大きな決断

 集落の人々の悲鳴があちらこちらから聞こえる。アリシアの中で悪い予感が奔った……さっき攻撃された場所はあの子達がいる場所だった。

 砲撃時同じ場所にいたとは、限らない。

 もしかしたら、無事かも知れない。

 だからこそ、心がそれを確認したがる。

 アリシアは無我夢中で走り出した。





(無事でいて!)





 アリシアはとにかく走った。

 息の切れるのも忘れるくらいに……彼女の頭の中には、あの3人の事で頭が一杯だった。




(エド、エル、エイミー……お願い!無事でいて!!)




 彼女は破壊された家の通りを右に、左に、走り続けた。辺りには燃え上がっている家や硝煙の臭いと血痕が壁面に焼け、そんな死への重圧の空気を占めていた。

 彼女はその重圧をお構いなしに振り切り、突き進む。

 つい数十分前までの平和はそこに無く、ここは虐殺の戦場になった。

 武器を持たない者達が狩られるだけの不自然で醜い光景だった。

 辺りにはその攻撃で負傷した者や意識不明の者もいた。


 アリシアの不安がさらに高鳴らせながら角を曲がっていくこの角を曲がった所があの子達の居る場所だ。

 彼女は何かに縋る気持ちでその角を曲がった。 


 だが……その願いは届くことはなかった。


 そこにあったのは肉片と呼べるかも疑わしい何かと赤く染まった血だまりがあった。




「あぁ……おぇ……」



「たすっ……」



「死に……」




 既にかつての面影は無かったが、微かに漏れた声がその3人が誰なのか、アリシアに理解させた。

 アリシアを見た為に安堵したのか、それとも限界だったのか、燃え盛る3人がアリシアに向けて手を差し伸べた時にその体は崩れた。


 アリシアの目が絶望に歪み、目がはっと開き過去の出来事が想起される。

 傍には自分が彼らに誕生日プレゼントとして渡したサッカーボールが転がっていた。

 近くの木に自分が編んだマフラーが風圧で引きちぎられた様に木にぶら下がっていた。

 将来、サッカー選手になる事が3人の夢だった。


 その為に熱中していた……ただ、一生懸命サッカーをしていた……自分達の幸せを享受していた。

 ただ、それだけのはずなのに……そんなあの子達を見るのが彼女は好きだった。


 冬になって、体が凍えながらもサッカーに熱中するあの子達を支えたくて……応援したくて……彼女はマフラーを編んだ。


 あまりうまくはできなかったがあの子達はそれを本当に喜んでくれた。


 それが今でも忘れられない……でも……もう……彼女の中にその時の記憶がフラッシュバックして流れた。


 アリシアの頬へ温かい水滴が流れた。

 迸る水滴を零しながら彼女はその場で脚を突き泣き崩れた。

 迸る感情が内から湧きあがった。

 ただ、ひたすらに泣いた。

 頭の中に色んな感情が渦巻き、葛藤する様だ。

 悲しみ、虚しさ、切なさ。

 やり場のない怒り、憎しみ、殺意。

 そんな感情がごちゃ混ぜでアリシア自身がよく分からなかった。




「うぁああああああああああああ!」




 とにかく言える事は途方もなく苦しく泣き叫んだ。

 心を締め付ける様で、締め付けた心がそのまま抉られ……その穴にまるで何かに心の全てを支配される様な感覚だ。

 その感覚が目覚めた時、アリシアはその敵を見つめた。


 紅い機体だ。

 APとしては大きく丸みを帯び重装甲と思わせる機体。肉厚な4枚の羽根が全身を覆い各部には大型のスラスターが付いていた。

 その機体は着地すると自警団がその機体に攻撃を仕掛けた。


 だが、肉厚な装甲を前に歩兵が持てる火器等意味がない。

 装甲に阻まれ虚無に終わる。

 自警団の攻撃を敵勢行動と判断する様に紅いAPは前面右羽根を自警団に向けた。



 「っ!やめてぇぇぇぇ!!!」




 だが、その願いは届かない。

 無慈悲に放たれた実弾は自警団を纏めて吹き飛ばした。




「っ!!」




 目がギョッとなり顔からは普段の明るさが消えた。

 まるで全てを拘束され、全てを奪われ、時すら止まった様な絶望の顔に染まる。




「どうして……どうしてこんな……」




 分からなかった。

 ただ、平穏に過ごしていただけの自分の現実が、この数分で全て奪われた様だった。何も知らぬままそこにはただただ略奪しか存在しない。

 アリシアの中で何かが不意に込み上げた。




「力……力が欲しい!」




  今、一番願う想いが言葉から出る。

 



  力があればこの状況を覆せる。


  力があれば脅威に怯える事もない。


  力があれば復讐することも……。





 





