帰郷.3


「腕が立つなら、うちで働けばいいよ。護衛を雇わなくて済むなら金が浮くしね。給料はちゃんと払うからさ」

メリラの言葉に甘えて、ティファンとスフィヤはそのままラズの仕立て屋の仕事を手伝うことになった。遠い街まで隊商を組んで仕入れや売り込みに行く時に、今までは護衛役をその都度雇っていたが、ティファンたちの旅の話をラズ伝に聞いたメリラからの提案であった。


 そこまで甘えることはできない、とティファンだけは断る素振りを最初に見せたが、それならばあんたはラズとスフィヤの稼ぎで飯を食うつもりかとメリラに茶化して脅されて、折れる形での就職に近かったけれど、内心では自分の居場所が次々と出来ることに戸惑いと喜びを覚えながらその提案を受け入れた。


 護衛を外注していては、出張が長引くほどに人件費がかかるし、工房で雇ってしまえばその出費はなくなるから今まで以上に腰を据えた商売を手広く展開することができるし、何より数人の護衛を雇う以上の働きを1人でも見せてくれるティファンとスフィヤの2人が従業員として在籍してくれるのは頼もしくありがたいもので、メリラはこれにも喜んだ。


 やることは全く違えど、同じ店で働くことができることになったのでラズもこれには非常に喜んだ。仕入れも行商もない時は、メリラにこき使われている様子を目撃することもあったが、誰もが日常を手に入れはじめて、それが動力となり、少しずつ人々の人生が紡がれていく。穏やかな時間が彼らを包むなかで、一つの手紙が飛び込んでくる。


「ラズ、あんたに手紙よ。あんたの織った布が欲しいんだって。あんた、たまには直接お客さんと会って売り込んで来たら?スフィヤとティファンも両方連れて行っていいわよ。女一人旅なんて危ないんだから」

「私が営業に行くの?今まで一度もそんなことしたことないのに?」

誰だって最初は初めてよ、と言いながらメリラがラズの作った商品をパッキングして渡してくる。

「そもそもどこからきた手紙なの?職人が売りに行くなんて聞いたことないわ。私は商人じゃないのよ」

「あんたのよく知ってる場所よ」

商品の包みをラズに向けたままでメリラが続けた。

「あたしとあんたが出会った村。あんたの実家から来た手紙よ」


 メリラから商品の包みと一緒に渡された実家からの手紙を急いで開きながらラズは機織機の前に戻った。広げた手紙の文字は誰の字だろうか。父か、弟か。字が読めないままで少女時代をずっと過ごしてきた自分にはわからない。家族の字を見ても、絵にも記号にも見えたし、何が違うのかもわからなかったから。出だしに「ラズへ」という一文がある。弟であれば名前で呼び捨てたりしない。この手紙は父からだ。スフィヤがティファンと旅立ってしまった時に、寂しさにかまけて届くかどうかもわからないけれど実家へと出した手紙。その返事が6年経って、息子とティファンが帰って来てすぐに届いた。なんという運命の悪戯だろう。


——ラズへ

 元気で過ごしているだろうか。

お前から手紙をもらった時はとても驚いた。

お前はこの家に何も未練などなく、旅立つことができたのだろうと思っていたから。

言い訳に聞こえるだろうが、身重のお前が一人で旅に出すのは身を切られる思いだった。

けれどそうしなければ、お前の弟や妹が生きていくことが辛くなるのではないかと思うと、私にはあれしか答えを出せなかった。

お前が家を出た夜に、納屋にいたお前を尋ねたのは私だったのだよ。お前は気づかずに祖母だと思って旅立ったね。正直、少しだけ寂しかった。

お前から手紙が来て、お前の息子が、息子の父と旅に出たと知り、そして立派な母となったお前の現在を知り、私はお前に会いたくなった。

偶然を装ってでも、会いに行こうと何度も思った。

けれどそれはうまくはいかなかった。

お前は自分の居場所を書いてはくれなかったね。

お前の作った布は、都会からの行商人からの手で村にも時々流れてきた。

私はそれをたどって、メリラ嬢の隊商を見つけたよ。

もしやお前がいやしないかと、ゼリンたちと必死で探したが、残念ながら見つけられなかった。

仕方ないので、この手紙を書いて、隊商の責任者であるメリラ嬢に渡すことにした。

けれどそこでメリラ嬢から一つ条件をつけられた。

「ラズの子供と、子の父が帰るまで、この手紙は渡せない」と。

非情な仕打ちだと思った。

けれどすぐに思い直した。

お前を村と家に縛りつけようとしていた私たちに、お前の今の平穏を壊す権利などないのだと。

だから私はメリラ嬢を信じて、お前の息子と、息子の父が戻る日とやらを待つことにする。

ラズ、どうかもう一度でも顔を見せにきて欲しい。

私の孫にあたる少年、会う頃には大人になっているかもしれないが、その子にも会いたい。

私の大事な一番目の娘に子を宿して、そのまま立ち去った無責任な男を叱りつけたい。

無論、何か事情があったこと、それを踏まえてお前が現在は彼を許し、受け入れているだろうことは息子と旅に送り出したくだりで理解はできるが。


家族にもう一度戻りたいのだ。

私のわがままな願いだ。返事はお前が決めていいのだ。

お前にはその権利がある。それだけは忘れないでほしい。

お前の祖母も、母さんも、兄弟たちもみな元気だ。

お前の大胆な家出の後、お婆さんは村の寄合で全てを話した。

私は自分の愚かさを痛感したよ。

お前の妹たちの世代から、男女関係なく、子供はみな学舎に通うようになった。

お前のように、外の世界を目指す若者も多くいる。

そのせいで少し村は寂しくなったかもしれない。

だから少し弱気な手紙になっているかもしれないが、決して情に絆されて結論を出さないように。

けれど私は、私たちは、いつでもずっとお前と、お前の選んだ家族を待っている。

体に気をつけて。

それだけは忘れないでほしい。


          ——お前の父より

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