悪魔に次ぐ者

「各機散開だ!」




 指揮官の若者中隊長がそう指示した。

 この時代、ミサイル自体数は減っているが、ミサイルに高価な対HPM処理を施せば、現代兵器としても有用だ。

 その処理もかなり高価でWW4前に比べたら、ミサイルの値段は4倍~10倍近い差がある。

 ただ、使われるとAPでも避け難い兵器である事に違いはない。

 各機は散開したが、近接信管を仕込まれたミサイルがAPに近づいた途端に凄まじい爆風と爆音を立て黒い部隊を巻き込んだ。




「うぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」




 偉そうに指揮していた大隊長が不意を突かれ、あえなく散った。

 爆風が強く被害は決してゼロでは無かった。

 大隊長が死亡した事で自動的に指揮権が実戦経験ゼロの若者中隊長に移った。

 彼は突然、命を預かる立場に立たされた。

 ただ、兵士として優秀な成績だったと言うだけで中隊長にされた。

 彼に取ってこの展開は重圧だった。




「くそぉぉぉぉ!なんで俺が!」




 だが、現実は否応なしに彼に現状を突き付ける。

 気づけば今の攻撃で一気に6機の機体が撃墜されていた。




「くそ!皆!すまない!」




 指揮官の若者は憤る。

 自分にも憤るが何よりもこの蒼い機体が撃墜されない事に憤る。

 まるで嘲笑うかの様に此方の全ての攻撃を避け、隙あらば撃墜する。


 着実に1機、また1機と落としているにも関わらず、こちらは敵に土すら付けられていない。

 まるで謀ったかのようなミサイルによる支援攻撃までしてきた。

 完全に手の平の上で遊ばれている様だった。

 その遊びの中で仲間が死んでいるのが否応なしに頭にくる。


 そんな事とはつい知らず、アリシアは自分の守るのに必死だった。

 ルシファーからの攻撃は相変わらず、自分を必要に狙い、その攻勢も厳しい。


 アリシアにとってルシファーからの砲撃は決して安い被弾ではない。

 アリシアは人よりも耐性があり、屈強な精神を持っているだけに過ぎない。

 喰らい続けるにも限度はある。


 それに黒い連中は何故かは知らないが、凄い執念の様なものを滾らせながら、こっちに迫る。

 まるで背水の陣とでも言おうか。

 そんな危機迫った中で戦う手負いの獣の様に襲ってくるのが非常に怖い。




「何が彼らをそうさせるの?ううん……今はそれどころじゃない何とか切り抜けないと……」



『アリシア、今こそ十八番を使うべきかと』




 アストのその言葉にアリシアは反応した。

 アリシアの十八番と言えば、アリシアにしかできないアリシアだけの戦術しかない。




「そうだね。準備は?」


『いつでも』


「ジェットブーツ起動。コンバットパターン1」




 アリシアはネクシルと共に跳躍した。

 敵はアリシアに銃口を向け、発砲する。

 ネクシルは落下体制に入った。若い指揮官は敵機の重力落下を算出した。


 逆算して予測位置で狙い撃ち様に指示した。

 ロックオンカーソルが刻々とネクシルに合わさる。

 重力落下すると空中での逆噴射の際に空中で静止する時間が出来る。

 エネルギーの無駄になる故に普通はそのまま落下し着地後すぐに動く事が定石だった。


 しかし、その敵はそんな定石を踏み越えた。

 そう文字通り踏み越えたのだ。カーソルが合わさった瞬間。

 そこに敵機はいなかった。次の瞬間には自分達の頭上を越え、跳躍していた。

 そうまるで空中でステップを踏む様にジャンプを繰り返していた。




「そんな……馬鹿な……」


「APが……」


「空を跳んだとぉぉぉぉぉぉ」




 戦場にいる誰もがその事実に驚嘆した。

 ネクシルは背部のスラスターを噴かしながら高速機動を取った。

 ジェットブーツと呼ばれる立体空間機動装置を駆使して跳んでいた。

 APの高機動性に加え、脚部搭載のジェットブーツの脚裏のジュール爆発を発生させる。

 

