数時間後

 オスプレイ型音速輸送機に運ばれ、旧南アフリカのハウテン州の隣にあるムプマランガ州に到着、そこから陸路で向かう事になった。

 空路だと制空権に入ると警告なしで撃墜されると言う事情からだ。

 幸い、国家として破綻し例の2つの企業の統治下にあるとは言え、完全統治には資本が追い付いておらず、半無法地帯であり州境の警備には斑がある。


 アリシアは輸送機と共に運ばれた電動スポーツバイクにまたがり州境に向かう。ATにはネット環境での繋がりがあり、VR空間で大型二輪の免許取得講座が存在する。

 時代の進歩により免許取得まで現実時間で10日分あれば十分取得できた。マニュアル車の運転もできるが、やはりバイクの方がしっくり来る。


 ちなみに免許には地方免許と国際免許があり、地方はアジア圏などだけと言う制約がある。

 だが、アリシアが取ったのは難関と言われる国際免許なので世界中で乗り回し可能だ。


 アリシアは颯爽と国道をかけていく。

 進捗して貰ったダイレクトスーツは心地よくフィットしアリシアの体の動きを妨げない。

 その上から彼女のサイズにあった新品防弾ベストを着こんでいる。

 AP操縦時でもないのにダイレクトスーツを装備するのはやはり繊維の収縮によるパワーアシストや背部ユニットによる火力増強に優れた対靭性、対弾性を兼ね備えているからだ。

 戦場で歩兵がダイレクトスーツを着ているのは決して珍しい事ではない。それに万が一APが必要な時は奪って乗る為にも着ておいて損はない。


 アリシアは州境に差し掛かると一度停止し近くの岩場にバイクを隠し、そこから身を乗り出す形で望遠鏡を見た。

 国道沿いには企業が雇った兵士が州境で武装しているのが見える。その後方には複数の銃座と移動型レーザー砲車両が2台あった。

 カエスト少将の動乱でこのルートの州境の警備は手薄と予想されていたが、予想より巡回の人数が多かった。


 このまま強行突破するとハウテンにいる兵士達に警戒され、カエスト少将の元に辿り着くのが困難になると判断した。

 加えて、州境をよく見ると地面や岩場には赤く見える何かが付着し岩には皴の入った脂肪の塊みたいなモノまであった。


 恐らく、人の脳だ。その周りには脳漿らしきものまでばらまかれたままだった。誰か知らないが恐らく、ここで激しい戦闘がつい最近起きたのだろう。


 そのせいで州境の警備が強化されたのだ。

 多分、2回派遣された部隊もここが手薄と思い侵入し反撃され、壊滅した事で警備が強化されたのかもしれないとアリシアは結論づけた。


 死体こそ処理されているが辺りには壊れた銃の破片も転がり、形状からM16A10と言う統合軍の歩兵正式装備の破片が散らばっているところからそう結論づけた。

 アリシアはすぐに判断を下す。アリシアは電動バイクをオート操縦に切り替え、ムプマランガ州に待機する回収機まで退避させ、そこで待機する吉火に整備させることにした。

 恐らく、まだ出番があると考え万全を期す。

 アリシアは吉火に一度通信を入れる。




「吉火さん。エミールをそちらに一度下げます。これから徒歩でカエスト少将の元に向かいます。最短ルートを更新して下さい。その間州境を超えて見ます」




 更新は自分でもできるのだが、今は州境を超える事に専念したいと言う意図から吉火に頼む。

 訓練で何度もやってきたシュチエーションだがこれが初めての実戦の為、やはり緊張する。

 訓練なら難なくやっていた更新も今では州境をどう超えるか必死に考えるあまりそこまでの余裕はなかった。ちなみにエミールとはアリシアの電動バイクの事だ。愛着も持つ為に名前をつけたらしい。




「分かった。君は境を超える事に専念してくれ。それと最新の情報だ。カエスト少将の通信機の電波が消えた。恐らく、電池切れだ。最後の反応は以前として旧エゼロベロ自然保護区だ」


