始まりの放火(ファイアバグ)

「まさか、こんな捕まり方をするとは……今まで失敗が無かった方法だったのに……」




(この方法で逃げてたんだ……)




 よもや、こんな大胆の方法を一種の逃走手段に使っていた事に流石にアリシアも呆れる。

 後々、思ったのだが普通に奇行に奔る不審者を見つけたら警察などに職質されるのではないか、と考えたのだが、意外とそう言った心理的な罠が現実でも有効なのかも知れない。

 現実は小説よりも奇異だと言うが自分の予想通りにいかないモノだな……などと思っていると自衛団の1人が縄で縛った吉火に詰め寄る。




「アンタ、一体何なんだ?放火犯か?」


「……」




 吉火は黙り込んだ。

 その素振りから恐らく、自分の目的は聞かれたく無かったのだろう。

 アリシアには目的を話、それ以外には語らない。

 何が目的か知らないが、自分が明らかにターゲットにされている事はそこから読み取れた。

 もし、放火犯ならターゲットは誰でも良いはず……だが、彼は明確に自分を指定してきた。





(なんで、わたしなの?)





 自分をターゲットにする価値が果たしてあるのか?自分を客観的に見れば変人なだけの凡人だ。

 そんな人間に一体なんの用があるというのだ。

 運動神経がそこそこ良いだけで取り立てた能力がある訳でもない。

 自分で言うのもなんだが、自分は兵士には向いていない。

 ターゲットにするくらいだ。

 その辺りの事を既に調べがついているとはずだ……それでも彼は自分を標的にする。

「何故なの?」とアリシアの心の中に言い知れぬ不安がうずく。




「さぁ!速く答えろ!」




 自警団の1人が吉火の胸倉を掴んだ直後、吉火が「ちょっと待て」と手で制しした。

 まるで誰かと電話をしているような素振りだが、どこにも電話を持っていない。

 どうやって電話しているのか、アリシアは不思議そうに見つめる。




「なんだ?今取り込み中なんだが……えぇ?何でだ?……何!本当か!分かった。後で折り返す」




 そう言って電話らしき会話を終え胸倉をつかむ自警団の男に面と向かった。

 よほど、切羽詰まっているようで男は胸倉を掴みながら頭を仰け反る。





「今すぐ、逃げろ!」


「逃げるだぁぁぁ!?逃げられると思っているのか!」


「そうじゃない!君たちが逃げるんだ!若い者をとにかく遠くに逃がせ!でないと手遅れになる!」




 やはり、かなり切迫している。

 まるで危険な何かがすぐ目の前まで迫っていると言いたいような気迫に迫るものがあった。




「そんな言い訳で誤魔化せると思うのか!」




 自警団は聴く耳を持たないのを見て、吉火は観念したのか切り札を切る様にその一言を彼らに放った。




「もうすぐ、ここにAPが来る!」


「なんだと!」




 辺りにゾッとした空気が張り詰め自警団の2人は耳を疑う。

 にわかには信じられないとでも言いたげな顔だ。

 普通のこんなただの難民キャンプにAPが来るはずがないからだ。

 APが来るという事実はそれだけ大きな意味があった。

 まず、自警団が保有する通常兵器では太刀打ちできないという事実だ。

 この集落には装甲車があるが払い下げの旧式であり、APという兵器は空間に対して3次元的な動きが出来る。

 真上を取られれば装甲車の砲身はそこまで届かない。装甲車や戦車に言える事だが、それらは2次元的な攻撃しか出来ない。

 加えて、APには通常兵器とは違う絶対的な優位性がある。


 それはHPMハイパワーマイクロウェーブ発生装置だ。

 ECM技術の極致とも言えるであろうHPMはAP以外の全ての電子機器を無効にする。

 特別の処置を施せば使えなくもないが旧式の装甲車にそんな処置はない。

 況して、その処置だけで旧式装甲車が何十台も買える。

 ただの難民集落にそこまでの金があるはずもない。


 そうなるとAPへの対抗手段はAP同士をぶつけるか生身で戦うしかない。

 幸い、HPMは人体には無害だ。

 だが、言うまでもないが生身でAPに勝てる人間がいるはずがない。

 自警団の2人はそれが分かるからこそ、吉火から齎された情報を無視出来なかった。




「私は放火犯を追っていた軍の人だ!仲間から連絡があった。ここから一番近い集落が既に襲われ子供を誘拐している。疑うなら直ぐに確認を取れ!」




 吉火の切迫した雰囲気に圧倒され、自衛団は直ぐに一番近い集落に連絡を取った。

 敵かも知れない吉火の言葉に耳を貸すのもどうかと思うが、それだけAPが来ると言うのは容認できない危険ワードなのだ。

