裁判.2
玉座の男はどこにでもいそうな中年の男であった。正直言って、あまり威厳などは感じられない。
「我が国では立法も司法も全て陛下お一人の手で盛り立てられている。貴様ら罪人には、宮廷官吏であるこの私が、陛下の代理で判決を宣告することとする」
王の横にいた初老の男が巻物を手に持って前に進み出た。なるほど、傀儡政治である可能性もあるということか。それとも本当に玩具の王国のように、この1人の男の手で何もかもが無計画に気の向くままに動かされているのか。
「旅人ティファン、貴様の罪は市を無断で開き秩序を乱したこと、国庫へと収めるべき税を逃れたこと、そして今朝方の宮殿前広場で衛兵たちに働いた数々の狼藉、無断で他の罪人を解放したこと。以上を踏まえて、処刑を言い渡す」
無茶苦茶な判決だとティファンは思った。これでは数世代前の王政時代の政治と変わらない。やはりこの国は関わるべきではない国だったかと内心で溜息をつくが、ぼやいた所で何かが変わるわけではない。大事にしないようにうまく逃げる方法を考えなくてはと頭を切り替える。
「旅人ティファンの息子スフィヤ。貴様の罪は、父と同様である。しかし全ては父であるティファンの差し金であると我が国は判断し、無期懲役を言い渡す」
同様にスフィヤも死刑宣告をされると思っていたので、少し意外な判決であったが、きな臭さをティファンは感じていた。スフィヤを生かして、何か利用することでも思いついたのではないだろうか、と。
「ティファンの処刑は明日の早朝とする。息子スフィヤに最後の別れを告げることを今夜一晩貴様らには赦すものとする。これは偉大な陛下の最大の温情である。よく感謝するように」
一晩もあれば、とっくにこんな国を脱出することはできるだろう、感謝させていただこう。ティファンはそんなことを考えながら、スフィヤの方をチラリと見た。よもや息子はこの判決を本気にして、抑えきれない憤怒などに突き動かされやしないかが心配になったのである。
「忙しい王様だな。こんな旅人のことなんか見逃してしまってもいいんだぜ?それとも僕が売ってた金がそんなに欲しいのか?」
ティファンの予感は的中した。やけに静かであったスフィヤは、その内心でずっと怒りを煮えたぎらせていたのである。
「貴様、陛下に無礼であるぞ」
衛兵がスフィヤの手の縄をキツく引きつけると、スフィヤの体が、それに引きずられる形で床に転がる。
「父さんは死刑で、僕がそうならない理由が知りたいね。あんたら、一体なにを考えてるんだ」
玉座の中年男は冷たい目でスフィヤとティファンを見下ろしていた。そしてそばにいた側近に何かを耳打ちすると、そのまま立ち上がり、背中を向けて去っていく。
「なぜ逃げる。こんな子供に一言言われただけで揺らぐほど、お前の芯は弱いのか」
「余計なことを言うなスフィヤ」
「お前たちは陛下のお心遣いを無駄にしたようだ。別れを惜しむ時間はなしだ。このままティファンは処刑場へと連れていく。罪人スフィヤ、貴様は先ほどの牢に戻るのだ」
王に耳打ちされた側近が大声をあげる。やはり面倒なことになってしまった。だがなってしまったものは仕方がない。
「生憎ですが、不服申し立てをさせていただこう」
ティファンは大声でそう言うと、手を縛っていた縄を、自らの掌から生み出した炎で焼き切って立ち上がった。
「……こいつ、怪しげな術を使いおって。一体なにをした」
側近の驚いた顔に微笑みを返すと
「今からもっと驚かせて差し上げますよ」
窓から差し込んでいた光が一斉にその明るさを増して、衛兵たちも側近にも、眩しすぎて何も見えなくなった。
「このままだと処刑らしいからな。父さんは先に適当に逃げることにする。朝日が登る頃に宿屋の裏口に行く。お前も適当に逃げて落ち合おう。もう少し、知りたいと思うことに触れてみるがいい。だが危ないと思ったら、大事にしないように逃げるんだぞ」
床に転がされたままのスフィヤにそう耳打ちすると、ティファンはそのまま姿を消した。
明るさが元に戻り、衛兵たちがまともに物が見えるようになった頃には、床に転がったままのスフィヤだけで、ティファンの姿はなく、受刑者の逃走に側近たちの焦る声が響いていた。スフィヤは父の言葉を思い出し、自分がここで知りたいと思うことは何かを考えていた。
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