悪魔への対抗

 サレムの騎士の宣言の数日前




「はぁうぁぁぁ」




 アリシアは妙なうめき声を上げながら、フォークに刺さったハンバーグを食堂から差し込める太陽光に翳し、陶然と見つめていた。

 まるで自慢の光る石を光に翳して楽しむ子供のように浮かれていた。目をきらきらと輝かせ、フォークを口に運ぶ。

 口の中に入れたハンバーグの肉汁と香りを堪能しながら噛みしめていく。彼女は眉が自然と垂れ下がり、気づかぬうちに次のハンバーグもフォークに刺し口に入れていた。

 彼女の頬袋がリスのように膨らみ幸せそうにレトルトハンバーグを味わう。

 そんな事をしているうちにテーブルにあったハンバーグが一気に無くなっていた。




「ずびばぁべん。ばがぁぁがばびぃぃぃばりががずぅぅげ」


「いや、まず食べてから話して下さい」





 厨房からの吉火の呼びかけに急いで口を咀嚼し一気に胃に押し込める。

 もう何度もこの会話を繰り返しただろうかと半ば呆れていた。

 本来なら食事中の最低限のマナーの話をしたいところだが、ご褒美と言った手前口うるさく言うのも無粋と考えそれ以上は口にしなかった。


 流石に何度も言っているだけ少し疲れて来た。

 ただ、あんな満面の笑みで食べてくれているのにその気分を害するのもどうにも憚るところもあり、疲れた表情を見せないようにしている。

 巨大な鍋の中に湯だったお湯が沸々と沸騰し続ける。

 その中には巨大なレトルトハンバーグが入っており、吉火はそれを木製のつかみで取り出し慎重に中を開け、皿に移し千切りキャベツを盛り付けアリシアの元に運ぶ。


 アリシアは左手にフォーク、右手にナイフを持ち今か今かと待ち構えていた。

 吉火が「お待たせしました」と言い終わる前にはすでに吉火に目もくれず、ハンバーグに跳びついていた。

 黙々と幸せそうに食べるアリシアに吉火は呆れもしていたが、どこか微笑ましくも見ていた。

 アリシアに静かにお辞儀をした後、またすぐに厨房に入り、次の巨大レトルトハンバーグ「ジャンボ君」をお湯に投入する。


 ジャンボ君はこの時代でも有名な大ベストセラー商品の1つだ。

 開発されて既に1世紀は経っており、その過程で何度も味が改良された人工食材のハンバーグだ。

 えんどう豆や大豆を原料に牛肉に近いハンバーグとして形成されたのがこのジャンボ君だ。


 植物由来なので安価でヘルシーなのが、売りであり腹持ちも悪くない。

 ジャンボ君を始めとした人口食材製品の急速な進歩により300年前に比べたら飢餓や餓死による死亡者は激減したと言える。

 ただ、皮肉な事に戦争になるとその食料が優先的に軍に流れる傾向があるせいで紛争地帯で餓死者が消えないのは今も昔も変わらない。


 鍋の中で煮詰まるジャンボ君を見ながら、吉火は不意に真横を一瞥した。

 そこには山のように積みあがったジャンボ君の梱包袋があった。

 1つ2つならまだかわいいモノだが、それは明らかにその5倍はあった。しかも、ただのジャンボ君ではない。


 アリシアが食べているのはジャンボ君DXだ。DXは通常のジャンボ君の3倍の量で出来ており、これ1つで成人男性の1日分カロリーに相当する。

 この基地を接収した時に食糧庫に大量に残っていたものだ。

 恐らく、DXをまとめ買いした方が安かったと言う食料事情だと推移出来る。そもそもDXは市販だが、向けの商品だ。


 えんどう豆を大量に作り過ぎ分をDXに当てて生まれたのだ。市販はされているが、それで売れるかは別問題だ。

 そのせいでやはり在庫が余り、通常のジャンボ君よりも破格の値段で仕入れられたのだろう。

 本来はDXを3分割して兵士の食事に割り当てるはずだったと吉火は推移した。


 これを買った彼らもまさか10日分相当の食料を1人で食べきるがいるなど想像していなかっただろう。

 吉火にしてもそのの食欲に脱帽する。


 今更思い出した事だが、ATのシステム状況を調べた時に生命維持用の経口栄養タンクの残量がほとんど空だった事を思い出した。

 本来の設計では本体に10日分の活動できる栄養を貯め込む設計になっていた。

 ただ今回は偶々、試験運用も兼ねていたので予備の栄養タンクも増設されており、かなりの栄養源が確保されていたが終わってみれば栄養タンクの底が見えそうになるくらいギリギリまで消費されていた。

