奇行の不審者

 約束の場所




 集落から少し離れた昔の公園。

 大戦の戦痕で噴水は割れ、水は干上がっている。

 所々に銃創があり綺麗とは言えず、人もあまり寄り付かない。

 1人になりたい時は時が止まり、風の涼しさと木々の佐々鳴りだけが流れる世界がアリシアを励まし、支え、癒してくれた。

 そういう思い出の場所から新たな旅立ちも悪くない。

 働き始めて初めての給料は仕送りし手紙も1週間に1度は書こうと心に決め感傷に耽っていると風が囁いた気がした。




「失礼します」




 後ろから声がした。アリシアは風でたなびく髪を左手で押さえながら振り返った。

 後ろには身長180cm代のジャケットを着た清々しいイケメン風と言える顔立ちの20代後半位の男が立っていた。

 肌の色から黄色人種で黒髪と黒い瞳で白い歯を浮かせて微笑みかけてくる。彼と初めて会った時の第一印象は「悪くはない」と言う月並な認識だった。




「アリシア アイさんですか?」


「そうです」


「私は滝川 吉火と申します。アクセル社からの依頼でお迎えに参りました」




 滝川 吉火と名乗る男性は初見の印象は紳士的で腰の低く親しみやすいイメージだった。名前からして恐らく、日本人だろう。

 日本人に今まであった事はないが母が介護の勉強の為に日本で生活していた関係上、多少なり日本語を話せる程度には精通している。

 そして、これは何となくだが、父からシステマと言う格闘技を習ったせいなのか、吉火がただの一般人には見えなかった。


 武術に心得があるような背筋が伸びまるで刀身のような抜身の体をしている。どのくらい強いのか分からないが多分、学生時代にそう言ったスポーツの経験があったのだろうとアリシアは思った。


 だが、それから少しした後で彼がなんで鍛えられているのか、その理由を知る事になる。そして、アリシアにとって彼の発する言葉と彼との邂逅が大きなうねりを告げる合図の報せになってしまう。




「初めまして、滝川さん」


「初めまして。申し訳ありませんがこちらも立て込んでいるので手短に済ませます。まず、我々の仕事ですが……」




 吉火と名乗る男はアリシアの耳を疑うようなとんでもない仕事の内容だった。




「……えっと、もう一度言って貰えますか?」




 幻聴でも聴いたかな?何か凄くあり得ない事を聴いた気がした。

 流石に自分が難聴にでもなったか?と疑い左手を左耳に添え聞き逃さないように吉火に迫る。

 吉火のあまりにも現実離れした要求に「勘違い」と思ってしまい、アリシアは吉火に聴き返した。

 それほどあり得ない事を言われたからだ。




「もう一度ですか……」




 吉火は顎に右手を置き考え始めた。

 やはり突然、言われても納得はしないと思っていた。

 これが普通の反応だろう。

 そもそも、吉火自身でも納得いかないところがあるくらいなのだ。

 彼女は自分以上に納得がいかないだろうとは思う。


 だが、それでもそれが吉火の仕事なのだ。

 例え、幻聴と思われようとハッキリと言わないとならない。

 吉火は何とか伝わるようとさっきは「ストレート過ぎた」と思い言い方を変えてみた。




「私はあなたを介護して雇いに来た訳では有りません。APのパイロットとして雇いに来ました」


「……ふぇ?」



 アリシアは首を傾げる仕草を見せ、思わずいつもの癖である「ふぇ?」が出てしまう。

 彼女は予想外な事を言われると「ふぇ?」と言ってしまうのだ。

 他人に対してそれが失礼に当たる事があると知っているので、いつもなら「失礼しました!」と訂正するが今回はそんな余裕すらない。


 なぜなら、本当に何を言っているのか全く理解出来なかったからだ。自分が置かれている状況を頭の中で一から整理する。

 まず、母の恩師の伝手で介護士として雇われる。

 その迎えとしてアクセル社から使いの人が来る。


 その後だ。


 それが何故かAPのパイロットに雇う話に成っている?この状況を説明出来る答えと言えば1つくらしかない。




「あの……何かの行き違いでは無いんですか?」




 そう言うのが妥当な答えだろう。介護士がパイロットになる事を吹っ掛けられる道理などそのくらいしかない。

 だが、吉火は首を横に振った。




「行き違いでは有りませんよ」


「私、兵器の搭乗経験有りませんけど?」


「存じています」


「歩兵として戦った事もないんですけど?」


「存じています」


「銃を握った事もないんですけど?」


「勿論、存じています」




「存じています」の一点張りだ。


(本当に分かってるのかな?)


