人喰いの噂.1

 ここ数日、男達の動きが怪しい。何かを隠している。男だけで集まって声を落として喋っているが、そこに女が現れたら途端に散るなり話題を変える。


 若い娘が来た時だけだというなら、なんとなく下卑た話をしているのだろうという予測はつくのだけれども、空気のような祖母の前でも珍しく父も弟達も気を使っているのがわかるので、どうもそういう話でもないようだ。やがて男たちの不穏の理由は女たちにもわかった。


「村の郊外の廃墟の神殿に人喰いの化物が出る」文字よりも遥かに速く、音の噂は拡がっていく。都会のお土産で、小さい頃に父に貰った10個だけ組みになったドミノの牌が倒れていくように、噂は半日も立たずに村中が知る所となった。


「怖いわ。何か防ぐ方法はないかしら?」

夕食の席でラズの母が父に尋ねた。

「なに、恐れることはない。神殿の外では見かけられていないんだ。あそこに近づかなければいいだけのことだ」

「ラズ、野草採りに行く時は気をつけるのよ」

「わかってます、お母さん。リピも遊びに行ったりしちゃダメよ?」


 小さな妹はその眼を恐怖とほんの少しの好奇心でもって、この話を聞いていることがわかったラズは、彼女の眼からその好奇心を拭い去るためにわざと怖い顔をして妹を促した。効果はあったようで、妹はコクンと頷いた後は大人しく夕食の続きを食べ始めた。


「50年前もあったね。こんなことが。私も子供だったからよく覚えていないけど」

誰が発した言葉か一瞬分からなかったが、すぐに祖母の声だと気づいた。それ程までに長らく祖母の声を聞いていなかったのも情けないが、普段滅多に口を開かないのに、突然こんな風に話し始められたら戸惑いもする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る