「分かりました。追って連絡してください」




 吉火はアリシアの武運を祈り作業にかかった。

 この時代、エゼロベロ自然保護区は21世紀の頃と違いハウテン州とムプマランガ州に跨っているのではなく、完全にハウテン州のお膝元にあった。

 なんでも第3次世界大戦中にそうなったらしいが、詳しい事はネットには書かれていない。その結果、管理運営はハウテン州が行っていた。

 だが、第4次大戦で人類に自然を保護するほどの余裕がなくなり、そのまま人間の管理から離され以来野放し状態になった。


 アリシアは一度目を瞑り深く息を吐いた。平静を装っているが、やはり緊張する。心臓の打ち鳴らすリズムが顕著に聞こえてくる。

 一歩間違えると自分もあんな無残な脳みそになると考えるとゾッとする。

 加えて、人を殺す事にも抵抗はある。

 敵とは言え、その敵にも隣人や家族がいるだろう。


 その敵を殺せば、祖国に居るだろう家族を悲しませると考えるとやはり嫌だと思った。

 そんな人の幸せを奪う死神の鎌を自分が持っていると考えるとその責任は重い。

 覚悟はしていたが、こう迫られると生半可な気持ちではこの仕事はできないと露骨に感じる。


 昔、やったゲームの正義の味方を思い出すが、正義にかっこつけて執行マシンの様に敵と戦うあの姿は今思うと戦慄する。

 戦えば誰かが死ぬと言うのに自分を顧みず、問答無用で戦うあの姿はこうして戦場にたって初めてイカレていると悟る。


 自分もゲームのように何度も反芻する様にシュミレーターで殺したが殺す事に慣れはしなかった。

 自分が兵士に向いていないと実感するが、出来ないなりに頑張っては来た。

 殺さない為に他者と圧倒的な技量差をつけるべく訓練を積んできた。それがどこまで通じるか分からない。

 もしかしたら、その甘さで自分を殺すかもしれない。


 でも、それでも自分ができる範囲でやらないと自分が死ぬと彼女の本能が呟く。

 だから、細菌の彼女はよく口ずさんだ「やれば、できる。やれば、できる」と。

 吉火は「魔法の言葉ですか?」と微笑みながら笑っていたが、アリシアは「魔法じゃないです。神法です」と頬を膨れさせ、強く反駁して吉火を驚かせたのは記憶に新しい。


  どうも、魔法と言う言葉は苦手だ。魔法とは魔の法則と書くからだ。魔とは人を惑わし、災いを齎すものと言う意味を持つ。

  彼女にとって、それは自分を惑わせた悪魔の法であり自分を救ってくれた者の法ではない。

  そう言った意味では正義の味方と言う単語一つで過去の自分は惑わされたのなら、正義と言う言葉は魔法かも知れない。

  気をつけないといけないと彼女の中で固く決心する。


  彼女は「良し」と首肯してから吉火が用意してくれた板棒状の携帯食の封を切り食べる。

  何でも自分専用に特注した高カロリー食で腹の中で膨れる様に作られているらしい。携帯食は少し固めて力を上手く入れないと噛みきれなかった。


 最初は苦戦したが慣れれば何とかなった。

 それに吉火の言う通り多少空腹感を覚えていたが、3口食べるだけで腹が膨れた。

 それでもまだ、半分も食べ終えていない。多少食べ辛いが贅沢は言えない。


 アリシアは去っていくエミールを送りながら岩陰に身を潜める夜を待つ。今は夕暮れ時だ。

 もうじき夜になり、境を超えるのも容易になる。

 いつの時代も暗視スコープが出来たとしてもやはり限界はある。身を潜めるなら夜に限る。

 AT内で本当に駆け出しの頃、暗視スコープがあるから夜も昼も変わらないと何も知らないまま突っ込んでヘッドショット食らったのは恥ずかしい記憶だ。


 今の自分が過去の自分を見たら、憐憫な眼差しで見つめるに違いない。

 周囲の気配を感じながら岩陰に隠れて息を潜め、夜になり国道沿いにサーチライトが照らされる。

 兵士が辺りをサーチライトで照らしアリシアは国道から離れた場所から潜入を試みたが、そこは複数の地雷が埋められた地雷原だった。


  まず、地雷と分かれば誰も近づかない場所だが、逆にそれが敵の死角なるとアリシアは睨んでいた。

 アリシアは用意していた対赤外線処理をした迷彩マントで体を覆い匍匐前進しながらゆっくりと前に進み、進みながら左手に持たれたナイフで地面の砂を刺していく。

 ナイフで安全を確保しながらゆっくりと進む。


  途中でナイフに当たった地雷を見つけては掘り出し自分の道を作り様に埋め直す。何度もマントがライトに当てられたがその度に息を潜め通り過ぎるまでジッと堪える。

  ライトが通る度に「もしかしてバレるかな」と何度も心臓が高鳴る音が聞こえてきた。その度に鍛え上げた精神力で食い縛りながら堪えた。


  実はサーチライトを照らしていた兵士はマントが風で微かに動いている事に何度か違和感を覚えていた。

  だが、以前の敵の大軍が地雷原を避けて国道から装甲車で正面突破した事を思い出すと敵がわざわざ地雷原を通るはずがないと言う先入観が生まれ、その違和感を報告せず見逃した。