 本来、1人の人間が30日で消費する量ではなかった。


 俄かには信じられない事だが、そこから分かることは幾つかある。

 彼女は明らかに常識外れなトレーニングを積んでいた事。

 それに伴い基礎代謝が過剰に高い事があげられる。

 ここから推移出来るメリットとデメリットがある。


 メリットは基礎代謝に見合う身体能力を確実に得ていると言う事だ。

 兵士である以上、身体能力が高い事に越した事はない。

 APが肉体の延長線上に当たる兵器である以上、身体能力が高いのは圧倒的なアドバンテージになる。

 その点は最大のメリットだ。


 だが、それ故にあるデメリットを抱えている可能性があった。維持コストが高すぎる事だ。

 今、この瞬間にも昼ご飯だけで成人男性10日分の食事を要求される。

 AT後に異常な空腹感に襲われているにしてもやはり異常な食欲と言わざるを得ない。


 そうすると何が起こるかと言えば最悪、長時間戦闘に向いていない可能性があると言う事だ。

 体力が続けば良いが簡単に空腹になれば最悪、栄養失調で戦闘中に倒れる危険性を孕んでいた。

 さらに過酷な訓練をした結果なのだろうが、彼女の体脂肪率は2~3%前後だ。

 体に貯めこまれたエネルギー量があまりにも少ないのだ。

 吉火は黙々とキャベツを千切りにしながらそう結論づけた。


 

 

(これは近い内に一度実戦に出してデータを取らないと不味いかもしれないな)



 

