金剛石の章_番外
いーち、にーい、さーん
広くて高い屋敷に響き渡るのは、子供の楽しそうな声。
屋敷を支える柱のうち一本の根元に、
顔を伏せて数を数えるダイヤモンドの髪をさらさらと靡かせるまだ幼いルノが居た。
周りには誰も居ないが、
誰もが聞こえるくらい大きな声で数を数える辺り、
恐らく隠れんぼをしているのだろう。
「よーん、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅーう、じゅーう!
よし…」
10まで数え終えたルノはひとつ深呼吸をした後に
「絶対見つける」と真面目な顔をして言うと、
早速屋敷の中を探し回り始めた。
とりあえず自身のいる大広間から探そうと決めたらしく、ルノは屋敷を支える大きな柱1本1本を見て回るが、人影すら見つけられない。
それでも何回か柱の裏、小部屋の中、時には絶対に居ないと分かっていながらも置物の裏を覗くなど、隈無く探していた。
やがてもうここには居ないらしいと判断したルノは、「いない」と少しふくれっ面になりながら呟いて、次の場所へと歩いて行った。
「ふふ」
その様子を見て、こっそり柱の後ろへ隠れに走る赤い色に、ルノは気付いていなかった。
.
.
.
「いない…ここにもいない」
ルノが大広間の次に来たのは、食堂だった。
大きく縦長なテーブルが絶好の隠れ場所になるだろうと考えたらしく、お茶の準備をしていた執事とメイドの顔も見ず真っ先にテーブルクロスを捲って探し始めていた。
しかし、居そうだと思って覗いた場所には尽く誰もいない。
「…リリヤさえも見つからない…」
よく居眠りをするリリヤもまだ気配すら感じない事に腹を立てたのか、ルノは自身の手を強く握って眉間に皺を寄せていた。
その時。
ゴトッ
食堂の大きな窓の両端にまとめられたカーテンから、思いっ切り身体を打つ音。
この音の強さなら相当痛いだろうと思うほどに大きく鈍い音。
ルノがその音を聞いて、
さっき覗いた時に花瓶か何かを巻き込んでしまったかとカーテンを覗くと…
「痛い…あ」
「あ」
痛みで起きたらしいリリヤが、頭を抑えてうずくまっていた。
リリヤは、「見つかったぁ」と言いながらカーテンに包まる自身を壁にぶつけた突風への恨みが篭っており、恨めしそうに開いている窓を睨んでいた。
ルノは不思議そうに顎に手を当てて考える仕草をしながら、
痛そうに頭を摩るリリヤへ尋ねる。
「さっき見た時は見つからなかったが、
どう隠れてたんだ?」
リリヤはようやく痛みが引いてきたのか、睨み付けていた目をいつも通りのまん丸寝ぼけ眼にすると、ルノの方を見て少し得意げな顔をした。
「ルノはこのカーテンの方じゃなくて窓の方ばかり探すだろうなと思ったから、カーテンの中に包まっていれば見つからないかなって」
リリヤがニコニコと笑顔で言った言葉に、ルノは盲点!とでも言いそうなビックリ顔をして、悔しそうに口をへの字に曲げた。
「確かに…カーテンにしがみつくなんてしないと思って、窓ばかり見ていた…」
「ふふ、そうでしょう?」
そう言ってリリヤはカーテンから緩やかに降りてルノの前に立つ。
そして改めて見たルノが、
少しふくれっ面になっているのを見て笑いながら続けた。
「けれど、壁にぶつかるのは予想してなかったから…今回はルノの運が勝ったみたいだ」
「運か…」
納得の行かないと言った顔をするルノ。
リリヤはひとつ欠伸をすると、また眠たげな顔に戻って言った。
「…まだミルドは見つけられてないのでしょう?
ぼく、ここでまた寝ているから、頑張ってルノ」
ルノはそんなリリヤのマイペースな発言に
「また寝るのか」と呆れた様子だったが、早速今度は窓辺に座るとカーテンを枕のように頭の下へ持って来ている姿を見て、
説得は効かないと判断したようで、ひとつため息をついてくるりと扉の方へ向かった。
扉についてさぁ開けようとした際
後ろから眠たげな声で、
「ミルドなら一筋縄では行かないと思うので、ルノの場合はいつもよりも常識の1つ外側を考える方がいいよ」
とリリヤがヒントなのかよく分からない言葉を投げると、ルノは片手を上げて礼をしながらその場を後にした。
.
.
.
食堂から出て少し歩いた所にあった、書物庫。
沢山の古い文献が積み重なっているそこは
隠れるのにはうってつけだろうと考えたルノは、迷いなく扉を開いた。
その途端、長いこと上に積み重なっていた書物が扉が開いた時に伝わった振動でバサバサと音を立てて雪崩を起こしてしまい、
辺り一面煙たい程に埃が舞う。
「ごほっ、目、目に入った…今度掃除を頼まないとな…」
顔全体に埃を被ったルノは、咳き込みながら
キラキラとホコリすらも輝かせる多色のまつ毛を軽く払い、勢いよく頭を振った。
前髪にたくさん付いていたくっつき虫のような埃が、ふわふわとたんぽぽの綿毛のように緩やかに床へ落ちていく。
「…けれど、さっきの埃…ミルドが隠れているなら同じく被ったはずだ。
それならきっとミルドも咳き込む…
…ここには居ないな」
ルノは噎せただけだったと言いたげに、
頬を膨らまして書庫の扉を埃がまた舞わないようにとそっと優しく閉めて、早くもその場を後にした。
「…っははは…!」
赤く煌めくまつ毛が2つの三日月を描きながら、
その様子を全て見ていたなんて事は知らずに。
.
