相棒との邂逅

 吉火とのシュミレーター終了から30分後




「化け物ね。あの子。規格外を通り越して異常な規格外よ」


「君は互角に戦えていたじゃないか?」




 吉火はいきなり天音に電話で呼び出される羽目になっていた。

 試合はよほどハードだったらしく。互いが気絶する前に行われた。

 尤もアリシアは空腹で倒れただけなのでご飯を与えたらすぐに元に戻った。




「互角って……あなた、目でも腐った?あの子の攻勢を防衛しか出来ない事を互角とは言わないわ」


「悪い……確かに私の目は腐った。新兵と侮った事を後悔させられたよ……あの子を新兵以下と括った辺り、私は腐った様だ」


「……時代は変わったのね」




 天音は感慨に老けるデスクに肘をつき呟いた。




「あぁ……私が君達に戦い方を教えた時君達は有望なホープだった」




 吉火は昔の思い出していた。思い出とコーヒーの香りの余韻を楽しみながら思い出に浸る。

 換気の為に開けた窓からカラッと乾いた暖かい風が入り込み、それがより一層コーヒーの香りを引き立て、思い出に浸る吉火を優しく撫でる。




「えぇ、そう呼ばれた。私は前線で指揮を執り、シドはあなたに並ぶ技量を付けた。あなたには感謝してるわ。生きる力を貰えた。出なければ今、私は此処にはいない」


「私も君達を教え子に持てて誇りだよ。そして、そんな逸材に2度も会えた私は幸せだ。尤も今回は私の手には余りそうだが……」




 吉火の声から急に力が抑揚が無くなった。

 いきなり圧倒的な巨大の獣を人の身で育てろと言われたような憮然とした面持ちになっていた。

 巨大な獣を扱い切れない自分に半ば絶望すらして、ぼんやりしている。相当意外だった事だろう。

 兵士適性が低いと言われた少女がとんでもない化け物として戻ってきたのだ。

 さぞ、驚いただろう。流石の彼も今回は自信がないと天音でも分かる。




「そうね。あの子、本当に凄いわ。10年かけてもあそこまで強くなる事は早々出来ないわよ。流石に謎の機械が選んだ人材と言うべきかしら?私の部下も選定してくれると嬉しいわね」


「まぁ、それは今後次第かも知れないが……君はそれを言う為に電話したのか?」




 吉火は雑談から本題に切り替えた。天音がこう言った話をするだけの人間ではない事を吉火は知っている。

 天音は根っからの仕事人間だ。無駄な事はしない。

 ただ、天音自身も今回の自分は喋り過ぎた思いと我に返り一泊の沈黙を置いてから答えた。




「正式な依頼よ。ルシファーを倒して」




 その言葉は冗談でもなんでもなく、真剣みを帯びていた。こんな時、彼女がかなり切迫している事を吉火は知っている。





 ◇◇◇



 天音はコードブルーが発動した。

 発動後、寝ているアリシアを起こし作戦会議を開いた。

 天音から会議室のモニターを介して作戦が伝えられた。



 ルシファーの特性を天音から聞いた。

 なんで自分が選ばれたのか、その時、わかった。

 確かに得体の知れない自殺衝動に耐えられる人間など自慢ではないが、そうはいない筈だ。

 そう言う意味では適任だと得心できた。

 衛星で確認されたルシファーは陣形はルシファーの射線を確保する為なのか、鶴翼の陣の中にルシファーを据え、周りには奪取された戦艦がそれを護衛している。

 大多数のAPの展開されると予想される。


 戦力で言えば、エジプト基地全ての戦力だ。

 だが、撃破対象はルシファーである為、アリシアは真っ直ぐルシファーだけを狙えば良い。ルシファー破壊後、すぐに戦域から離脱すると言うのが作戦の内容だ。

 なお、今回は天音もソマリア沖からアリシアを指揮するらしい。

 本来、初陣の兵士に挑ませる作戦ではない事も聞いた。生存率が極端低い事。友軍の期待は出来ない事。その事を踏まえて全てを話した。




 だが、アリシアはこう答えた。




「これがダメなら後が在ってもダメだと思います。それに私の中の何かが言うんです。逃げてはダメって。脅迫観念かも知れない。曖昧な理由に思われると思います。でも、1つだけ言える事があります」


「何かしら?」


「政府の為とか平和の為とか秩序の為とかはどうでも良いです。私はただ、許せないんです。ルシファーが」


「許せない?」


「アレは人の魂を腐らせる。自害に囚われた人間の心は次第に腐らせ、見える物も聞ける物もいけなくする。私はただ、それが許せない。アレは人に向けて良い物じゃない。アレは本当の意味で人を殺す。だから、死なせたくない。あんな思いをするのは私だけで良いです」