 その爆圧を踏み台に高機動状態でも急激な旋回や今までにない鋭角な軌道を取りながらの機動を可能にした。

 スラスターで加速を付ける。その上で体の姿勢制御と脚捌きで爆圧を蹴飛ばす。

 そうする事で加速を殺さず、急な進行変化はこれまでのAPには無かった動きだった。


 しかも、瞬間的な爆圧とAPの脚力、推進加速と言う組み合わせは通常のAPが空に浮いて機動を取るよりも遥かに燃費が良い。

 人型でのほぼ永続的な飛行を可能にしている。


 しかし、この方法は瞬間的な爆圧に合わせ、脚を踏み切らなければ失速しかねない。

 常に発生する爆圧との反力を考慮しなければ、跳ぶ事は出来ない。

 遅すぎても早すぎてもこの機動は成立しない。

 高度な技術が必要なのだ。




「そんなコケ脅しが効くと思うなよぉぉぉぉ」





 オカマはもう一度ロックオンしルシファーの主砲を放った。




「同じ手は喰わない!」




 アリシアは装備していたライフルに意識を集中させた。

 戦う中で何かの流れを掴んだ気がした。

 自分の体に絶え間なく循環にするエネルギーをライフルに流し込むイメージを浮かばせ、ライフルを盾代わりにしてそれを基軸にネクシルを宙返りさせ、敵の弾道を避けた。

 盾となったライフルはアリシアの流し込まれたWNにより悪魔の咆哮に干渉し攻撃を防いだ。




「何!避けただと!」


「もう、当りはしない!」




 オカマは致命的なミスをしていた。それは主砲の撃ち過ぎだ。

 オカマはアリシアが撃墜出来ない事に焦り、主砲の出力を上げた。

 出力増加によりエネルギー配線は熱を帯び、供給量に比例して電気抵抗が増大化、熱量も増加した。

 この距離ならルシファーの熱量変化で発射のタイミングが全て筒抜けに成っていた。


 それに加え、吉火と思索し完成した立体機動マニューバーの機動、運動性の前ではオカマの狙いもブレてしまう。

 オカマは完全にペースに嵌められる。




「くそぉぉぉ!当れ!当れ!当れてんだよぉぉぉぉ!」




 エネルギーの消費量は加速度的に増大し、発射が余計に顕著になり、主砲にも負荷がかかり始める。




「何だ!あの機動はアレがAPの動きだと言うのか!」




 サレムの指揮官は悪い夢でも見ているのかと目を疑う。

 敵は振り向きもせず、背後にいる味方機を射殺しているにも関わらず、こちらの攻撃は後ろに目でもついているように当たらない。




「全部隊に告げる。これ以上奴を基地に近づけるな!必ず、撃墜しろ!」


「しかし、敵の奇妙な機動の所為で狙いが……!」


「言い訳など聞いていない!良いから撃墜しろ!もっと弾幕を張れ」




 それは図ったかのように黒い部隊でも同じ指示が出た。




「奴を追うんだ。もっと弾幕を張れば当たる。全機持てる火力を全て注げ」


「「「了解」」」




 若き指揮官もサレムの防衛線を超えて彼女を追いかけ、背後から弾丸を放つ。

 皮肉な事にサレムと地球統合軍が協力する形でアリシア1人を狙う。

 しかし、両者ともネクシルの機動と彼女の見切りの前に弾丸は当りはしない。

 彼女からしてみれば、殺す際に全員が殺気を出し過ぎて見なくても避けられるのだ。

 彼女は更に加速を駆けて一気に基地に迫った。




「最終防衛ラインを突破。このままでは……」


「くそ……ダメか……」




 指揮官や隊員達はもう戦意を失いかけた。ただ、1人を除いては……




「くそぉぉぉぉこおなったら!おい!補給部隊!」



 激昂したオカマはルシファーの補給部隊に指示を出す。




「はい、何でしょう!」


「エネルギー全部こっちに回せ!正面にドでかい砲撃かましてやる!」


「し、しかしそんな事をすれば今のルシファーが持ちません」




 補給部隊員の諭しは激高したこの男の耳には入らない。




「しかしもカカシもあるか!ここまで来たんだ!失敗は許されん!お前、責任取れるんかぁぁぁぁぁ!復唱ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




