拷問.1

 スフィヤは再び牢に閉じ込められていた。衛兵に数人がかりで取り押さえられている。

「俺には父さんほどの力はないっていうのに……」

締め上げるように押さえつけられっぱなしで、さすがに体が痛くなるが、先ほどのティファンの逃走劇を見た宮殿は、警戒を一切緩めることはなかった。カツンカツンと石に響く靴音がして、誰かが近づいてきたことにスフィヤは気づく。

「お前は間違いなく昨日の市にいた若者だな」

「……誰だあんた」

「お前に殴られた衛兵だよ。本当ならここで殴り返したいところだが、王の命令は違うことを命じたから我慢しているがな。おい、やれ」

衛兵がそう言うと、スフィヤを取り押さえていた連中が、無理やりスフィヤの右手を伸ばして、その掌を広げさせた。


「痛いなぁ……お望みのことがあるなら言葉で言えよ。野蛮な連中め」

広げたスフィヤの手の中に冷たい物体が握らされる。

「手を握れ」

「なんだよ……今何を握らせたんだ。それもわからずに手を握ることなんてできない」

「望みがあれば言葉で言えと言うからしてやったら、その態度か。おい、お前らが確認しろ」

衛兵たちがスフィヤの手を押さえ込んで握らせる。冷たいその感触の物体は、スフィヤのために作られたのではないかというくらい、ぴったりと彼の掌や指のデコボコにぴったりと形が合わさった。


「大臣、ご予想通りです。ぴたりとはまりました」

「やはり、それはその小僧が造った可能性が高いということか……指の隙間、掌の隆起にまで違いなく合わさっている……しかしこんなことがありえるのか……」

スフィヤは握らされた手の中に何があるのか気がついた。自分が精製した純金である。そして昨日の市で衛兵たちに取り上げられて、そのまま取り返せなかったものだ。

「人間の掌の中でかたどられたような不自然な形であると疑っていたが……小僧、それはお前が造ったものだな。貴様は錬金術の知識でもあるのか。あの父親を見た後では否定もできまい」


「何を言ってるかよくわからないな。錬金術ってなんだ、それは」

「思いのままに金を産み出す術だ。金以外の物質から、金を作ることはできぬ。しかし、お前の手の形に固まった、その純金……人間の手で溶けた金属を鷲掴みして型にすることなどできない。貴様は何か、特殊な方法で金を作ることができる。違うか」

「違うな。金を作ることなんて僕にはできやしないさ。それは湿地で見つけた砂金を取り出しただけのものだ。何かを産み出すことができるのは自然だけだ。そんなことも知らないのに、一国の大臣など務まるとはな」


「ええい、黙れ。この小僧の腕を捻りあげろ」

「痛ぇ……乱暴な奴らだ。とにかく俺にできるのは抽出だけだ。お前らの思ってる術なんかじゃない」

「だとしてもだ……よいか、貴様の身は囚人。これから一生王国のために金を生み出し続けるのだ。この牢でな。必要な物があれば用意してやる。それが貴様の罪の償いになるのだからな。どうだ、我々は慈悲深いことだろう」

「だから言ってるだろう……これは俺が生み出したものじゃない。取り出しただけだ。俺なんかに任せるより、一流の職人に任せて、鉱石から自然の恵みを拝借しろ。それが人間の限界だ」

「往生際の悪い小僧だ……その言葉を後悔するまで、こちらも待ってやるさ。あとは任せるぞ、衛兵たち」

「かしこまりました、大臣閣下」


 靴音が遠ざかり、大臣は牢を出て行ったのがわかった。

「何度言われてもできないものはでき」

言葉の途中でバッシャアと音を立ててスフィヤの上に泥水がかけられた。

「知ってるか、小僧。水はこの国じゃ貴重なんだ。なのに拷問に使ってもらえること、感謝しろよ」

「……貴重な水をそんな使い方しかできないのか」

バッシャアと2つ目の桶がスフィヤの頭の上でひっくり返される。

「3つ目はもったいないな。後頭部ばかり洗われて、顔を洗いたいだろう。少しは気遣いしてやるよ」

スフィヤの目の前に並々と泥水の入った桶が置かれた。自分の冷たい目が水に映ってスフィヤの顔を見返している。

「さて、大臣の命令はお前が新たに金を作るまで拷問を続けろとのことだ。覚悟しろよ。昨日の借りを少しずつ変えさせてもらう」

頭を押さえつけられたスフィヤの顔が、泥水の桶に押し込まれた。

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