帰郷.4

 都を出てから数日が過ぎた。ラズの目に故郷の村が見えて来る。18年前、メリラに連れられて村を出るまで、一度も外から見たことのなかった自分の産まれた場所の景色。それは感傷と高揚を味わせてくれた。

 そういえば自分が村を出た時も、ちょうど18歳だったことを思い出す。その時、膨らみ始めた腹の中にいた子供が、18歳の青年になって今ともに馬車に乗り、故郷へと戻っている。こんな日が来ることを、一体想像できただろうか。


「あれが母さんの村?」

馬に乗って馬車と並んで歩みを進めるスフィヤが尋ねてきた。

「そう。18年ぶりよ」

「じゃあ僕も母さんのお腹にいた時に住んでたんだね」

思いがけない返事が返ってきて、思わず笑ってしまう。

「君たちは気楽そうだな……」

反対側にはスフィヤ同様馬に乗ったティファンが気難しそうな顔でついてきている。

「気楽なわけないでしょ。私、家出してるのよ。それが18年ぶりに帰るんだから。それよりどうしてあなたの方が私より気が重そうなのよ」

「君のお父さんに顔を合わせづらくってね……」

「ああ……まあ、そんな乱暴な人じゃないし、大丈夫よ」

「子供のために動く親は一番強い生き物だよ。旅をしていた時もなるべく避けた存在だ」

「まあ、スフィヤも18になったんだし、初めて会う孫に夢中で、あなたのことなんか気にしないんじゃないかしら」

「それも……複雑だね」

会話を繰り広げるうちに、村の入り口へと辿り着いていた。


「それじゃあ、行商組は市場の方に行って、宿場に泊まりますよ。メリラさんから三人はラズさんの家に泊まるって聞いてるから、部屋は取らなくていいですよね」

てっきり自分たちも仕事をした後で会いに行くのだと思っていて、そんなことは全く聞かされていなかったラズはティファンの顔を見る。


「……僕は野宿でも大丈夫だよ」

「三人も余分に寝泊りできる豪邸じゃないわ。弟だって結婚してるだろうし。納屋でも貸してくれればいいけど。でも庭は広いから、庭で野宿もいいかもね。父さんが許してくれればだけど。私もあなたたちが旅の途中でどんな風にしてたか知りたいし」


「闇討ちとかされないかな……されても仕方ないことを僕はしてしまった気がするんだ」

「さっきから父さんは何を言ってるの?」

「ほら、スフィヤに余計な心配をかけないの。大丈夫よ、スフィヤ。あなたは胸を張って産まれて来てくれたんだから」

「よくわかんないや」


 ラズの前ではとぼけた顔をして話を終わらせたスフィヤが、ティファンの方をニヤニヤしながら見て来るので、ティファンは余計に気が重くなった。自分は息子に誇れるような生き方など全然できていない。だから、これから始める為にここに来たのだ。ラズの両親に挨拶して、彼女を慈しみ、大切にすることを誓い、子を守る。鬼神の血に振り回されて、根無し草のようにしか生きられなかった自分に、帰る場所を初めてくれたラズへの感謝を、誠実に表現するために。

 どんなに魔術なんてものが多少使えたとしても、人と人とのあれこれはやはり得意ではないな。そんなことをティファンは考える。だからこそ、自分が持てるものは誠意だけだ。ティファンは覚悟を決めてラズの後を追った。

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