 吉火は煮えたぎった鍋の中からジャンボ君DXを取り出しながら、次の計画方針を考えていた。

 そんな事とはつい知らず無邪気なアリシアは食堂から食べ物を口に咥えたまま、おかわりを催促する。





◇◇◇




 サレムの犯行声明から1日後


 エジプト奪還作戦会議室。

 会議室には各地区の基地司令、将官が集まっていた。

 尤も会場の人間の殆どが、ホログラムだ。

 切迫した中で各々が意見を交換し情報を精査していた。

 互いも持つ情報から推移される最悪の資産などを会議を円滑にする為に今のうちに打ち出していた。

 その中で一際若くセミロングの黒髪整った鋭い顔立ちの美女で30代前後の女性がいた。

 極東の女神と言われる現極東司令官御刀 天音大将だ。

 彼女はCPCで現時点で分かる情報を精査していた。




「ルシファー……やはり厄介な代物ね」




 天音はテーブルに右肘をつき頭を抱える。

 自分も知らなかったとはいえ本当に人類は戦いの為なら碌でもないモノを作ると呆れてしまう。

 人類は何千年経とうとあまり進化していないと思えてくる。


 偶に超能力を使う者が新人類であると言う者もいるが、それは超能力が使えるだけで人間として心が進化している訳ではない。

 偶々、戦闘していたら人の思考を読み取れるようになった者もいるらしいが、そういう手合いに対して新人類と言われても天音は懐疑的だ。


 それで良ければ自分も実戦を経験しているのだから、超能力者になっても可笑しくない。

 傍から見れば、その超能力者がぽっと出でラッキーマンに見えてしまう。

 それで恰も思考を読み取る超能力者は自分が読み取った思考こそ正しいと自惚れるのが不快でもあった。

 そんな訳で彼女の人類に対する失望は今日も増す事になった。


 ルシファーが良い例だ。ルシファーについて分かっている事は少ない。

 心理兵器を使い相手を自害させる兵器。

 その干渉には電磁波ではない特殊な波動を使うらしい。


 設計、開発者死亡と共にその構造と原理は不明のまま廃棄された機体。


 ADに対抗するためとは言え、これほど残虐な兵器はないと思えた。

 兵士になるには相応の努力をして戦場に行くのだ。

 その努力を自殺と言う形で終わらせるこの兵器は実戦経験のある天音には嫌悪の対象でしかなかった。




「腑に落ちないわね。原理が分からないのにサレムはどうやって指向砲を作ったのかしら?」




 サレムの騎士の声明の中には自分達にはルシファーと言う心理兵器が存在し、その攻撃に指向性を与える事に成功したとあった。

 これで長距離からでも攻撃可能な兵器に仕上げたと言うのがザックリした内容だ。


 この声明には「自分達の力(技術力)を舐めるな」と言う脅しと「長距離射程と言う漠然としたニュアンスからの脅迫」この2つがあった。


 レーザーの様な指向性を持った兵器ならルシファー1つでどの地区にも攻撃可能と言う可能性が出てくる。

 彼らは敢えてそこを言及しない事で迂闊な攻撃をこちらにさせない狙いがあるのだ。

 だが、そもそも破棄された機体彼らがどうやって回収したのかと言う疑問が残るが……その議論はお預けの様だ。

 ある男が会場に入り全体が彼を見つけ姿勢を直し起立、ビシッと敬礼をして彼を出迎えた。

 統合軍総司令 リオ ボーダー総司令である。

 現在、70歳の目つきが鋭く威厳のある風格肌はゴツゴツとしており若い時は実戦で数々の軍功と勲章を手にした叩き上げだ。




「諸君。早速だが会議を始める。我々には猶予はないのだから無駄な挨拶は省かせて貰う」




 彼は手の仕草で部下に座る様に促した。無駄な事を嫌う彼らしい行動に見えた。

 巌のような厳格な顔つきから放たれる炯々な眼差しに皆が気圧され特に諫言も反駁もなく部下達は黙って座った。




「諸君、我々は危機的な状況にある。現在、エジプト地区はサレムの騎士に占領されている」




 会議席の中央にモニターが表示された。

 そこには市街に隣接した砂漠の一角に作られたエジプト基地が表示されていた。




「中尉。状況説明を頼む」


「はい。それでは私が説明させて頂きます」




 好青年らしい風貌の総司令の側近と思わしき中尉が説明を始めた。




「現在、サレムの騎士はエジプト基地を占領しています。基地はほぼ無傷で占領され基地の対空兵器、対地兵器は全て敵に掌握されました。基地に搬入された陸戦戦艦も全てサレムの騎士に奪取された状態です。現在戦艦はルシファーを取り囲む様に陣を取り必要な場合に射線を確保出来る陣を組んでいます」




 そこで中東司令の宇喜多 元成が発言を申請した。

 50代後半でやや小太りで黒ぶち眼鏡を掛けた俗物な成金みたいな男だ。

 リオは宇喜多の発言を許可した。




「いっその事、核を使った方が速いと考えます。我々は下手に手を出せない。ならば、核で基地ごと吹き飛ばすのが確実ではないか?」




 そこで天音が発言を求めた。

 天音は不愉快と言わんばかりに怪訝な態度で宇喜多に反駁した。




「宇喜多司令。あなた馬鹿。デスクワークしかやって来なかった短絡細胞には分からないのかしら?」


「何を言っているんだ。可笑しいのはお前だろう。私は早期解決案を……」


「全然、早期解決案じゃない、寧ろ、事態を悪化させたいの!この戦犯!」




 彼女の容赦ない一言に宇喜多は不気味に微笑んだ。




「どういう事だ?」


「良い。エジプトはカイロ条約締結以来登録火器は全てカイロ武装管理局が取り締まり統括している。無論、カイロの対空兵器のそうは他とは違う」


「分かっているとも。だが、対空兵器と言っても迎撃ミサイルや迎撃レーザーがあるくらいだろう」


「だから、問題なのよ。大馬鹿」




 天音は更にハッキリと反駁した。

 この程度の事も分からないのかと天音は内心思い、苛立ったが喉に押し込んだ。




「相手は基地を制圧している。こちらが何所からミサイルを撃ったかなって直ぐに判明するわ。仮にカイロから一番近い海から撃っても直ぐに検知されて発射後に直ぐに撃墜される。宇喜多司令の言い分は敵が只のテロリストだった場合の話です」




 そう、もう既にサレムの騎士は只のテロリストではない。

 統合政府を転覆させるだけの力を持ち既に軍の基地を掌握している。

 テロリストの皮を被った軍隊と言っていい存在になっていたのだ。




「つまり、核を無暗に撃ってもレーダーに発見されて確実に撃たれる。幾ら耐レーザーコーティングしていようとカイロの対空火器なら発射直後からレーザー撃てば基地に到達するミサイルの方が奇跡よ。それに核を無暗に撃って失敗したら宇喜多司令は無能の烙印を押されるでしょう」




 宇喜多の不敵な微笑みは雲行きが怪しくなった。

 天音は宇喜多がどう言った人間か熟知している。

 何を言えば黙らせる事が出来るかも分かっている。一言で言えば碌でなしの野心家だ。

 力が全てと思い上がっているから足元を掬い易い。

 だから、誰でも思いつきそうな事をあたかも自分の戦果の様に総司令にアピールすると予測していた。




「無駄な時間を取らせましたね」




 最後に彼女は皮肉を言った。

 本当に下らないからだ。こんな事に時間を割くべきではない。

 銃を持て、現場に出て安全な後ろから指揮するだけのヒーロー気取りの甘ちゃん野心家には分からない話だ。

 宇喜多は悔しそうに不敵な微笑みでニヤニヤと此方を見つめる。

 正直、キモイ。「よくも手柄を潰したな」とでも言いたげな顔をしている。

 だが、そこでリオ ボーダーが口を開く。




「確かにそれは得策とは言えない。だが、悪い手でも無い」




 天音はその言葉に眉を顰めた。宇喜多もその言葉にピクリと反応した。




「確かに基地に直接落とすのは無謀だ。だが、基地周辺を巻き込む形で核を設置すれば我々の被害を出ずに勝てるのも事実だ」




 その意見に天音は思わず反駁した。

 それは流石にあってはならない手だった。

 何により彼女の心がそれを拒む。

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