「ふぇ?」



 どこからともなく声がした。

 だが、辺りを見渡しても誰もいない。

 女性の声の様に聞こえた。

 だが、なぜかその声の主が近くにいるような気がした。




「あなた、誰?一体どこに?」




 アリシアは目に見えない声の主に呼び掛ける。






 力が欲しいなら今から来る男の手を取りなさい。時が来ればあなたに力を与えます。







「時って何!今すぐじゃダメなの!」




 アリシアは悲痛の叫びの様にその主に懇願した。彼女は焦燥感に駆られ駄々を捏ねる子供のように力を欲した。






 ダメです






 主はきっぱりと断った。

 その声色はまるで“宣告”と言うにふさわしいほど澄んでいて鋭さと凛とした涼しさを感じる。

 声の主はアリシアに真摯に熱心に説得する。





 あなたには権威の王と同じになるまで渡すわけにはいきません





「権威の王って、誰ですか!そんな人の事でどうでもいいから力を下さい!」




 彼女は泣き崩れる様に地面に膝をつき更に懇願するように嘆く。

 声の主は沈黙した。

 沈黙したのかそれとも幻聴だったのかアリシアには分からない。






 ごめんなさい







 声の主はアリシアには決して聴き取れぬ声で去った。

 今の彼女には聞こえないがその声は悲し気に申し訳なさそうに謝罪していた。




 アリシアはその場で泣き崩れ、涙がとめどなく流れる。

 アレが幻聴だったのか、何だったのかも分からない。

 自分が力を欲した為に見た都合の良い夢か幻か。

 でも、そんな事より色んな感情が混ざりすぎてもう訳が分からない。




「権威の王……だと」

 



 彼女を追いかけていた吉火は物陰から一部始終を見ていた。

 彼女を追いかけて曲がり角を曲がろうとした時、泣き喚く彼女の声を聞いた。

 その時、彼女は「権威の王」と口にした。その言葉に吉火も聞き覚えがあった。




「あのAIも権威の王と権能と言っていた。やはり、彼女は何か関係があるのか?」




 だが、その名はこの時代では邪教となった旧世代宗教の王を示す名となっている。

 今ではイスラム過激派と交わりテロリスト”サレムの騎士”を生み出した忌まわしい宗教として知られている。

 吉火は何故、そのAIがその名に拘るのか、分からなかった。

 だが、やはり彼女と無関係とも思えなかった。爆炎轟く戦場で彼はゆっくりと彼女の元に近づく。

 緊迫した戦場で神経が張り詰めているせいなのか、後ろからの足音に気づいた彼女は咄嗟に後ろを振り向く。

 



「アリシアさん」




 吉火はこの状況でも冷静に紳士に勤める。

 彼はこの状況で慣れ過ぎていると思った。

 やはり、「そう言う仕事の人」だと立ち振る舞いで分かる。

 その時、さっきの言葉が頭に過ぎる。




 

 力が欲しいなら今から来る男の手を取りなさい。時が来ればあなたに力を与えます。




 

  何故かは分からない。分からないがその言葉に背いてはならない気がした。


  この極限の状況だからだろうか?


  その言葉に背けば自分が死ぬと感じてしまう。


 あの言葉は脅迫ではない。

 あの声の主に殺されるのではない。

 それに背いた瞬間、奈落に落ちる様な畏怖があった。

 ある主はそれを警告する為に来たと思えるのだ。

 アリシアの手が次第に吉火の手を取ろうとする。




「良いですよ」


「えぇ?」


「わたしと契約したいんですよね。良いですよ。お受けします」

 



  この状況を経験したからだろうか唐突な申し出に吉火は疑う様に「本当に良いんですか?」と尋ねた。

 アリシアは「はい」と答えた。何が彼女をそうさせたのか分からない。

 だが、今は考えている余裕はなさそうだ。

 このままではこちらも危険な事に変わりはない。

 



「まずはここを離れましょう。話はそれからです」


「分かりました」

 



 吉火に手を握られ、それに大人しく付いて行く。

 握られた手は力強く暖かくそのたくましさに僅かながら安心感を覚える。

 目の前には悲惨な光景が広がり、断末魔が聞こえ耳を塞ぎたいが片手では塞ぎきれない。

 聞こえてくる音が気になり彼女は悲惨な現場の見てしまう。

 そこには腕だけが壊れた瓦礫の上に無造作に乗り足や指、炭化した何かまで見受けられる中には人の胴体や頭だけのモノもあった。

 その中に見知った顔がある事を理解すると途端に顔が歪み、今にも崩れそうになる。




「辛いなら目を閉じると良い。わたしが安全なところまで連れて行く」




  吉火はアリシアのメンタル面を考慮して眼をつぶる事を勧める。 しかし、アリシアは首を横に振る。

 



「ダメなんです」


「えぇ?」

 

「辛いけど……耐えないといけないんです。そうしなきゃいけないから……」

 



 アリシアは今にも崩れそうな、か細い心で嗚咽するような必死さで現実を受け止めようとする。

 怖すぎて辛すぎて涙が隠しきれず、右腕の裾で涙を拭う。

 何かに押される様に必死に耐える様は痛々しく思える。

 集落の外れにある彼の車で集落から少し離れた場所に着いた。

 そこは集落を一望できる緑がよく生えた丘だった。

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