  こうしてアリシアは夜の間に州境を越えて陸路でエゼロベロ自然保護区に向かう。






 ◇◇◇





 翌朝 早朝

 境越えに思わぬ時間を喰ってしまったが、越えてからは吉火に用意した最短ルートを頼りに途中で栄養補給と水分補給を行いながら走って目標地点を目指す。

 装備重量で30kgはあったが、体力だけは馬鹿みたいにあるお陰で走っても少し息切れした程度で余力は十分残っていた。

 アリシアは既に破壊された保護区と外界の境を超え無事に目的地に着いた。




「あぁ……」




  思わず感嘆の声が口から漏れてしまう。

  朝日が地平線を照らし僅かな植林と池、そして広大な荒野が魂の解放感を味あわせる。

  今まで景色など気にした事は無かったが、任務である事を忘れるほど……そこは広大で自分の居た集落が窮屈に思えるような爽快感が心を弾ませる。

  いつの間にかその余韻に浸り任務を忘れそうになったが、そこで吉火から通信が入ったので我に返り気持ちを切り替える。




「アリシア、無事に着いた様だな」


「えぇ、これから探そうとしていたところです」


「なら、グッドニュースがある。ついさっきカエスト少将の通信機の電波をキャッチした」


「電池切れじゃ無かったんですか?」


「そう言えば、説明していなかったか?軍用の通信機の液晶フィルムには炭素繊維の保護被膜になっている。それが自然光に当たるとソーラーパネルの様に発電出来るんだ」




 アリシアはその説明で得心した。太陽光により通信機が発電すると彼女の頭の中に新たな知識を入れ込んだ。




「それで反応はどこに?」


「そこから北東に1km先の雑木林にいる」


「1km……走れば近いですね。吉火さんナビゲートお願いします」




 吉火は「任せて下さい」と快諾しアリシアのナビゲートを始めた。アリシアは疾風の様に駆け抜けていく。

 敵の気配や地雷などがないか確認しながら速く、それでいて慎重に走り抜ける。そして、僅か3分あまりで1kmを走破した。

 これだけのタイムならおそらく、オリンピックでマラソン出ても十分通用するレベルだ。

 しかも、30kgのハンデ付きだ。吉火からすれば正直、アリシアの身体能力がここまで身体能力が高いとは思わなかった。アリシアはは既にカエスト少将がいると目される雑木林の前まで来た。




「この中ですか?」


「その先から反応が出ています」


「呼びかけてみます?」


「近くに敵がいないなら問題ないです」と吉火の了承を得た。だが、どこに敵がいるのかも分からないので戸を叩く様な声で呼びかけてみた。




「カエスト閣下。救援に参りました。いるならご返事下さい」




 何度か呼びかけたが返事がない。不穏な空気が流れる。その時脳裏にある事が思い浮かぶ。




「あのもしかして、通信機だけ残っていて殺されている可能性は?」


「可能性はありますね。何せここは元保護区です。ライオンに食い殺された可能性もゼロではないかも知れません。それでもせめて痕跡は確認しないと任務完了とは言えません」




 吉火にそのように諭され、アリシアは雑木林の奥に入っていく。雑木林と言うだけでそこまで鬱蒼とは茂っていない。

 日当たりも良く見晴らしも良い。人影があれば、すぐに見つかると考えられる。アリシアは雑木林に一歩足を踏み入れた。


 その直後、ベチャとなる音と足元の何かに当たった感触がした。当たり具合からして大きな石ではない。

 表面が弾力があり、中が固い感触だ。不審に思い足元に目をやるとそこは赤く染まった血だまりと人の脚が転がっていた。


 よく見ると雑木林一面に元々、人だったモノも塊と赤い池が広がっていた。

 アリシアは目をハッと見開き息を呑む。 一気に緊迫した空気が張り詰める。 思わず声が出そうだったが、声を押し殺し冷静さを保ち、まずは吉火に連絡を入れた。




「吉火さん。人の死体が一杯転がってる……」




 あまりの惨状にアリシアの声にいつもの快活な抑揚が消え、声色が青ざめていた。

 吉火は電波を傍受される恐れで使わなかったダイレクトスーツのインカムに付いている内蔵カメラの映像を見た。


 それを見た吉火も思わず、空いた口から息が漏れる。今まで数々の戦場を見たが、こんな惨状は見た事がない。死体が一定空間に敷き詰められているように喰い散らかされている。