 彼女は悲しみと怒りを覗かせる震えた声色で想いを語る。

 彼女なりにあんな思いを人にさせたくはない。人を守りたいと言っているのだ。




「あんな思いを味わうのは不憫です。アレは未来も希望も奪い去る。子供にそんな思いをさせられない」




 どうやら、それが本音らしい。

 アリシアは子供好きだ。大人よりも子供の命を優先したいようだ。




「理由はなんでも良いわ。引き受けてくれるならこっちとしては行幸よ」


「良いんです。それが今のわたしがやりたいと思った事ですから。あなたが気に病む必要はない」






 ◇◇◇




 2月1日 23時 エジプト上空 輸送機内




 アリシアは輸送機の中で降下の時を待つ。

 輸送機の中で休めるだけ休んだが、やはり気持ちが昂ぶり、熟睡とはいかない。

 況して、今から戦うルシファーと言う機体が自分の故郷を破壊した同型機と知れば、心穏やかにとはいかなかった。

 それでも吉火には無理にでも寝るように言われたのでなんとか寝ては見たが、やはり不安が駆り立てる。


 自分1人だけの孤独な戦い。

 友軍は誰一人おらず、自分がミスをしても誰も助けてくれない。

 全ては自分の力で……この重圧に耐えるしかないと自分を奮い立たせる。あの時もそうだ。


 獣との戦いも自分1人で戦えたのだ「やれば、できる」といつもの言葉を仕切りに呟く。

 ただ、やはり寂しい。

 厳しい戦いの中に更々、自分の行い1つで多くの人間が死ぬと考えると重圧を感じざるを得ない。

 その時、無性に思った。





(誰かにそばにいてほしい)





