初めての依頼

「待って下さい!それは!」




 そこで勢いづいた宇喜多がリオに同調する。




「そうですね。それで行きましょう。どの道連中を生かせば多くの犠牲が出る。なら、街一部を犠牲にしてでも核を設置すべきだ」




 宇喜多は形成逆転をした様にまた、ニヤケていた。

 つまり、彼らは基地に直接核を落とすのではない。

 歩兵で基地の近くまで行き、そこに核を仕掛け周囲の基地を巻き込む形で基地を吹き出そうと言っている。

 その範囲内には街の一部が含まれており、そこにはシェルターが存在する。勿論、市民込みだ。




「それでは市民が犠牲になります」


「だが、多少の犠牲を払ってでも止めなければ甚大な被害が出る。やむを終えない」


「そうですよ。御刀司令。それとも司令が責任を取るのですか?多くの市民が犠牲になった後に戦犯として処断される覚悟があるのか?」




 宇喜多は天音を苛立てせるような不気味な笑みを浮かべる。

 宇喜多だけではなく総司令の強い発言力もあり、周りの司令官も自ずとその意見に同調を始めた。





(俗物が……言わせておけば、好き放題言いやがって、自分の欲望満たしたいだけだろうが!)





 天音の心胆で言い切れぬ、焦燥感に駆られていた。

 宇喜多もここで同調した奴らも結局、自分のリスクを度外視してまで自国民を守ろうとする気が無い。

 確かに楽に勝てれば、それでいいだろう。

 だが、エジプト基地を失えば仮に勝利しても今後の治安悪化は避けられない。

 それが新たなテロリズムを生む可能性は十分にあった。


 だが、問題だ。 確かにこれ以上の妙案は無い。

 敵には不用意に近づけない。

 オールレンジで敵を確実に殺しに来る。

 仮にそれが無くても敵は大軍、敵に気づかれる訳にはいかないから大軍は送れない。





(強靭な精神力と一騎当千の様な実力者でないと無理ね。そんな人間……いや、いた)





 あの組織にそんな人員がいる。

 1ヶ月近く前に拾い、数時間前に邂逅を果たし実力も確かな少女の皮を被った化け物。

 



(核攻撃を止めるには、もうあの新人に賭けに出るしかないか……)




 天音は即断した。確かに不確定で本来の望ましくないやりかたではあるが決断するしかなかった。

 天音は炯々眼差しで総司令を見つめ直す。

 リオも何もあると感づいた。




「総司令、私も核を撃つことに異論は有りません。ですが……使わずに済むならそれに越した事は無いと考えます」


「ほう。何か策があるのか?」


「えぇ、成功すれば核の点火日前に解決します。無論、核の起爆も妨害しません。定刻通りに起爆して頂いて構いません。そちらがデメリットを負う必要はありません」


「一体、どんな作戦を執る?」


「コードブルーと言う兵器を使います。使用によっては核以上の破壊力も齎します」




 その場にいた皆が首を傾げ、隣に居る人間と耳打ちし話始めた。

 彼らにとってそんな兵器は寝耳に水の話だったからだ。

 そもそも、天音も今適当にあの少女の事を“コードブルー”と言う仮称を与えただけに過ぎない。




「コードブルー?私は聴いた事が無いが?」


「えぇ、それはそうでしょう。私が極秘裏に進めていた開発ですから。まだ、カイロ武装局の審査にすら出していません。ですが、破壊力なら核にも勝る物である事は確約します」




 恰も事実の様に堂々と天音は言い張る。

 実際、嘘は言ってはいない。

 例の組織の協力者になっている関係上、開発には携わっている。

 それを少し簡潔に分かり易く伝えているだけだ。




「具体的にどうする?」


「それは説明出来ません」




 そこで宇喜多が上げ足を取る様にしゃしゃり出る。




「貴様、説明出来ないとはどう言う事だ?まさかその場凌ぎのブラフか?」




 宇喜多は自分の手柄を横取りされたくないと殊更天音をしきりに指差し反駁する。

 天音はそんな俗物をただの獣としか見ないような冷ややかで炯々な視線で睨みつけ説明する。


 本当はこの男に説明するのは辟易している。

 前々から送信側のこちらが幾ら説明しても受信側のポンコツが理解しようとしない為に「わからない」「理解できない」と言い訳を並べ、挙句には理解できないから「お前が悪い」と悪辣な態度を取る事が多々あるからだ。


 さらに悪辣な事にこちらが説明を思考し行き詰り、黙り込むとそれすら揚げ足を取り「ほらどうした俺に説明するんだろう!説明出来ないなら最初から口答えするな!」などと言うのだから、なんでこいつが基地司令やっているのか疑いたくなる。

