが、それ以上にアリシアへの憎悪を何かを抑え込められ、復讐心の荒ぶりが現れているようだ。
アストの言う通りなら、あの亀はアリシアに施された“過越”と言うモノの効果で反撃したくても出来ないらしい。
敵の本能的な復讐心すら抑え込むその効能に感心するが、話を聞く限り完璧ではない。
アリシアの推測ではあくまで攻撃の優先度が下がっているだけで他に優先する者がないならアリシアを襲う可能性は十分にある。
あの獣との戦いで獣に襲われたのは周囲に自分以外の優先する対象がいなかったからと予測出来た。
「アスト。この戦域で狂気に駆られている人はどうなってる?」
『マップに表示しましょうか?』
アリシアは「お願い」と答えるとアストはすぐさまデータをマップ化し網膜投影に投影した。
マップ左側を見ると、複数の不規則な方向に向いた赤い点とその隣に赤い点の集団に矢印が向いている巨大な緑の点と巨大な点を横方向から見る青い点があった。
赤い点は今、この瞬間も次々と消えていっている。言うまでもないが狂気に駆られた兵士達だ。
緑の巨大な点はあの亀で青い点は他でもないアリシアだ。
緑の点は今は傷が疼いて動きが鈍いが、ゆっくりと赤い点に歩み寄る。
アリシアはその侵攻を遅らせようとライフルで抉った右目に容赦なく弾丸を叩き込む。
亀は傷が抉られるような痛みに悲鳴をあげていたが、歩みが止まる事はない。
痛みを奮い立たせ真っ直ぐ赤い点に向かう。
まるで執念だ。アリシアは攻勢を止める事なくアストに確認を取る。
「赤い点はどこくらい保つの?」
『5分です』
「副脳の破壊だけでもアイツは止まるの?」
『止まりません』
アストはアリシアが求める情報に的確に答える。
『一時的に動きは止まります。ですが、すぐに頭が生え変わります。倒すには口から内部に潜入し主脳を破壊するしかありません』
アストが亀攻略の理想的な作戦地図を見せる。
亀の頭部を破壊すれば、口が開く。
その穴はAPが通れるほどの大きさがあり、そこから内部にある主脳にひとつながりでいける直線となっており、主脳のある空間は大きな空洞になっている。
『また、主脳内部は多数の狼の住処になっている可能性が非常に高く。混戦も予想されます』
「正直、僚機が欲しいけど贅沢は言えないね」
いくら生身で狼の獣を倒したとは言え、空間が限られる中で混戦をさせると流石に1人では対処し切れない。
その戦力を分散させる為には僚機が必要だが、そんなモノはいない。
「でも、やるしかないよね」
アリシアの目が鋭くなる。元々、生還率など雀の涙ほどしかない。
誰かが言っていた気がするが、水は極端に熱いか極端に冷めている方が美味しいらしい。
魂の価値と物欲的な価値は決して両立出来ず、どちらかしか取れないと誰かから聞いた記憶がある。
どこで聴いたか覚えてはいないが、微かな生還率を上げるよりはリスクを覚悟して挑んだ方が良いとアリシアは考えた。
アリシアはすぐに判断し行動に移す。
これも誰かが言った事だが、人は明日を誇る事は出来ないらしい。
明日の事が分からない者が「いつか、いつか」と言い訳をするのは怠惰な事だそうだ。
明日、生きているかも分からないのだから、何か意志を為すならすぐに動いた方が良い。
明日が分からないからこそ逡巡せず、思い立ったならすぐに行動すべきだと言われた気がする。
要は「未来の可能性に縋るな」と言う教えだ。それも誰かから教わった。
自分の魂に紐付けされし力と意志の繋がりからそれが流れ込んでくる。
アリシアは傍に転がっていたバズーカを拾い上げ、亀の頭部を狙いをつける。
バズーカの破壊力なら亀の頭部を破壊する事も十分可能なはずだ。
アリシアは狂気に駆られ、碌な回避行動も出来なくなった兵士達を亀が捕食するタイミングを狙う。
亀の動きが止まる瞬間を狙う。
亀の歩みは徐々に早まり、赤い点に迫る。
その亀の動きに水平に動きを合わせながら、狙いをつける。
地を揺らすほどの大きな遠吠えを上げ、地面に悶える兵士達に喰らいつこうとした。
(いまだ!)
