餞別.3
背を向けて歩き出す2人をラズは黙ってみている。しばらく歩いてスフィヤとティファンが振り返り手を振ってくるので、振り返した。
いつか家の裏の丘でティファンを見送った時と同じく、2人の姿が見えなくなるまでラズはそこに立っていた。そして身を翻して、何もなかったように店へと戻る。今日も彼女の1日が始まるのだ。
機織をしながら、少しだけラズは考え事をした。家族になる前にティファンと別れたのと、家族になってから2人と別れたのとでは、やはり胸にくるものは格段に違うものがあった。
そうか。家族がいなくなってしまうと、こんなにも心に影響を与えるのか。12年前に家出をしてきた時の自分は、腹の中のスフィヤのことで一杯で、必死だった。残される家族のことなど考えもしなかった。文字を教えてくれた祖母はまだ元気だろうか。封建的な村で、家の中では絶対的な権力を持っていた父が苦手だった時期もあったけれど、私たち全員は飢えないように必死に働いてくれていたことが今ならわかる。母も私がいない分、きっと家事に追われることになっただろう。兄弟たちは…考えると、少し泣きそうになった。
そうだ。今日の仕事が終わったら手紙を書こう。何処にいるかは知らせないで。宛名は父の名前と、村で1番大きな丘の麓と書けば届くのではないだろうか。うちの店の隊商があの村に向かうことがある時に託してみよう。私は元気で、息子と、その父親も元気だと書き添えて。
「スフィヤ、どこまで行こうか。何を見たい?したいことはあるかい?」
街をまだ出る前、歩きながらティファンとスフィヤは話していた。
「……6年経ったら、帰ろうね」
「6年?」
「うん、僕が母さんと2人でいた時間のちょうど半分。12年待つって言ってたけど、そんなに経ったらきっと母さんなら探しに来ちゃうよ。心配はかけたくない。でも父さんとも2人の時間がどんなふうになるのか知りたかった。6年で行ける所、全部を見たい。僕がんばる」
「……わかった。6年もあれば、海も森も見に行けるさ。知らない街や国もいくつも通ることができる。まずは北へ行こうか。見せたい場所があるんだ。父さんが12歳で旅立った場所だ。半年くらいで行けるはずだ。そこには森がある。その後のことは、そこに行く途中で考えよう。2人で」
「わかった。いいね、そこって父さんが僕のお爺ちゃんにピアスを貰った辺りでしょ?そこについたら、僕の耳に穴を開けて、このピアスを通して欲しいな」
「ラズは怒るかな。ピアスなんて通して」
「母さんはいつも一緒だから、そんなことお見通しだよ。母さんの織る布は、すごく綺麗で、温かくて、母さんみたいなんだもの」
「僕は12年前にラズに貰った布をまだ持ってる。そんなことは知ってるさ」
「……父さん、なんか嫌だ」
「なんでだい?」
笑いながら話す2人が、昨日再会したばかりの親子だと、誰が思うであろうか。
新品の服が馴染むまで、歩いていける場所を少しずつ旅して、馬の乗り方も教えてあげなければいけないな。そんなことを考えながらティファンは幸せを噛みしめていた。
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