 これで中東基地の副指令が有能でなければ基地が上手く回っていないだろう。




「この場でブラフ使ってどうなるのよ。それにその場凌ぎの案を出した奴に言われたくないわ」


「何だと?」




 宇喜多は癇に障ったのか不服と不機嫌さが顔から現れる。




「事実でしょう。基地を吹き飛ばせばその場を凌げる。けど、基地がなくなれば再び基地を作らないとならない。そうなるとエジプトはその間不法地帯になるのよ」


「そのくらい馬鹿でも分かる事でしょう。仮に総司令の案を実行しても結果は同じ。それに私の案は総司令の案を妨害してない。寧ろ、危険策を回避する策を提示しただけよ。ただ、コードブルーの使用上の都合で現場の判断で臨機応変に使わないと行けないから現在、説明出来ないと言ってるのよ」




 リオは何かに得心したように顎に手を当て頷いて見せた。




「つまり、コードブルーを使うには臨機応変な調整が必要と言うわけか?」


「その通りです、明確な作戦はコードブルーが決めると考えて下さい」


「考える兵器?人工知能か?」


「それよりも遥かに強力な兵器と考えて下さい」




 天音は確信していた。ボーダーは確実に喰いつく。

 彼は軍人として有能だ。必ず作戦成功のために行動を執る。

 しかし、そこには国家を守る裏で犠牲を出して勝利する事を優先する彼がいる。


 何故、そうするのか分からない。

 ただ、度々作戦会議に召集された時、一見作戦を合理的に遂行する為に立案しているが、不要な犠牲を出す事を選んでいる。

 そう言った彼がいるのを何度も見た。

 自分が発言して無用な犠牲を出さない策を提案しても意見を譲らない。

 彼は彼の立場で国を守っているのだろう。

 その見ているものは天音には分からない。

 総司令でない自分には判断材料がないから総司令の作戦を拒否すべきでないとも言える。

 だが、権利と権力がある事とそれに慢心して良い事は違う時に遠回しでも諫言が必要だ。


 作戦遂行に必要な事をやるべきで被害を減らすのは当たり前だ。

 短絡的に命令伝播するだけなら機械が指揮官をやれば良いだけだ。

 指揮官と言うのは命令を効率的に伝達、実行する為にある役職だ。

 実現不可能な目的を命令されれば、それを実行し易くするなり、その目的が目標の妨げになるなら上手い事目的を達成する様に仕向ける。


 その上で命令に従う。意味も無く死ねと命令されて隊員全員が死ねるか?それは完全に実現不可能な事だ。

 なら、最悪従わなくても良いのだ。

 それは指揮官の責任であり、下士官の責任ではない。

 それが現場で生きた天音の考えだ。

 だから、何度も「核以上の力」と強調したのだ。

 総司令が食いつきそうな言葉を語り自分に有利な方へ誘導するのだ。




「良いだろう。ただし、核は予定通り起爆するそれで異論はないな?」


「はい」




 思った通りだ。彼は犠牲を多く出す可能性を選択した。

 ”極東の女神”と言われた彼女と同じく実戦叩き上げの彼は何処かで自分にシンパシーを感じている。

 信用したくなるとも言える。

 同族として自分がブルーの破壊力を保証しているからだ。




「了解。私はこれよりコードブルーを発動の準備の為に失礼します。核の起爆日時が分かりましたら御連絡下さい。では!」




 天音は総司令に敬礼をしてホログラムはその場を去った。

 それを快く思わない者が天音を一瞥する。




「全く、余計な事を……まぁ、邪魔ならそのコードブルーとやらを消すだけだ」




 宇喜多は自分の作戦を妨害する様な要因を快く思わず、打算を巡らせる。



 ◇◇◇



 コードブルー使用の数日前


 ここ数日訓練は行われていない。

 吉火がATの整備をする都合やアリシアの体への負荷を考慮して休暇になっていた。

 アリシアは朝起きては習慣のように40kmのジョギングを行い、朝食を取り、自室でタブレット内に保管された本をずっと読んでいた。

 ATの中でもたくさんの本を読んでいたおかげで割と高速で読めるようになっていた。

 更に体感だが、一度読んだ本の内容は頭にスラスラと入っている。


 小説やライトノベル、更に科学雑誌などをとにかく読み漁り知識を得た事で今では論文をある程度理解できるくらいにはなった。

 特に最近、気になるのはユウキ ユズ ココと言う風変わりな名前の学者が提唱した超対称性粒子に存在だ。

 一説ではニコラ・テスラで提唱したエーテルと同質の存在ではないかと言われ、この宇宙にその粒子が満ちているらしい。


 何でも明確な認識に応じて対称的な事象を起こす粒子らしい。

 その論文の例え話によると、人間全員が明確な意志を持って互いに認識できる形で平和を望めば、現実の事象としてそれが叶うと言う話だった。

 ちなみに互いに認識できる形とは「言葉」で現すのが最も安易で確実であると論文には書かれていた。


 その論文を見てアリシアは感じるところがあった。





(そう言えば、私何度もやれば、できるって……言ってたけど今、振り返るとアレ中々、困難だったよね。もしかして、それが出来たのもこの論文の仮説通りなのかな?)






