律動の章

いつもの朝、再び.1

 市場へ向かう人の気配などなくても、決まった時間になれば体は勝手に目を覚ます。ここは仕立て屋の2階の職人たちの住み込みの部屋。隣の寝台では息子のスフィヤがまだ寝息をたてている。


 メリラに出会って、機織の腕を買われてそのままメリラの父である店主に紹介され、都での就職先も生活の拠点もトントン拍子に決まった。


 あの夜からもう12年の歳月が流れていた。こっちに来てから産まれた子供が、今日で12歳の誕生日を迎えるというのだから。月日が経つのは本当に早いものである。


「今日は誕生日か……早いものね。メリラに頼んで、お昼休みは少し長めに貰って、夕食のご馳走の買い出しに行かなくちゃ」

「……僕、鳥の丸焼きが食べたいな」


「やだ、スフィヤ。あなた起きてたの?」

「……母さんの声がしたから起きた」


「あら、ごめんね。でも起きたなら、部屋の掃除して朝ご飯食べたら遊びに行っていいわよ。今日は学舎もないのだし」

「……うん、遊びに行っていいなら、いま起きる」


「寝台の整理と、朝ご飯はちゃんと食べること!」

「……うん」


寝ぼけているようで、たぶんしっかりと起きている息子の頬を撫でて、ラズは1階の共同台所へと降りていく。そこにいたメリラや他の従業員たちと挨拶をして、仕事の話もして、そんな風に今の彼女の1日は始まるようになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る