 すると、近くの集落から生き絶え絶えの声で男が通信に応答した。

 その男は傷を負っているようで唸るような声で通信に答える。

 ついさっき、突如地球統合軍を名乗る集団が数機のAPを引き連れ集落を包囲して来たらしい。

 そこで彼らは15歳以上20歳前半の男女を引き渡す様に要求してきたが、あまりの横暴と人権無視に集落はそれに反発した。


 だが、軍はこれをテロ行為と断定し引き連れて来た歩兵を伴い集落を制圧しにかかった。

 それに村の自警団が応戦、近隣に警らし応援を求めようとしたがAPに発するHPMにより通信機器が上手く作動せず結局、集落は壊滅し集落の若者は無理やり連れていかれAPが去ったあと、ようやく通信が繋がった様だ。


 吉火の言い分が真実である事が分かった。


 APの襲撃の速さと電波妨害により今まで通信が出来なかった事で警らが完全に遅れている事実をすぐに理解した。




「大変だ……!急げ!避難だ!」




 自警団のメンバーは一斉に動き仲間に通信を入れたちまち集落全体に鳴り響く警報。即自警団の間で情報が伝達され子供を優先に避難を開始した。

 無論、アリシア、フィオナ、リテラとて例外ではないと言うよりこの3人が一番危険だ。集落で兵士に成れる体力を持っており年齢的に適しているのはこの3人だ。

 5、6歳の子供を拉致しても兵士するのに手間と時間がかかる。それを考慮すればこの3人が一番危うい。




「お前、この3人を連れていけ」


「了解」


「それとあんたには一緒に来てもらうぞ」


「分かった。ならば縄を解いてくれ」




 男は吉火の後ろに回りナイフで縄を切った。

 その時であった。何処からか大きな炸裂音がした。集落に向け上空から無数の弾丸が放たれたのだ。

 それと共に悲鳴と断末魔が木霊し上空に雨のように血飛沫が舞う。

 上空を見上げると1機の全面4枚羽の紅い重装甲APが空から降りてきて集落の真ん中に降り立った。

 APに踏みつぶされた家から赤い液体が四散するように噴き出た。




「馬鹿な!撃ってきただと!」




 吉火にとって予想外が2つ起きた。


 1つは敵の到着が想定より速い。


 2つは攻撃を仕掛けた事だ。



 この放火を仕掛けたのは地球統合政府だ。


 だから、尚の事在り得ない。


 放火とは、統合政府による戦力増強計画だ。

 戦後、急速な統合化の弊害により生まれた独立国家を統合政府は“平和と秩序”を名の元に侵略行為を行なっている。

 戦いで消耗したAPのパイロットを補充する為に戸籍のない戦争難民の集落を脅し適性年齢者を徴兵するのだ。


 APで脅す事があっても攻撃をする事はない。

 テロリストすらいないただの集落にAPで攻撃するなどオーバーキルだ。

 コスト意識の観点からしてもやり過ぎだ。

 徹底的に殲滅するにしても彼はただの無駄遣いに過ぎず攻撃された理由が皆無だ。

 放火を目的しているにしてはAPの弾薬費を考えるとコストは度外視し過ぎている。


 まず、通常の人間の考えではない。

 況して、無差別に攻撃すれば適性者を殺す可能性があるのだ。

 徴兵が目的ならこの状況は本末転倒としか言えない。


 吉火の中で現状は得体の知れない不気味さを感じざるを得ない。





(これはまさか例の敵の仕業か?)






 だとしたら、あまりに非合理的なやり方だ。

 そこまでして妨害するなどある意味、狂っている。

 まるで知性のない獰猛な獣が暴れているようだ。


 APはそんな事をお構いなしに羽に仕舞われたマシンガンを集落に向けて乱射、弾丸の直撃や着弾の衝撃で集落の人間が老若男女問わず塵の様に飛んでいく。

 既に自警団が生身でロケットランチャーなどを装備しAPに応戦を始めていた。

 APはそれが煩わしいのか自警団に向けてオーバーキルとも言えるAPの弾丸を発砲する。


 強力な弾丸が集落のトタンや日干しレンガで出来たような軟弱な建物を次々と貫通していく。

 更に敵のAPは背部に格納された垂直ミサイルを集落のどこかに向けて発射した。

 その向かっていく先をアリシアは目で追う。

 嫌な予感がした。

 そして、その予感通りミサイルをある場所に着弾した。

 その場所を認識したアリシアは顔が青ざめたように目をカッと見開く。



「あそこは……まさか!」




 アリシアは血相を掻いて走り出した。

 吉火も直ぐに後を追った。

 自警団が制ししようとするが砲撃が自衛団を近くに命中した。

 幸い死者は出なかったが危険と判断した自警団はフィオナとリテラを連れ走り去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る