静かな水面.5

 父の命令でラズの家では人喰い騒動の前と同じ日常をこなすことになった。それから数日が経ち、死んだ村人の名前が分かり、その葬祭の準備を手伝ったり、村の者が初めて被害にあったとのことで、都から流れてきていた討伐要員の男たちの士気は上がったようであったけれど、肝心の村人たちがもはや人喰い狩に乗り気ではない様がありありと見えて、外部の者たちを混乱させていた。


「小さい村だから、みんな家族みたいなものだったんだろうよ。誰も彼も遺族みたいな顔してやがる」


 市場に買い物に行った時、ラズは討伐に来た男と思われる見知らぬ屈強な男たちが話しているのを聞いた。実際は違う。人喰いなどという自分たちのまやかしがバレたかもしれないことに村の男たちは怯えているのだ。ティファンは何も言わずに去って行った為、村の男たちは神殿の惨状を目にしただけで全てを悟らねばいけなかった。


目撃者も、伝言も何もなかったのだから、誰がそれをやったのかも分からない。当日にやけに軽装の男が酒場で聞き込みをしていたことは、彼を笑い者にすることで多くの人が知っていたし、そしてその男が惨状の翌日から消えてしまったとあれば、推測することは皆できていただろうが、確証が何もない。その男の味方がまだ村に残っていて、自分たちの罪を裁こうとしているのではないかと恐々としているのが、今のラズの村の男たちの姿であった。


だがそんなことを知るよしもない外からの者たちは、神殿の惨状で初めて村人の犠牲が出たことで、小さな村の人々は皆心を痛めているのだろうと推測していた。根拠の薄い推測同士が絡み合って、人喰い狩の目的はあやふやなものとなりつつあった。それでも人が多く駐屯する限り、モノは売れるし、金も動く。村は依然として潤い続けながら、陰湿な雰囲気をどこかに携えて日常を送っていた。全てを知るのは村の中ではラズだけであったが、そんなことを知る者も誰1人としていなかった。

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