 その時、コックピットのコンソールが起動し網膜投影にTS BOOTと表示され『こんばんわ』と無愛想な男性の声がした。



「ふぇ?あなたは?」


『あなたが呼んだから現れただけの男だ』


「わたしが呼んだ?」


『わたしはあなたの言うところのTS。あなたのそばにいてほしいと言う願いを汲み取り完全に交配に成功して現れただけの男だ』




 男(?)は淡々として愛嬌もなく無愛想の物言いで淡白な対応をしてくる。

 その物言いにはどこか警戒心のようなモノが伺えた。表情もどこか固い。


 顔などついてはいないが、アリシアの感覚がそう捉えた。

 取り合図、TSが話しかけてきた以上、吉火には報告すべきと思い右耳のインカムに手を当てようとした。




『やめろ!』




 TSが思いがけない強気な口調にアリシアの手が止まる。その声色は何かに怯えているが、故に出た悲痛の叫びにも思えた。アリシアはインカムから指を下ろす。




『他の者には伝えないで下さい』




 無愛想な彼も態度を一変させ、まるで縋るようにアリシアに懇願する。

 アリシアは「わかった」とすぐに答えた。誰にだって嫌なことはある。

 誰かの意志を隷属するような真似は彼女には出来なかった。

 それではかつて自分を徴兵した軍人達と同じになってしまう。彼女はそれを本能的に毛嫌いした。




『ありがとう』




 TSは心なしか、安堵を浮かべる。

 その声色はさっきと違い、不安から取り除かれた穏やかな意志を感じる。

 アリシアの女の勘だが、彼は多分、人と言う者があまり好きではないように思えた。


 人間の醜い所や醜悪な所、貪欲などを目に入れたくないと思っているのかも知れない。

 彼が自分に話しかけて来たのも恐らく、似たような想いを抱いているからだ。

 介護士のアリシア アイは人間を面白いと思っていたが、戦士としてのアリシア アイは少なくともかつてほどの面白みは感じていない。


 人間の醜い所を学び過ぎた。

 授業もそうだが、あの任務で起きた企業間戦争もそうだ。

 互いに利益を独占せずに分かち合っていれば、あんな争いにはならなかった。

 権利を押し付け合う事に固執して周りの人間も巻き込んで戦争まで起こして正直、大人として見っともないと思えてならなかった。


 その貪欲と怒りに駆られ理性を失うからカエストに対する報復などと言う無駄な事も仕出かす。

 冷静に考えれば、第3者であるカエストに報復したところで何のメリットもない。

 何かあるとすれば統合軍から制裁を喰らう口実を与える報復されるくらいだ。つまり、デメリットだ。


 これを見て学べる事はあの老人が言ったように人は救いを求めていないと言う事だ。

 もし、救いを求めるならわざわざ、報復を促すような行為はしない。

 それでは火に油を注いで自滅を急いでいるとの同じだ。


 もし、救いを求め生き残る気があるなら、そこまで考える筈だ。

 人間には生き残ろうとする誠意が足りない。

 どれだけ正義を主義、主張が美しく見えても所詮は貪欲であり、貪欲の前には生存本能など霞む。

 きっと彼もアリシアと同じだと感じていた。


 すると、TSがお礼に面白い情報を渡すと良い網膜投影に表示した。

 そこには今回の敵であるルシファーの設計図らしきモノが表示されていた。




「こんなものどこで……」



『わたしは大抵の事は知っています』




 これが吉火の言っていたTSの力なのだとアリシアは初めて見た。

 破棄されたデータをどうやって手に入れたのか気になるが、それよりも作戦の方が優先だと知りたい気持ちを抑え気持ちを切り替える。

 

 TSの説明によるとルシファーに使われる心理兵器は超対称性粒子”WN”を使用した精神干渉機構が取り付けられている。

 アリシアはこれを聞いた時点でユウキと言う博士も同じ粒子を研究していた事を思い出す。

 何か両者の間には因果関係でもあるのかも知れないと思いながら、それ以上の考察は考えても無駄なのでやめた。

 説明によるとWNへの干渉はWNにしか行えず、干渉せずにルシファーの指向砲を放置すれば、WNの圧縮粒子ではない特性から、空気による減衰や遮蔽物関係なく光以上の速度でどこまでも届く兵器らしい。

 だが、その事実はアリシアを悩ませた。

 防がないとルシファーの直線上にいる誰かを殺すリスクを孕んでいた。


 そうなれば、どこかの子供が自分と同じ目に遭うと考えると胸が苦しかった。

 仮に憶測でも可能性がゼロでないなら、彼女には一抹の不安として十分だった。


 TSはアリシアの気持ちを汲み取って、ある打開案を提案した。

 それはアリシア自身が指向砲の射線に入り込むと言うモノだ。

 何を言っているか分からず「ふぇ?」と首を傾げた。

 TSの話ではアリシア自身が高濃度のWNで出来た盾そのものであり、その能力があれば指向砲に干渉出来ると説明した。


 そもそも、指向砲はWNにより発生する為、AP標準装備の光学回避プログラムを持ってしてもWNは察知出来ず、回避出来ないのでどの道、直撃するしかない。

 直撃によるアリシアの生還確率は0.00025%と極端に低くなるとも説明した。

 TSは『それでもやるんですか?』と問うた。アリシアは首肯して答えた。




「この任務を受けた時から最後までやる気と決めたから……それにわたしの我儘で生還率が下がるだけ、正当な取引だよ。でも、もし死ぬ事になったらやっぱり1人だと寂しいから一緒に来てくれる?」




