討滅.1
その日の夜、また男たちが出発したのがわかった。見送る声援がラズの家まで聞こえてきたから。
「何がめでたいというのか…」
祖母のぼやきが聞こえた気がするが気にしない。ラズも胸の内は同じではあったけれど、それは多分口にすれば厄介なことになる話題であることがわかったから。
人食い狩の男たちが村に来てからというもの、布は飛ぶように売れたし、ラズの家もその恩恵に預かっているといえよう。父と上の弟は商人。文句など言ったら機嫌が悪くなるのが目に見えている。
敷物の上に胡座で座り、刺繍の続きをラズは進めた。母や祖母から学んだ絵柄を正確になぞっていく。
伝統といえば聞こえはいいが、余りにも変化のないものは若いラズには退屈だったから、時々思いつきで古い図柄を組み合わせて新しいものを刺繍したりしたけれど、どれも母からの評判は良くなかった。
仕事で街へ行く父と息子が「街の仕立てと遜色ない」と持て囃してくれなかったら、今でもラズは決められた刺繍だけをこなしていただろう。
父は女の仕事には何も変える必要はないと口を出す割に、自分たちを飾る服飾には適度な柔軟を認める。ラズ自身が楽しいと思ってやったことでなければ、この家の者だけが着る少し洒落た外套は存在しなかっただろうに、女に産まれたことが少し疎ましいような気持ちにもなる。
しかし下の弟は出来が悪く、たぶん誰が見ても商人になど向いていないのに、父も兄も商人だからと学舎で金の数え方を学ばさせられている。
自分が女だからではない。自分が自分だから自由であることができないのだ。そんな鬱屈した気持ちを飛ばしてやるために、ラズは羽を模った刺繍パターンを愛して多用していた。
今もこの布に幾つもの羽を生やして、そうすればこんな考えごとなどしてしまう気持ちなど、遠くへやってしまえる気がして。しかし結局、その布を身に纏うことができるのは、父か弟、または彼らの手を介してこれを購入した見知らぬ誰かなのだということまで考えてしまうと、またさらに憂鬱になるから、そこまで頭を使うわけにはいかない手仕事がラズは嫌いではなかった。
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