 本当に今更だが、普通の人間は400kg近い重りを背負って駆け足で階段を駆け上がるのはまず困難……と言うより普通、その過程で心不全で死ぬ。

 更に今更だが、自分がATから出た時点で肉体ダメージがフィードバックされ死んでいても可笑しくはなかったが何故、生きているのか今のところ分からない。

 アリシアは思わず、左手を顎にあて首を傾げた。




「何でだろう?」




 誰も答えるはずのない無意味な問いを自分か、或いは目に見えない誰かに投げ掛ける。

 だが、それに答える者はいない。

 自分の声がコンクリートの壁に少し反響するとすぐに辺りが静まり返る。

 アリシアは「気にしても仕方ないか」と考え、すぐに気持ちを切り替え次の本を読もうとした。


 すると、宿舎の鉄の扉を開ける音が聞こえた。

 気配や足音の感覚からして吉火である事は分かった。

 ATの中で足音を聞いただけで友軍か、そうでないか判別する能力を習得していた。

 気配に関しては何故か分からないが、ATの中で人の気配を察する能力も得た。


 ただ、なんでAIに気配や殺気があるのかは明確には分からない。

 恐らく、参考にした人間の脳波を疑似的に真似た事で意志や殺気も疑似的なモノとして伝わっていたと仮説している。


 吉火はドアをノックして入ってくるとある依頼を持ち込んだ。

 何でもPMCモーメントに舞い込んだ依頼らしい。


 依頼内容は救出。

 対象はカエスト少将と言う人物の救出だった。

 ジュネーブに在籍する将官で勲功を多く授与された有能な軍人。

 一兵卒からここまで上り詰めたノンキャリアの星とも呼ばれる実戦派の軍人らしい。

 ただ、遂前日とある企業間で起きた企業戦争でイザコザが起きてしまった。


 南アフリカのタウトナ金鉱山絡みの利権争いが起きたのだ。

 新政府発足時の動乱と行き違いから鉱山の所有権が曖昧になり、2つの企業が互いの所有物であると主張し始めたのが、事の発端だった。

 両者は旧南アフリカ共和国の地元民を両陣営の支社を基軸とし領土を分け争わせる紛争に発展した。


 言うまでもないが元々、地元民の間に宗教的な人種差別などは殆どなく、互いに自国民として認識していたが、これを機に領土による領土差別が生まれ争いは更に激化したのだ。

 統合政府は今までこの問題に手を付けられるほどの軍事力がなく放置していた。

 だが、近年になり同じアフリカ圏にあるテロ支援独立国家であるバビがタウトナ鉱山の中で見つかったウラン鉱脈に目をつけ、両陣営を共倒れさせるべく、両陣営を支援し低烈度紛争地帯に最新兵器や戦略兵器を輸出したのだ。


 両陣営を共倒れさせ、漁夫の利を得た上でウランを採掘しようとしていると言う計画を掴んだ。

 統合軍も流石にバビにウランを渡したくないと焦りカエスト少将に作戦の指揮を任せたのだ。


 そこで少将が取った行動がある種大胆な事に早期解決が必要と判断し工作兵をタウトナ鉱山に派遣し爆破、無理やり閉山させてしまったのだ。

 それにより企業間の対立の火種だった鉱山が消え争いは沈静化、人間間の因縁は残っていたが、それでも実質的に紛争は終わってしまった。

 鉱山が閉山されれば、バビも容易にはウラン採掘が出来ず事態は解決した。

 ただ、その結果、現地にしたカエスト少将は両企業から反感を買い現在、南アフリカから脱出で潜伏していると言う状態になってしまった。

 救出部隊を派遣したいところだが、両企業が配備した地対空レーザー砲が邪魔でヘリによる救出もままならず、地上から部隊を2回派遣したが今のところ連絡がない。


 恐らく、全滅したと判断された。

 軍ではカエスト少将を切り捨てようと考え始めているが、万が一にも可能性があるならとモーメントに仕事が舞い込んだのだ。

 依頼の報酬も馬鹿みたいに高くこれだけアリシアの父親の医療費が出してお釣りが来る額ではあった。


 無論、アリシアの権限で断る事も可能だと吉火は告げたが、アリシアは快諾した。

 何でも「ここでダメなら今後いくらやってもダメだと思うから嫌な仕事は喜んで受けます」と言うやけに前向きな理由だった。

 乗り気になってくれたのなら良いのだが、普通なら喜んで行う仕事ではないと吉火は思った。

 吉火には彼女が何を考えているか、少し分からなかった。

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