 言い知れぬ不安感がアリシアの心の中にうずく。疑念を抱く彼女に吉火は答えた。




「ですから、一から教えるつもりです」




 それを聞いた瞬間、アリシアの疑念は不安になる。母の言いつけでも怪しいと思ったら逃げるように言われていた。

 もう怪しいと判断出来た。

 兵士になる意志もない自分に兵士に成る事を強要、恰も自由意志が無いと間接的に言われたら誰でも警戒する。





(この人……怪しい。絶対に怪しい)





 そこからのアリシアの対応は速かった。ポケットに入れていたこの集落の防犯笛を取り出し鳴らした。




「えぇ、ちょっと……」




 吉火はその挙動があまりに不意を突くような咄嗟の行為に困惑のもつかぬ間、公園に近づく複数の足音が聞こえて来た。

 公園の北、東、西から流れ込むように武装した集団が現れた。

 その手には刺す叉、ショットガン、更に対人用とは言えない大口径リボルバーを携えた集団が公園に集結し始める。


(この動きと展開……の入れ知恵か!)


 そのの専門の1つは武装地域での地元民による兵士育成だった事を今更思い出した自分を呪う。




「皆!怪しい人!この人です!!」




 アリシアは犯罪防止策の乗っ取る様に冷静かつ大きな声な声で仲間に危機を報せる。

 よく練習されていると吉火が感心するほどだ。




(今更過ぎるぞ!!私!)




 吉火は自分を呪った。

 余計な諍いさかいを起す冪ではないと判断し一目散に南に向かって走り出した。

 集団は逃げた吉火の後を追うが、吉火はよほど鍛えられているのか自警団の隊員よりも速く風のように駆け抜けていく。




「大丈夫か?」






 武装した自警団の男がアリシアに駆け寄る。




「えぇ。特には」


「怪しい男は何をした?」


「私を兵士にする為にやってきた。と言っていました」




 この集落の繋がりは強く近所の事情や様子等をかなり把握しており、アリシアはアクセル社に就職する事も当然知れている。




「確かに怪しいな。最近噂の放火の尖兵かもしれない」


「放火?」


「何でも最近、この辺の集落を武装した勢力が襲い、若者を兵士にしようと動き回っている様だ」




 それを聞いて急に不安になった。

 自分は一歩間違えれば兵士に仕立て挙げられていたと思うと背筋がゾッとする。

 良い人そうには見えたが、詐欺師とは善人のふりをして接してくると聞いた事がある。

 もしかしたら、あの男のその類だったのかも知れない。




「大丈夫なんですか?」




 アリシアは再びあの放火犯(?)が襲ってくるのではないかと不安になる。

 ピンポイントに自分を狙ってきた事が余計不安を掻き立てる。

 まるで自分を獲物のように狙われるのは正直、心地よくはない。




「大丈夫さ。APが使われた例はない。この集落には装甲車くらいある。何とか成るさ。それよりもアリシアはまず、家に戻るんだ。怪しい奴は俺達が探す。そいつの特徴を教えてくれ」


「20代後半で、名前は滝川 吉火と名乗っていました。多分、日系人です。身長は180cmくらいです」


「分かった。一応、途中まで仲間が家まで送る。十分用心してくれ」


「はい」




 アリシアは一旦自宅へ帰路についた。

 思いがけず出鼻挫きに少しナイーブになった。色々、決意を固めた矢先の不審者騒ぎで興ざめもいいところだ。

 そもそも、最初から上手い話だったので裏があって当然だったのかも知れないなどと思いながら家の近くまで直線で100mの所でアリシアは呼ぶ声がした。




「どうしたの?」


「また何かやったの?」




 周囲の雰囲気からこの親友2人、赤み橙がかったショートヘアにサバサバした雰囲気のあるフィオナ オコーネルとライトグリーンのセミロングでおっとりした雰囲気のリテラ エスポシストは「またやったのか」と言いたげな雰囲気を出していた。