.
.
書庫からしばらく歩いた所で、
ルノはひとつため息をついた。
歩いていた足を止めて先程したように手を組み、顎に手を当てる。
「…屋敷の外まで範囲を広げるか…?
けれど屋敷の中が範囲だし…流石にミルドもそこは破らないだろうし…こうなれば片っ端から部屋を…」
その時。
どこからともなく従者の声が聞こえる。
「わ!ミルド様!?ここで何をなさって…」
その声は先程通ったが無視した部屋の扉。
その部屋はトイレだったため、ルノは流石にミルドもそこには隠れないだろうと素通りしていたのだった。
慌てた様子のミルドの声が聞こえてくる。
「シー!今隠れん坊をしているんだ!」
「か、隠れん坊でしたか…!申し訳ございません、取り乱してしまいました」
「ううん、たかがゲームだからねぇ、構わないよ」
変わらず飄々と従者を許しつつクスリと笑っている声が耳を擽るように廊下に響く。
恐らくミルドは、ルノのいるところまでは聞こえてないのだと思っているのだろう。
ルノはくるりと踵を返すと、緩やかに余裕を持った足取りで靴をカツカツと鳴らしながら
ミルドの声が聞こえた場所へ向かった。
次第に近づいてくる赤毛とツンと済ました横顔。
どうやら、ミルドはルノが近付いて来る様子に気付かず、従者と談笑している様だった。
そして…
ルノはミルドの視界内に入ったと同時に
ミルドの横顔を突いた。
「わァ!」
ミルドが心底驚いた様子で目を見開きルノを見て、余程びっくりしたらしく裏返ったような不思議な声を出す。
ルノはそんなミルドの様子を見て、余裕たっぷりな笑みでミルドへ言った。
「随分と話し込んでいたようだが、
すべて、
聞こえていた」
「…あちゃー…」
頬を掻きながら残念がるミルドを、ルノは得意げな微笑みで見つめる。
しかし、ミルドは何かを思いついた様な顔をして唐突に背中を丸め始めた。
「うぅ…」
「な、どうしたんだ、どこか痛むのか?」
ルノは、その様子にとても驚きながらミルドを支えるように背中へ手を回す。
もう片方の手はミルドが手を置けるようにとミルドの胸元近くへと差し出した。
ミルドは、差し出された手を握りながらルノへ寄りかかり言った。
「実はね…ぼくには難しい病気が蔓延っているんだ…」
「病気…?それ、は…治らないのか…?」
ミルドは、ルノと目を合わせると苦しそうな顔をして続ける。
「うん…なんでも驚くと意識を失う病気らしくてね…今さっきの出来事がちょうど来たらしい…」
「そんな!…あぁ、悪かった、すまない、すまないミルド…!」
慌てふためくルノを見て、少し笑みを深めてミルドがルノの顔へ手を伸ばした。
「大丈夫、命を失いはしないから…
あぁ…このゲーム…勝ちたかったなぁ…」
そう言って目を閉じていくミルドに、ルノは震えた手でミルドを支えながら言う。
「ごめん、ごめん…
ミルド、ごめん…、お前の勝ちでいいから…!ねぇ、お願いだ…目を閉じないでくれ…」
ルノが言い終えたその瞬間、ミルドは閉じかけて半目になっていた目をぱぁっと輝かせて開き、今までの不調が嘘のように起き上がるとルノへ言った。
「ぼくの勝ちでいい?本当に?」
「え」
呆気に取られるルノをニコニコといい笑顔で見ながらミルドは、ルノが回していた手をサラリと抜けるとクルクルと踊る。
「ごめんねぇ、ルノ!
どうしても今回のゲームは譲れなかったから、ちょっとばかり演技をさせてもらったよ!」
「!あれは演技なのか!」
今気付いたと目を見開いて、眉間に皺を寄せてルノは驚く。
ミルドはそんなルノの様子を見てニッコリ微笑みながら先程やったのと同じようにルノの頬に手を添える。
「そうだよ、演技さ!
どうしても、今回のゲームに賭けた
〝ティーパーティーのお菓子のリクエスト権限〟は欲しかったからねぇ〜、ルノが引っかかってくれるかは分からなかったけれど!」
「ミルドお前…そんなに欲しかったなら普通に手を挙げれば良いだろう…」
ルノが呆れた顔でミルドを見る。
ミルドは、「それじゃあ楽しくない」と企んだ笑顔で人差し指を口元へ持ってきて言う。
「何かを成し遂げた成果として貰うからこそ、欲しいものなんだ」
「…それは一理あるな」
「そうだろう?」
ミルドは一理あると言ったルノの元へ勢い良く距離を詰めると、そのままルノの手を握って歩き始めた。
「さ、リリヤもそろそろ喉が渇いたと起きる頃だ!
ふふん、ぼくが勝ったことを教えなければいけないねぇ、ルノ、早く行こう!」
いつもと変わらない飄々としていて存在感のある華やかな笑顔でそう言うミルドを見て、
ルノは少し微笑むと聞こえないようにこっそりと「嘘で良かった」と呟き返事をする。
「あぁ、行こうか。
3人で、いつものようにお茶の時間にしよう」
_fin_
喜劇のサーカス ネモ🍣 @soosakusushi
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