不穏.1

 いつしか眠りについた親子を、街の喧騒が起こした。

「……まだ朝日も昇ったばかりだぞ」

「毎日のように何かしらあると娘は言っていたからな。何か起きているのかもしれない」

宿屋の簡素なつくりの窓は隙間があるのか、すぐそばで人が声をあげているかのようであった。その大半は泣き叫ぶ声であったり、怒声であったり、穏やかとは言えないものばかりである。


「まさか昨日の騒ぎの続きじゃないだろうな」

「どうだろう……下に降りて何か聞いてみようか」

2人は手早く旅装束に着替えて、食堂へと降りて行った。食事だけをしに来ていると思しき客が数名たむろしている。

「まずいな、父さん。人がいる」

「ここで待とう。何か話が聞けるかもしれない」

既に座っている客たちから見えないように注意しながら、2人は息を潜めて気配を消した。


「しかし今日の王様はご機嫌ななめかねぇ。うかつに出歩くこともできないな」

「昨日の手配犯の親子、まだどっかに隠れているのか。これだけ衛兵のいる国で何処に隠れるっていうんだ。砂漠に出る命の危機も、ここにいるよりマシだと思って、もう出国してるんじゃねえだろうな。だとしたらたまったもんじゃない」


「はい、穀物粥だよ。今日も外が騒がしいけど、何かあったのかい」

「昨日の手配犯知ってるだろ?市で法を犯したっていう、大人の男の親子連れだ。そいつらが町人に紛れてるんじゃないかってことで、同じくらいの年頃の男どもは全員衛兵に引きずり出される勢いだよ。俺は若干老けすぎてるって見逃してもらえたがな」


「やだ怖いね。でも捕まったりするわけじゃないんだろ?顔見て、名前確認したら、別人だってわかるじゃないか」

「それがそうもいかないってのよ。だから王様はご機嫌ななめかって言ったんだ。顔が似てると判断された連中は全員引回しされてるよ。宮殿前広場でそのまま磔だ。酷いもんだよ、見てられねえ」


「磔って……そんな馬鹿げたことを」

「この国ならいつだって何かやりかねないだろ。お前さんも分かってるくせに」

「そうだけど……でもその旅人だって知らなかったんだろうさ。悪気もなかったろうに、そんな真似してたら、この国に来る人がいなくなっちまうよ」

「自分の気に入り以外は入れたくもないんだろう。それで市中の商いがどうなろうと、あの王様には興味のないだろうこった」


「……ちょっと上の部屋から広場の様子を少し見てくるよ」

娘が客に断って階段を登る。ティファンとスフィヤの泊まる部屋に向かい、ノックもせずにドアを開けた。


「お客さん方、まずいことに……って、いないわ……」

寝台の上の荷物もなくなっており、窓が開け放たれていた。机の水差しの近くには4枚の銀貨が置いてあった。

「どうするつもりなのよ……」

娘は窓から急いで身を乗り出して2人を探したが、見つけることはできなかった。広場の喧騒が荒波のように響いている。

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