 補給部隊員は男の気迫に当てられ復唱した。




「は、はい!これよりエネルギー供給開始します!」




 隊員達は急ぎ早に莫大なエネルギーをルシファーに供給した。




「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ!死神ぃぃぃぃぃぃ!!」




 ルシファーから膨大なエネルギーが溢れ、砲身が溶解寸前だった。




「敵、高エネルギー反応!」


「殺される前に殺します!」




 アリシアはジェットステップを解除して戦闘機形態で一気にルシファーに迫る。




「ひえへへへへへへ!死神!貴様も道連れだ!」




 オカマは出力を臨界に達した。

 ルシファーの引き金が今にも引かれそうになる。




「やらせるかぁぁぁぁぁぁぁ!」




 アリシアの雄叫びと共にルシファーの目の前で人型に変形し、腰に納めていた長刀に手をかけ、コックピットに突き立てる。

 ルシファーの主砲の煌めきが頂点に達し、目の前にいるアリシア目掛けて至近距離で銃口が向けられる。




「死ね!死神!」



「うぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ」




 引き金は引かれ、至近距離で大出力の咆哮がアリシアに直撃した。

 だが、アリシアの高まった気持ちに呼応してWNの干渉も更に強力なモノとなり、咆哮を跳ね除け、その悪意はアリシアには届かなかった。


 咆哮は押し負けた様に周囲に霧散し、アリシアの後方直線に向けて放たれた。

 莫大な出力が地面を抉るように駆けて行き、背後のサレムの騎士や黒い部隊に直撃し地平線の彼方へ飛んでいく。

 砲身は過剰なエネルギーを受け、融解し咆哮が止まる。

 咆哮が収まった時にはルシファーのコックピットには深々と長刀が突き刺さっていた。

 ルシファーのコックピットの中では無残な形となった男が最後の足掻きを見せていた。




「がはぁ……この……化け物め……」




 アリシアに届くとは思えない罵りを最後にオカマは事切れた。

 アリシアが刀を振り抜くとルシファーも事切れたようにその場に倒れ込んだ。

 融解した砲身が溶岩のように溶け流れ、機体を伝いセルロースナノファイバーで出来た装甲を燃やした。

 耐熱処理をしたセルロースが許容限界を超え、一気に燃え出しアリシアの足元で薪のように燃え始めた。

 機体の装甲は炭化し残った電子機器も溶岩に呑まれて、跡形もなく消えて行く様をアリシアは放心としながら眺めていた。




「はぁ……はぁ……終わった」




 一瞬、気持ちが緩んだがすぐに引き締める。

 ここは敵の中央、周囲には戦艦がおり、板挟みされていると気づく。

 すぐにジェットステップを駆使して後方に跳躍した。

 だが、敵が一向に襲ってくる気配がない。

 それどころか異様な光景を見た。


 戦艦同士が互いに主砲を向け合い、至近距離に撃ち合い自滅したのだ。

 戦艦だけではない。

 背後から迫っていたAPの殆どが気が触れたように味方同士で殺し合い自害衝動に駆られていた。



 彼女の周りには狂気に駆られて敵軍同士の同士討ちが始まった。

 気が触れ頭が可笑しくなった様に互いに撃ち続ける。サレムの騎士と黒い部隊同士が撃ち合い自害し殺し合っていた。

 ルシファーの莫大な出力から放たれた砲撃はアリシアと干渉し防がれたモノもあったが、有り余るエネルギーは周囲に影響を与え、アリシアの左右後方にいた敵と周囲に戦艦にその影響が及んでいた。




