討滅.2

 夜は刺繍、昼は機織、合間の時間で家族の食事の支度。何ら変わりのないラズの日常ではあったが、作ったそばから何もかもが売れていくので、忙しなさがあった。


 なるほど、これが父の言う「忙しい」ということかとラズはこの年齢にして、やっと身を持って体感したものである。


 隊商として父たちが売りに行っていた頃はあった余裕が少しだけなくなった。けれどそれ以上に金回りがいいものだから、食事の支度は市場で出来合いのものを買っても嫌な顔をされることはなくなったし、この頃じゃ夕食の席で毎日のように晩酌できるようになった父は「うちも一端の商家なのだから、下女の1人くらい買って来ようか」などと言い出したほどである。


「下女を買って来る」という言葉は、そのままに街の奴隷市ででも家事能力のありそうな女を1人買って来るということであろうが、男が奴隷や下人を買うとなると、なぜか皆若い女ばかりを狙って買って来て、その家の中に不穏な空気を持ち込むことになるだろうことは、村長や隊商の長の家の台所事情を噂で聞いてラズは知っていたから、あまりいい思いはしなかった。


 顔には出してないけど母もたぶんそうだろう。弟2人はニヤニヤして父の酒のおこぼれを舐めているのだから、なんだか夕食の時間は以前より気が張るようになった。


「下女なんて買うなら、家事能力の高い年増で経験の豊富な老婆でも買ってくれりゃいいんだけど」

夕食が終わり、盥の水で皿を洗っていると、横で洗った皿を拭く母がそうこぼした。


「お父さん、あれ本気なのかしら?」

「さあね。まあ、でも下女がいても問題ない家くらいに稼いでるのは事実でしょうね」

「そんなことになってたの、うち。知らなかった」

「そりゃそうでしょうよ。あなたは女だもの。知る必要がないわ。私だってお父さんの話を聞いて、何となくそうだろうなと想像するだけよ。最近じゃゼリンと二人でお父さんは話してばかり。自分の産んだ息子より家で肩身が狭くなる日が来るなんて、想像もしてなかったわ」


 母も母で思っていたことはあったようだ。台所は母屋から少し離れているから、女たちの本音が出やすい。


「ゼリンも昔は可愛かったのにね」

「あんたはゼリンと2つしか違わないじゃないの」

「それでも、小さい頃はお姉ちゃんって慕ってくれて嬉しかったんです。今じゃ馬鹿にしたような目で見られることも多いですから」

「商人のお父さんの息子だから、商人になると決まってるからねぇ。態度ももう一端の商人みたいなんだから」


 皿はとっくに洗い終わっていたが、草を揉んだりして時間を作りながら女同士の秘密の会話は就寝前まで続いた。

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