 それはまるで獣の捕食跡を連想させるが、それでも明らかにおかしい。

 もし獣なら人の肉は残っていない筈だ。だが、この死体は共通して肉は大部分が残り全て頭だけがなかった。あと、何か巨大なモノが通り過ぎた様に周りの木々が伐採され獣の道を形成している。




「なんなんだ……これは?」




 吉火は思わず誰かに問うように呟いた。明らかに獣の食べ方ではない。

 何かの兵器だとしても頭だけ強奪する意味は分からない。

 世の中には人間の死体を内部燃料として動く地上無人機があったが、それともまた異質だ。

 明らかに異様な何かがいると言う暗示かも知れない。

 これはもしかすると想像以上に危険な任務かも知れないと吉火の勘が告げる。

 作戦を中止した方が良いのではないか?と言う一抹の不安が過ぎる。

 ただでさえ、新兵一人に荷が重い任務を押し付けているのだ。それに統合軍もそこまで強くカエスト少将救出には拘っていない。況して、アリシアに何かあればNP自体が破綻する。引き際は今かも知れない。




「アリシア。まず一度そこから……」




「そこから離れるんだ」そう言いかけた時にアリシアが口を開いた。




「なんだろう?アレ?」




 吉火はカメラ映像を見た。アリシアが見つめる視点の先には日当たりの良い雑木林の中に突如として現れた黒い靄。

 昼間の光景に似つかわしくないドス黒い靄が一箇所に集まり形を成していく。

 靄は脚の様なモノを形作り脚先には獣を連想させる獰猛な爪、それが巨大な胴体を形成し4本の足が生える。

 その胴体の後方からは鋭い毛に覆われた尻尾が形成され頭の形成され、獰猛な牙が生え犬の様な顔を形成する。


 どちらかといえば、狼に近いかも知れない。それは10tトラックを彷彿とさせるほど巨大な狼となった。

 そして、その獣はアリシアを睨みつけて口を微かに開け、アリシアはその殺気に強張り石像の様に固まってしまう。

 明らかに危険が迫っていると本能が訴える。




「逃げろ!」




 吉火の張り上げる声と共に黒い狼がその巨大からなる膂力で一気に飛びかかる。





 アリシアは吉火の声に促されたお陰で何とか体を動かし半身を逸らして紙一重で敵の突進を避けた。

 だが、獰猛な爪がすれ違い様に彼女の胸部を掠め、防弾チョッキを軽く抉った。幸い大事はない。


 アリシアは後方に大きく飛び、雑木林の外に出た敵を一瞥した。既に強靭な爪を使い旋回し、再び迫ろうとしていた。

 アリシアは未だ強張っていたが、殺さないと殺されると言う本能から遮二無二にダイレクトスーツの背部ユニットに装備されたライフルを手に獣の頭を目がけて発砲した。

 弾丸は見事、頭部に激突した。だが、甲高い金属音の様な物で弾かれた様な音がした。




「銃が効かない!」




 明らかに通常の獣とは違う異質な存在である事は明らかだ。

 この世界のどこに銃弾を弾く皮を持った獣がいるだろうか?

 銃とは、人類にとってある種の絶対的なアドバンテージとなる兵器だ。

 離れた場所からでも危険な存在を攻撃する安心感は兵士を生き残らせてきたファクターでもある。


 だが、その優位性を脅かす存在が現れた時の心理的な動揺は大きい。

 そう言った脅威となる兵器は存在する為、ベテランは動揺し難いが新兵であるアリシアにはその動揺が大きかった。

 況して、相手が異形の化け物となれば、その動揺は計り知れない。


 本能的に今すぐ逃げ出したくなるが、培った精神力でギリギリとところで踏ん張る。

 逃げてもいずれ追いつかれると分かるからだ。

 瞬間的な短距離ならアリシアはチーターよりも速く走れる。

 だが、それもせいぜい200mが限界でそれを超えるとチーターにすら追いつかれる。

 あの獣相手に全力で走っても200mで殺されると分かる。この場で殺すか殺されるしか選択肢がないのだ。


 再び獣が猛スピードで飛びかかってきた。アリシアは飛びかかった獣の下に飛び込む様に前転し滑り込む様に下に入り、腹部目がけてライフルを連射した。

 だが、金属音が鳴り響く音が聞こえそのまま通り過ぎた。変形した銃弾がカラカラと地面に落ちる。




 (全身無敵装甲ですか……ちょっとチートでしょう)




