日常.1
父と上の弟は隊商の一員として仕事に出かけ、下の弟は学び舎に金の数え方や字の読み方を習いに行って、男達は出払った。朝食の後片付けは幼い妹にも手伝えさせられるだろうとの母の判断で、ラズと妹で盥の水で皿を洗う。
祖母は前庭で日陰になる場所を探して座り込んで、糸を紡いでいる。母は洗濯をしに広場の近くの洗濯場に行くと言って出かけた。女達が集まると、話に花が咲くのか昼飯まで多分帰ってこないだろう。
皿を洗い終えたラズは、着るものになる麻布の備蓄を増やそうと、機織機に座って仕事を始める。妹がその横でその姿を見ている。10年前のラズも同じだった。母の機織を見て、必要なことは覚えた。そうしなければいけないのだと、村のどこの家族を見ても言葉にならない言付けが聞こえる気がした。
現に村中の娘がラズと同じようにして、生まれながらに与えられた役割を果たしていた。しかし思い返してみれば、直接誰かから言葉にしてそれを言われたことは一度もなかったのだけれど。
太陽が真上に登ったのでもう昼である。学び舎から昼飯だけを食べに弟が帰ってくる。昼を食べたらまた学び舎で勉強しに出かけるのだ。横で機織を見ていたはずの妹はいつの間にかいなくなっていた。
庭を見ると、祖母と話しているのが見えて安心する。
「お婆ちゃん、あたし、昼食作るから。リピのこと見ててくれる?」
今更な気がしたけれど、火を使い始めたら小さな妹のことまで手が回らなくなってしまうので、ラズは祖母に声をかけた。
「あぁ。わかったよ」
祖母の返事を聞いて、ラズは今日初めて彼女の声を聞いたことに気がついた。彼女の存在は空気によく似ている。
いなければ気にかかるけれど、いたところで何かを求められるわけでもない。此処は各々の役割を各々で探して、こなさなければいけないのだ。彼女もそれを理解しているだろうから、不要になるだろう言葉は何も発することなく、黙々と飯を食い、糸を紡ぐという仕事をしていたのだろう。
だから邪険にしてはいけないし、かといって期待をしてもいけない。よもや自分も他人から見れば、そんな風に見えるのだろうか?と考えそうになったが、だとしてもそれは仕方のないことだとすぐに考え直した。ラズは自分が若い娘であることに感謝した。
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