アリシアはバズーカの引き金に手をかける。
だが、その瞬間。コックピットにアラート音が鳴り響き、彼女は咄嗟に回避した。
無数の銃弾が自分にめがけて放たれた。
アリシアは一度上空に回避、戦域とレーダーを見渡す。
すると、狂気に駆られて動けない兵士に向けても無数の弾丸が放たれ、赤い点が全て消えた。
(な!なんでこんな時に!誰がこんな!)
すぐに地上に着地しレーダーマップを確認すると青い点の右側から近づく謎の黒い部隊が現れた。
数は36機。大隊規模だ。何を考えてこんな事をしたのか知らないが、余計な事をしたと口には出さないが、心胆では焦燥感に駆られていた。
タイムリミットも一気に3分になってしまう。
これは黒い部隊が亀と交戦した場合のタイムだ。
だが、サレムの騎士の残党と先の黒い部隊の残党の総数より数が少ないのでタイムリミットが2分も減ってしまった。
更にこの後、黒い部隊は悪辣な行動に出る。
まるで自分の任務は終わったとばかりにすぐさま撤退を開始し戦域から離れたのだ。
これによりタイムリミットはゼロとなり優先対象を失った亀はギロリとアリシアを見つめる。
まるで今まで抑え込んでいた怒りが爆発せんばかりの殺意がアリシアの心を強張らせる。
さっきの黒い部隊の横槍を気にする余裕すらない。
(動きを止めたら死ぬ、足掻くのを諦めたら死ぬ)
生に対して貪欲な彼女の意志が強張った心を動かす。
亀は今までの湧き上がる怒りを解き放つような咆哮で大地を揺らし、その場で大きく口を開いた。
アリシアはそのモーションに心当たりがあった。
(来る!)
強張った想いを奮い立たせ、鍛えた心眼を持って見切り、咄嗟に時計回りに旋回した。
その瞬間、亀の口から狼よりも明らかに太いニードルガンが放たれ、アリシアの横を通り過ぎる。
弾道は距離が伸びるに連れ、重力に引かれ弧を描き、遠くの地面に激突した。
その瞬間、遠方の砂漠の爆音のような地響きが鳴り響き、土煙が背後で柱のように天に上がった。
大量の舞い上がった砂に押された空気が一気に着弾地点から離れた戦域まで届いた。
アリシアは振り返る事なく完全の敵を見つめるが、思わず息を呑んだ。
どんな惨状か見る暇もないし大胆の想像ができる。
あの狼よりも明らかに大きな爆音が何よりも物語っている。
アリシアの研ぎ澄まされた感覚が顕著に感じ過ぎて、恐怖を煽り立て額に自然と冷たい汗が流れる。
彼女の危機管理能力は戦う度に洗練さを増す。
それが逆に感じ過ぎて怖くて堪らないが、鍛えた精神力で恐怖を押し殺し努めて冷静でいようとする。
最後まで冷静さを失わない事が勝機に繋がるとあの獣との戦いで体を持って思い知っている。
気持ちで負けないように心と体を奮い立たせる。
亀は執念深く口を開け、ニードルガンをアリシアに向けて放ち続ける。
アリシアは地面を滑走しながら着弾の瞬間を見切り、スラスターとジェットブーツを噴かせ、最小の労力で左に大きく旋回し距離を取る。
ニードルガンは地面を抉りながら、滑走するアリシアを首の動きと連動させ、必要に追いかける。
アリシアは直撃しそうなタイミングの時だけ一瞬、加速し紙一重で着弾を避ける。
追従を続けるニードルガンと僅かに距離が開くとその隙にバズーカを構え、フルオートで連射する。
連射の反動をわざと利用し、追従するニードルガンの軌道から外れ回避しながら、放たれた弾頭6発が亀の頭部に飛び頭で炸裂した。
黒い霞が枯れた粘土の破片のように飛び散り霧散し亀は大きな悲鳴をあげる。
