特需.3

「ついこの前までは耳を塞いであげなきゃ眠ることもできなかったのに」

自分と同じ寝台で眠る幼い妹が酒場からの大きな音にも動じずスヤスヤと眠りにつく様を見てラズは複雑な気持ちになった。


「あの人たちのおかげで人喰いの怖さも紛れるし、うちの布も飛ぶように売れるし、あんまり悪く言うんじゃない」

ラズの独り言は運悪く父に聞こえていたようで、間髪を入れずお叱りの言葉が飛んできたので、しおらしく返事をする。


「お父さん、ごめんなさい。でもリピをずっと抱きしめてなくていいから、刺繍も捗るし、悪い意味で言ったのではないんです」

「なに、わかっているさ。お前の刺繍した布は売値が他より高くなる。頑張ってくれよ」

「はい、わかりました」


そう言ってラズは妹の横で柱に背を預けながら床に座り、刺繍の続きを再開した。鳥が羽ばたいていく柄は会心の出来だと思った。どうしてもそれを手元において置きたくなったラズは、わざとチクリと指先を針で刺して血を流した。


「きゃっ」

「どうしたんだ?」

「ごめんなさい。お父さん。大事な布に血の染みがついてしまいました…」

「ああ…なんてことを。見応えのある刺繍がなされているというのに。だが仕方ない。怪我をしないように次から気をつけなさい。その場所にシミがあったら売り物にはできないだろう。多用布にでもすればいい」

「ごめんなさい。ありがとうございます。お父さん」


 ラズは小さな嘘に心と指先が少し痛んだが、宝物を守ることができた喜びで胸の中は溢れていた。

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