 顔や声には出さなかったが内心焦燥感が心を搔きまわす。

 獣の様に動く都合上、腹部はある程度、柔軟性がないと走破時の可動域が狭まり、まともに走る事も出来ない。

 だからこそ、腹部は脆弱だと睨んだが、予想は見事に外れた。これ以上の決め手が思い浮かばず、焦りを見せる。


 冷たい汗が額から首筋にじんわりと流れる。獣は爪を地面に食い込ませ、走りの勢いを使いその場でターンする。

 再び突撃してくると思いすぐに身構えるが、さっきとは違う違和感に気づいた。

 獣は口を大きく開けていたのだ。アリシアは反射的に肩を後ろに引く反動を使いながら真横に動いた。

 

 はるか遠くで何かが破裂する様な音が鳴り、土煙が舞った。

 砂埃が宙に舞い上がるのをアクセル社の衛星から見た吉火は空いた口が塞がらず戦慄を覚えた。




「何なんだ……あの生物は……人知を超えている」




 途端に吉火に畏怖が奔る。勝てるはずがない。

 他のどんな敵とも戦うからあの敵とは戦わせて欲しくないと思う感情が沸き立つ。

 今の自分の心の中ではまるで大人に対して泣いて許しを乞う子供に思えるほどの畏怖があった。

 不謹慎な事にあの場に自分がいなかった事に感謝したいと思える。


 今のアリシアとその獣を構図を見るとまるで特撮映画に出る巨大な怪獣に生身で挑んでいるほどの無謀な光景に見えた。

 それで勝てると断言出来る者がいるだろうか?


  敵は生物的人知を超えた怪物だ。それこそ、APを使わねば倒せない怪物だ。生身でAPと戦えと言われたら願い下げだ。

 それほどこの状況は絶望的だった。


  その画面の向こうでたった1人で戦う彼女を見ると歯痒くて仕方なく自分の奥歯を強く噛み締める。

  正直、あの状況でも戦う事をやめない彼女の強さにある種の畏敬の念を抱いていた。


  アリシアは飛び掛かる敵の攻撃を紙一重に避けていた。

  飛び掛かる瞬間に跳躍した際の地面との隙間に逃げ込み左へ右へと素早く脚をさばき、旋回し勝機がないか、銃を撃つ。

  敵の眼球や口、爪に目がけて撃ってみたが、やはり効果はなく異常に硬い。


  下手をしたらダイヤモンドよりも硬いかも知れない。時に敵の口から放たれる仮称ニードルガンも発射前に口を大きく開けると分かれば、避けられる。0.1秒で反応する様な訓練をしたお陰で紙一重で何とか避けられている。

  これは感覚だが、敵も脳で距離感を測ってニードルを発射しているようで肩を後ろに引く動きをすれば、ある程度発射の距離感を狂わせ、狙いがずれる事が分かった。

  杜山の武術の成果はここで現れていた。


 加えて、敵はそれほど知能は高くないのか、攻撃パターンが突撃とニードルガンの2種類しかない。

 後は単調で力押しと本能で襲っている印象を受けた。


 そこまで分析し何とか活路を見出して来たが、やはり単純な力で負けている。更にこのままだといずれ近いうちに体力が尽きる。アリシアの右脇からボタボタと血が流れていた。次第に息が荒くなり視界が明滅してくる。目の前にはターンして突撃してくる寸前の獣がいた。




(避けないと!)




 アリシアは獣の挙動を見切り再び懐に飛び込むとした。その時さっきよりも血が勢いよく流れ、視界がボヤけ脚の力が抜ける。

 だが、その時既に獣がアリシアに飛び掛かっていた。雑木林を揺らすほどの激しい音が鳴り響いた。


 アリシアは意識を振り絞りながら食らいつく獣の頭を両腕で必死に抑えながら耐えていた。


 体を雑木林の木に強く押し付けられ息も苦しい。10トラックのような獣のトルクが木をメシメシと嫌な音を立てて軋ませる。その圧がアリシアの体を背中から押しつぶしていく。


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