旅人.3

 そう言ってラズはいっぱいになったバケツを両手に持って立ち上がる。


「お礼をさせてほしい。いや、お礼になんかならないだろうけど…例えばその水を僕が運ぶとか…」

男は急に慌て始めてラズのバケツに手を伸ばそうとした。


「結構よ。毎朝やってることだし、家族の誰かに男の人といる所を見られる方が厄介だもの。怒ってないから。本当に」

「でも、それじゃあ僕の気が済まない…そうだ。プレゼント受け取ってほしい。僕の旅の途中で手に入れた珍しい鳥の羽だ。こいつの羽は純銀でできてるんだよ」


 そう言って男は背負った皮袋にアクセサリーのように突き刺していた銀色の羽をラズに渡してきた。


「素敵だと思うけど…困るわ。どこで手に入れたか家族に聞かれたら」

「拾ったって言えばいい」

「こんな高価に見えるもの、泥棒したと思われるわよ」

「じゃあ…隠して持っておけばいい。お守りになる。せめて、さっきまで僕も非礼だったから」


「あのね、私怒ってないの。だから…代わりに私からもあげる。こんなものしかないけど…」

そう言ってラズは腰に巻いていた真新しい手拭いの布を渡した。

「私が織って、刺繍したの。端っこは売り物にならないから、自分の好きなものに加工できるのよ。昨日作ったばかりで使ったことないの。最近羽のパターンの刺繍に凝っててね、あなたがくれた銀の羽に比べたら価値なんてないけど…でも、私ができる精一杯なのよ。せめて持っていって。旅してるなら、使う場所はいくらでもあるでしょ?」


 男がくれた純銀の羽に比べたら顔から火が出そうな思いだったが、貰いっぱなしにはなれないと思ったラズは必死の思いで、それを差し出した。

「…ありがとう。大切にするよ」

「むしろこんなもので申し訳ないんだけど…」


「いや、とても素敵で気に入った。大事にする。最後に一つだけごめん。人喰いの噂を聞いてきたんだけど、どこに行けば詳しい話が分かりそうかな?」

「まさか一人で行くの?今まで亡くなった人も出てるのよ?危ないわ」


 旅人は皮の鎧にザックを背負い、布のマントといたって軽装で武器など持っていないように見える。彼が人喰いの討伐になど向かったらどんな悲劇が起きるか想像したらラズは背筋がゾワっとして、思わず必死に止めた。

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