代償.2
「そこにいるのは誰だ。怯えないで欲しい。僕は理由もなく人を殺したりはしない」
繁みの一歩手前で呼びかける。
「…じゃあ…どんな理由があったというの?」
震えた声は女のものだった。ティファンは素直に驚いた。こんな遅い時間に出歩ける女ということは、商売女だろうか。村の女ではなさそうだ。
今朝会ったばかりの少女の話を聞いていた限り、此処はとても封建的な価値観で動いている場所で、家のある女が、こんな真夜中に村はずれの神殿まで来るとは、到底思えなかったから。
「人喰いの正体は村人だった。都との人と金の流れを盛んにするために、作られた話だったんだ。その話に真実味を持たせるために、彼らは討伐に来た男達を人喰いの仕業に見せかけて殺していた。君は村の人か?ならば知っているだろう。村人には誰も犠牲者がいないということを。全ては金のために、作り上げられた話だったんだ。僕はそれを裁いただけだ」
「…あなたに裁いてくれなんて、誰が頼んだの?」
「それは言えない。ただ、とある人物だ。都にいる。頼まれたわけでもない。疑わしい村があることを教えられただけだ。僕たちの一族は、鬼神の一族と呼ばれている。善と悪を見極め、自らの責で剣を振るう。その荒ぶった生き方から、大昔に都から追放されて、今ではひっそりと生きているけれどね。」
「じゃあ、あなたは…村の人たちのしたことを悪だと見なしたのね。だから、あんなことを」
「悪いが、そういうことになる。頭のいいお嬢さんだ。この村の女性は学舎にも行けないと今朝会った美しい村の少女に聞いたよ。なのに君はとても頭がいいね。僕を恨めばいい。僕は断罪以外の殺生はしないことに決めている。君の顔もまだ見ていないよ。安心していい。追いかけたりしない。今日のことは明日には村中に知れることだ。僕のことを告げても構わない。ただ、少しだけ休ませて欲しい。君が此処から村に帰り着くのは今から急いでも夜明け直前だろう。それまで僕に休息を取らせて欲しいんだ。振り返らずに、そのまま村へと帰ってくれないか」
「…」
「何も言ってくれないのは肯定とも否定とも受け取れる。別に僕は君の顔を見ても構わない。追うわけじゃないのだからね。申し訳ないが、水を飲ませてもらうよ」
ティファンはそう言って繁みの向こうの泉に向かって膝を下ろした。蹲る少女の方はなるべく見ないようにした。
けれどくるぶしまで捲れ上がった麻のスカート。靴紐には今朝方自分が村の少女に贈った銀の羽が刺さり込んでいるのを見てハッとして顔をあげた。繁みの中にいたのは泣きそうな顔をしたラズだった。
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