アリシアが右目を集中的に狙ったせいか、顔面は半壊し左側しか残っていない。
露わになった頭部の右側面から蒼い光の塊のようなモノが見えた。
「アレは……」と呟き終えるとアストがすぐに答えた。
『アレが副脳です』
「アレが脳?」
それは黒い獣には似つかわしくないとすら思えるほど神々しく透き通った蒼い輝きを放つ。
それは脳と言うには人間のそれとは違い皺もなく、まるで1つの巨大な宝石であり蒼い光を放っている。
外殻が無くなり、露わになった副脳からはキラキラと輝く宝石のような光の粒が零れ落ち、月明かりの砂漠の夜の月光を浴び、幻想的に溢れる砂漠の砂が零れ落ちているようだった。
その輝きはまるで生命力を彷彿とさせる美しさがあるとアリシアの感性が捉えていた。
『怯んでいる今がチャンスです。一気に副脳を破壊し内部突入を!』
アストの急かすような口調に乗せられ、アリシアは首肯し弾切れのバズーカを捨て、落ちていた別のバズーカを拾い上げる。
だが、流石に敵も危機感を抱いたのか、甲羅を微かに上下させる仕草を見せた。
すると、甲羅の隙間と言う隙間からあの狼の獣が溢れるように流れてきた。
その数はマップを緑の点で埋め尽くしその物量がアリシアに一点に注がれる。
これでは仮に頭部は破壊しても獣が邪魔をして進む事が出来ない。
ジェットステップで上空に飛ぶ手もあるが、せめて数を減らさないとニードルガンで迎撃される可能性が高い。
しかも、敵はまだ雪崩のように流れ込んでくる。
物量差は1対1000と言えるほどの差になっている。
今にもその殺気に殺されそうになりながら、アリシアは苦々しい顔でギリギリのところで踏ん張る。
だが、心の片隅では確かに願った事があった。
自分ではどうしようもない敵。
自分の力が足りない故に思う言葉。
自分が今にも崩れそうで生き残りたいと思い意志。
それが自然とある言葉を発しさせていた。アリシアは泣き縋るように発した。
(助……けて)
その言葉が時空を超えた先の誰かに届くのはこの後、すぐの事だった。
レーダーが上空にAPの反応をキャッチした。
アリシアは藁にもすがる思いで思わず、その箇所を凝視した。
戦域上空に突如、夜の闇に溶けるような藍色の機体が現われた。
その機体はNP以外所有するはずのないネクシルタイプそのモノだった。
違いがあるとすれば、両腰後ろにリアスカートを装備している事くらいだ。
「俺を呼んだのはお前か?」
突如、通信が開かれ、若い男が網膜投影に現れた「ふぇ?」とアリシアは何が起きたが、分からず奇声を上げる。
呼んだと問われても呼んだつもりはなかった。
困惑するアリシアとこれ以上、この話題を進めると余計に困惑すると判断した男は「まぁ、良い」と話をすぐに切り替えた。
「俺が確認した事は2つだ。すぐに答えろ。ルシファーを倒したのはお前か?」
アリシアは何が何だか分からないまま勢いに任せて、言われるがまま「はい」と答えた。
「なら、お前はマキシモフか?」
質問の意図は分からなかったが、アリシアはそれに「いいえ」と答えた。
男は項垂れ少し考え込むように目を閉じる。
この状況で目を閉じながら、上空で平然と獣のニードルガンを避けているこの男は只者ではない事くらいはアリシアにも理解できた。
男は一切逡巡することなくすぐに決断した。
「今は助けてやる」
男は愛想なくそれだけを答えると藍色の機体の両腕を大きく構えた。
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