 アリシアは半分冗談だったが、半分は本気だった。

 既に父の医療費は手に入れたアクセル社経由でスタッフの故郷に派遣してくれる話が出ている。

 思い残す事はないが、やはり1人で死ぬのは怖い。確率で言えば自分は生きては帰れないとタカを括る。


 だからこそ、自分の最後を誰かと共にいたいと無性に思えた。その方が寂しくなさそうだからだ。

 彼女は優しく微笑みかけた。TSはしばらくの沈黙の後、口を開いた。考えがまとまったようだ。




『その時は心中しましょう。しかし、やり尽くしてから死ぬ事をお勧めします』


「あなた、何だか人工知能と感じがしない」


『悪いですか?』


「別に良いよ。あなたはあなただもん。こんな事言うのは変だけど偏見持って仕方ない。それに人工知能でも何でも私は貴方の事を信じてるから」


『初対面で随分と信頼するんですね?』


「嘘。初対面じゃないでしょ?おじいさん」


『……』




 TSは黙り込んだ。予想外の返答に困惑している。どうやら、意表を突かれる事には慣れていないようだ。




「バレてないと思った?残念だけど今のわたしでもその位の事は分かるよ。後、AP基礎を受講する様に仕向けたのもあなたでしょう?」


『……』




 これも予想外と言わんばかりに黙秘する。予想外な事や動揺が態度が顔に出ている。

 顔など表示されていないが、アリシアはそう感じた。

 どうも、彼との間には距離感を感じる。

 秘密を打ち明けないで自分の判断で考えているというより彼女を完全には信用していない気もする。




「図星ですかな?でも良いです。あなたは私に希望という証をくれた。その対価でわたしはあなたを信じる事にした。理由はそれだけ。問題ある?」


『……いえ、ありません』




 TSと言う人物は彼女の思いがけない対応になんとか思考を働かせ、肯定した。

 アリシアは分かった気がした。彼は人間嫌いだ。

 それもアリシアの人間に面白みを感じない感性よりも更に悪化した極度の人間嫌いだ。

 吉火やアクセル社のスタッフとも会話しなかったのは人間が嫌い過ぎて話したくもなかったのだろう。


 自分と話してくれているのは少しは脈があるからかも知れないが、それでも完全に信用は仕切れていない。

 その心を無理にこじ開けるような事はしない。

 アリシアには彼の気持ちは分からないからだ。

 でも、このまま放っても置けない。他人事でも済まされない気がした。だから、考えた。


 彼の想いを汲み取った上で考えた。

 ただ、感じた事に対して自分の意見は押し付けない。

 自分の主義、主張、正義感や道徳を押し付けない。

 今の彼に相応しいと思われる言葉を考え、彼の想いをゆっくりゆっくりと深い心の泉に沈めるように陳謝して考える。

 彼の態度にすぐに反駁するように意見を述べずゆっくりと考え少し間を置いて言葉を紡いだ。




「ねえ?アナタ名前はあるの?」


『名前?』




 アリシアは思いついた。TSとは呼称されているが、それはアクセル社がつけた仮称であり、彼自身の名前ではない。

 彼と本当の意味で話すなら彼に相応しい名前を使って話すべきと考えた。




「TSの呼称はアクセル社が付けた名前で貴方自身の事を指しているとは思えない。だから、聴いてるの。信頼してる人の名前くらい知りたいから」


『わたしはアステリスの残滓』




 そのアステリスが何かは知らないが、まるで自分を燃えかすと自虐したような名前だ。

 まるで自分がただのゴミと言っているようで痛々しく思えた。

 ゴミだから自分の名前などどうでも良いと言って自暴自棄になっている気もした。自分の事のように悲しかった。

 かつての自分も自分の価値が分からず、自分なんて価値がないと嘯いた。

 そんなかつての自分と重なる想いがした。



「それ……名前じゃない」


『ですが、自分をそう定義するしかない』


「なら、アストにしよう?」


『アスト……何故、アストなんだ?』


「あなたの心で感情を司って、足りないところを補っていく強さを持って欲しいからアストラルの半分が足りてないからアストかな?ダメ?」




 TSは少し考え込んだ。普通なら自分に足りないところを態々、強調するのは何か皮肉めいている気もした。

 だが、今の彼に「足りている」と言っても形だけのお世辞にしかならない。

 その面では目の前の彼女は自分の事を真摯に受け止めて思いやり、自分の事を考えて名前を付けてくれたと理解するには十分だった。





【悪くない】






 素直にそう思えた。この時、彼の中で目の前の少女 アリシア アイは人間とは違うと言う認識に変わった。




『いえ、その方が落ち着きます。わたしはアストで構いません』




 どうやら、気に入ってくれた様だ。彼の口調も自然と和らぐ。

 彼女が人間とは違うとその時、理解出来た。

 彼の知る”人間”とは少なくとも高慢な化け物の事を指す。

 自分を黒いモノを白い善と偽り獰猛な狼の様に他人を食い潰す化け物、それが彼にとっての人間だった。


 だが、彼女の事は少なくとも貪欲に自分の自論や正義観を押し付けず、自分のあるがまま受け入れ、彼に合わせた言葉を紡いでくれた。

 自分の意見や主張を押し殺すのは自分を犠牲にする事であり、それが“愛”であると彼は知っている。


 少なくとも偽善者は自分の意見を押し付け、他人を世界を変えたがるが彼女はそうはしなかった。

 それだけで他の人間とは違うと彼が判断するに十分だった。




「あの時は大らかに接してたのに今は随分、堅いんですね」


『アレは聖別用です。わたしの人格とある方の人格が合わさった職務用です』


「じゃあ、今は職務じゃないの?」


『そんな事はない。ただ、こっちが本当のわたしだ』


「そっか」




 色々、つもり話をしたいところだが、時間がそれを許さない。

 雑談をしている間に作戦時刻が迫る。2人は気持ちを引き締め気持ちを切り替える。




「この話はまたあとでしよう。最後の確認。作戦期限?」


『2月2日に0時丁度が期限です。逃げ遅れると我々も核の洗礼を受けねばならない』


「絶対お断りだね」


『同感です』


「なら、行こうかアスト」


『はい』




 アリシアは1回深呼吸を入れて覚悟を決めた。

 会話が終わり上空の輸送機のハッチが開き、アリシアとアストは降下した。

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