「あははははっ死ねー死ねー」


「くたばれぇぇぇ!」


「死なせてぇぇぇ!」




 全員が目に涙を浮かべながら狂気の笑みを浮かべ死んでいく。そこにはあの若者指揮官もいた。

 彼は狂気に涙しながら頭が可笑しく成った様に笑っていた。

 それでいて足掻いていた。そして、自分が持っていた拳銃を喉元に突き付け、ガクガクと震えながら笑っていた。




「オコーネルさん……最後に君に……」




 友軍から放たれた1発がコックピットを真横から貫き、機体が事切れる。

 それが彼の最後だった。彼の戦闘記録は公式に残る事はない。




「今度こそ本当に終わったの?」


『えぇ、終わりました』




 咆哮に当てられていない兵士もいたが、狂気に駆られた兵士達が彼らの行く手を阻みこちらに攻撃出来ずにいた。

 これで脅威は消えたが、悲しい結末だとは思った。

 自分の意志に関係なく自害を強要されているのだ。

 どんな形で兵士になったとしても犬死する為に努力と研鑽を積んできた兵士はいないはずだ。


 これほど残酷な終わり方はこの世にはないかも知れない。

 だが、アリシアにはどうする事も出来ない。

 こればかりはどんな手段を使ったとしても自分との戦いだ。

 彼等に憐憫な眼差しをアリシアは向ける。

 敵とは言え、哀れでならない。


 そこで天音から帰還指示が出された。

 ルシファー沈黙により核攻撃の決行は中止されたようだ。

 天音から「任務終了。お疲れ様」と労いの言葉を貰った。

 今のアリシアには自分が敵地から生き残るくらいの余裕しかなかった。

 彼等の事は不憫に思うが、自分に出来る事はない。それを構っていられるほどアリシアは強くはないと自分が知っている。

 何度も言うがこればかりは彼等自身で何とかするしかないのだ。




「ふぇ?」


『アレは……』




 アリシアとアストの目の前に不吉な闇が見えた。

 それは月明かりの夜の中でも一際は黒く暗黒と形容出来るほど暗い。

 黒いそれは、霞のように霧散していたが一気に1箇所に凝縮していく。

 その現象をアリシアはかつて見たことがあった。

 しかも、あの時よりもデカい。




「まさか……」


『来ます!』




 アストの言う通り敵はその瞬間に巨大な何かに一気に形を成した。

 そこには天を見上げるほどの黒い影。山のように大きく巨大を支える隆起した4本肢体が地面を揺らす。

 山の麓らしきところからは長い首が伸び、充血したような赤く鋭い眼差しが辺りを見渡す。

 その姿を言葉にするなら”亀“だ。巨大な亀が地を揺らしながらズシリズシリと歩んでいる。

 この感覚にアリシアは覚えがあった。




「アレは……あの時の……」




 形は違うが、この死を体現したような殺気、忘れようがない。

 並みの人間なら畏怖を覚え、身動きすら出来ないほどの刺さる気配。

 ある種の心理兵器を思わせる殺気。あの獣と同じだ。


 亀は長い首で辺りを見渡した。

 狂気に駆られたAP達は亀に気づいてはいたが、自害衝動に忙しく亀には見向きもしない。

 寧ろ、亀が現れた事でより一層自害衝動が加速しているように見えた。

 亀は一度、アリシアとも目が合わせた。

 アリシアの心臓が一瞬跳ね上がる。

 狙われていると感じたからだ。


 だが、亀はすぐにそっぽ向いて、空間を揺らすほどの大きな叫び声を上げるとともに突如、走り出す。

 巨大に見合わず、飛びかかったと言うべきかも知れない。

 亀はアリシアに目のくれず……いや、アリシアを避けるような軌道を取り、狂気に駆られたAP達をAPごと捕食した。





(何でわたしを避けたの?)





 亀はそれに答えるはずもなく、太々しくムシャムシャと無抵抗なAPを大きな口で纏めて呑み込み、強靭な顎で砕く。

 砕けたAPの破片が地面に落下して紙吹雪のようにパラパラと舞う。

 亀の口元に微かに赤い液体が流れ、亀は機体と人間だったモノを吐き出した。


 無残に砕けたAPと人間だったモノの臓腑が地に落ち、脳漿と血が砂漠を濡らし、鮮やかで鮮烈な色合いを醸し出している。

 無残に砕け、あらぬ方向に曲がった脊椎と胴体が抉られ、肋骨や残った心臓のかけらも散乱している。

 それらが夜の砂漠と月明かりでコントラストを演出しアリシアの脳裏に印象的に残した。



 アリシアは必死に吐きそうなのを堪えた。

 あの狼と会った時は、辺りの惨状と異常現象で騒然とし現実を飲み込めず、吐き気すら無かったが、今では吐き気を催すほどの余裕が出来ていた。

 喜ぶべきかも知れないが、あまり嬉しくはない。


 ただ、このまま放置するわけにはいかない。

 あの獣の脅威はアリシアが一番よく分かっている。

 アレを放置すれば、近くにあるエジプトだけではなく多くの人間が殺される事になる。

 英雄になるつもりはないが、人の命に無関心でいるわけにはいかない。


 それをしてしまえば自分が死んでしまうと知っているからだ。

 それにあの化け物の足止めくらいなら自分でも出来る事だ。

 アリシアは右手にライフルを装備し、左手に長刀を携え、亀に向かって突貫する。

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