 正直、心外だ。


 何か騒動を起こす度に自分を犯人扱いしているような気がする。

 肥溜めの肥料を使って爆弾を作ろうとしたり、発電機を改造してオーバーロードさせたり、集落の全貌を見ようと気球を使って撮影しようとしただけだ。

 尤も気球に入れるヘリウムが手に入らず水素を代用した為にエドが昼間に打ち上げたロケット花火と激突し空で爆発したりなどした。




「違うよ。何もしてないって」


「何もしてないけど、ガス爆発させたとか?」


「だから、違うってフィオナ!」


「じゃあ。発電機また壊したの?」


「だから、違うってリテラ!」




 この2人からすれば親友である「アリシアに異変がある」=「アリシアやらかした」と言っても同義なのだ。

 実際、人から見ればかなりやらかした隠れ問題児なのは事実だ。

 尤も成果を出した事も度々あるが2人からすると何かをやらかしたと考える方がこの状況に納得いくのだ。


 幼馴染として彼女の暴走とも言える行為を数々見てきた。

 最近は減ってはいるがアリシアは変人でありある意味天才と言っても良いかも知れない。

 自警団のメンバーもアリシアがそう思われるのは承知している。

 しかし、今回は違う。警らも兼ねて自警団の1人が2人に説明した。




「黒髪の不審者……か、まさか……」


「もしかしてあの人かな?」




 2人は何か心当たりがある様で自警団の男達は「なにか、知っているのか?」と尋ねた。

 2人は首を縦に振り広場でそれらしい人を見たと言った。「そこで何かしていたか?」と男が尋ねる。




「ドラム缶入ってたよね?」


「うん、入ってた。怪しかったから近寄らなかったけどそれっぽい人がそんな事していた」




 2人のその言葉に辺りが静かに成った。

 彼らの指す広場とは町だったこの地域で何もない空き地の事を指す。

 確かにドラム缶が置いてある。

 だが、あそこの通りはこの時間ただでさえ人が多いのだ。そんな中、白昼堂々とドラム缶に入る逃亡犯がいるのか?




((そんな奴いるか!!))




 そう言うのが全体周知だった。

 人目につく通りで白昼堂々ドラム缶に入るアホがいるとは、到底思えなかった。

 もっとマシな逃走方法があるだろうと考えるのが常人だ。

 そんなのはただの変質者でありこの辺ではよく見かける。

 そんな頭の可笑しい奴に一々、関わっているほど自警団は暇ではないのでもっと有効なところを探す。

 だから、誰もが「当り前の事だと」無視しようとした。だが、約1名常人ではないは除く。




「じゃ、そこですね」




 周囲の人間はその言葉でアリシアをマジマジと見つめた。

「何を言っているんだ?」と言いたげなのはアリシアも理解出来た。

 自分は当然のように分かるが彼らには分からないと言う事はいつもの事だった。

 そのせいで人から言葉足らずなど論理が飛躍しているなどよく言われる。

 アリシアはいつものように彼らにも分かるように説明した。




「今、全員。そんな犯人いる訳がない。そんな奇行者には近づきたくないとまんまと思いましたよね?多分、裏を掻かれてますよ?それにこの近くで黒髪の日系人なんいません。それにこんな難民が密集する地帯で誰にも見つからず逃げるなんて無理です。なら、敢えて目立って心理的な裏を掻いたのかもしれません」




 その言葉に全員がハッとする。

 確かにその通りだ。

 もっとマシな方法があるだろうと言う先入観に嵌っていた節があった。

 そんなところを探す面倒をするくらいなら他の有力地を探すと考える。


 何せ、ここには黄色人種なんていない。


「奇行者」と言うだけで心理的に関わりを避けたがる衝動に駆られ潜在的に「黒髪」と言うキーワードを取り逃がすところだったと気づいた。

 この辺りで奇行者と言えば頭の可笑しい喚き散らす人間で誰も関わりたくはないのだ。

「その心理を利用されたのではないか?」と思い当たった。

 だが、ドラム缶に隠れるメリットが果たしてあるのか?と言う疑問も確かにある。アリシアは更に補足を加える。




「私が犯人なら奇行のアピールと同時にドラム缶の場所を事前に知っておいて自分ごと回収させますね」




「相当のこの辺の世情を調べ尽くしていたらね」とアリシアは補足した。自警団は何かパズルのピースが嵌はまった様に手の平を拳で叩く。


 その可能性はなくはないからだ。


 犯人が放火犯なら誘拐した人間を輸送する経路を用意している可能性がある。それを使えば自分自身も逃走可能だ。




「行ってみるか?」


「そうだな。ドラム缶に入っていようと外国人ならチェックすべきだ」




 その後、フィオナ達の案内で男が入ったドラム缶に案内された。そのドラム缶は謎のトラックに回収されそうに成っていた。

 自警団はトラックの運転手、乗員を止めドラム缶を調べさせる様に要求した。

 うち1人が銃で反撃しようとしたので威嚇で自警団の1人が発砲、強引にドラム缶を開けるとそこには滝川 吉火がいた。

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