知っていた者.1

 しかし時が少しずつ流れて、1週間が経ち、2週間が経ち、1月も過ぎると、村人たちは裁きに追撃されることがないことに安堵し始めたのか、村はまた陰湿さのない日常を取り戻しつつあった。変わったのは積極的に人喰いの噂が流れなくなったことくらいか。


 むしろ神殿の惨状の後からは、時々あった夜警や隊商の男たちからの化物の目撃情報も消えて、人喰いなどいたのかどうかさえ虚ろになるほどであった。


 それでも一度根付いた仕組みは、脆く崩れることもなく、村には今日もまだ男たちがたむろしていたし、その男たちのために出入りする商人は減ることはなかった。だからラズもそれまでと同じように食事の支度をして、機織をして、刺繍をしての繰り返しの日常を受け入れていた。


 時々物思いにふけることが以前より多くなったけれど、それは年頃の娘にはよくあることだと両親の目には何かの変化として捉えられることはなかった。ラズの作る布は、むしろ日に日に価値を増していたので、父としては言うことはなかった。


 ずっと続けていた羽の刺繍はますますその腕を磨いて、都の仕立て屋でさえわざわざ買い付けに来る程であったが、父はラズにそれを伝えず、時々頑張っているご褒美として菓子などの土産を買って帰るようになっただけだったので、ラズは自分の腕が評価されていることなど知らなかったし、無理をして何かを覆い隠すわけでもなく、変わらない日常が、いよいよまた戻ってきたのかもしれないと思い始めていた。

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