狩人.3

 村の外れの神殿は、歩けば2時間はかかる場所にあった。聞いた話では近くに小さなオアシスがあるというから、そこで少し休んでから人喰いにお目にかかろうと旅人は考えていた。


 夜の泉は鏡のようだ。風ひとつないおかげで、自分の顔がよく見える。

 このところ少々長く移動することが多かったからか、若干痩けたようにも見えるが、逞しい体つきの男が水の底からこちらを覗き返してくる。


 真新しい上質な布で首回りの皮膚を照る陽から守っていたが、日が沈めばそれも必要ない。

 羽の刺繍が施されたそれを首から外すと、着痩せした太い体躯の端が垣間見えた。


 外した布は大切なもののように丁寧に畳んで、ただ一つの荷物の皮のザックの中に入れた。


 男の名はティファンと言った。布と交代にザックから取り出した短剣を月の光にかざして見てみる。錆や汚れはない。それをよく見届けてから、ティファンは地面にそれを置いた。


 続いて取り出したのは鉱石を削ったような黒光りする矢尻だ。泉の近くに来るまでに集めた枝の先端を少し裂き、手慣れた仕草で矢尻を麻縄で固定していく。


 彼は今夜の敵を恐れてはいなかった。その正体を既に知っていたからだ。恐ろしいものは化物などではない。それを生み出す人の心だと、彼は自身の一族に伝わる伝承でよく知っていた。


 一通りの準備が終わって空を見上げると、月が真上にきている。そろそろ良い時間であろう。自分にとっても、人喰いにとっても。


 外套のしたから背中に括り付けていた長い弓を取り出し、短剣と矢を腰につけた皮袋の脇にぶら下げるとティファンは立ち上がった。


 そして廃墟の神殿へと向けて一歩歩き出したが、思い出したように泉に戻り、皮袋から大事そうに一枚の布を取り出すと、それを泉の水に浸して、固く絞って首に巻き直した。

 

 それは闘いを前にして荒ぶった彼の魂に心地よい涼しさを与えた。旅暮らしは長かったが、こんな経験は彼にとって初めてのことであった。

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