金剛石の章_Ⅷ

カツカツとリズム良く廊下に響く音。

部屋から出て物音を探るが、

僕がいつも通る食堂への道や、

玄関への道にあるような装飾品、花瓶、花すらも見かけない。

ただ真っ暗に伸び続ける廊下を、

ひたすらに僕は歩いていた。


やがて、ふと壁だった場所がきらりと光ったように見え、

足音をひたすらに響かせ歩いていた足を止める。

良く全体を見ると、キラキラと所々をキラつかせる大層な扉がそこには立っていた。


何か、先程の部屋とは違う物があるかもしれない。

そうなればいい手がかりにもなる。

それにミルドやリリヤがこの中に居れば、共に行動が取れるかもしれない。


そう思い扉の取っ手を探そうと、

ランタンを掲げてみる。

するとその中央の真っ赤な薔薇で描かれ造られている枠の中に、

さっき僕が居たあの部屋に置いてあった装飾品の内、天女の装飾品と同じ姿が

ステンドグラスで美しく煌びやかに飾られてあった。


「これは…ここの部屋は全て、懺悔室かなにかだったのか…?」


そう思う程に美しく慈愛に満ちた雰囲気を纏っている天女は、

手を胸の前へ置いて、全てに愛を与えているような優しい眼差しを浮かべて真っ直ぐにこちらを見つめていた。

その目は愛に満ちた宝石の女王のような色でどこか懐かしく感じられる。


その絵の左下へランタンを翳すと、ようやく見えたのは深紅の薔薇を象っているドアノブだった。


「鍵は…かかっていないな。よし」


ゆっくりドアノブを捻り押すと、ギィと古い時計が無理をして時を刻むような不気味な音を立てながら目の前の部屋が視界へ広がっていく。


「…これは…?」


視界いっぱいに広がった景色に僕は一瞬動けなかった。


「真っ赤な…欠片…?

こんなに沢山…これではまるで…」


見慣れたはずの燃えるように紅く包むように柔らかい輝きを纏った真っ赤な欠片。

キラキラとランタンの灯りを反射させては、

壁や天井に儚く花弁を散らしているように見える。


勝手に震え始めた手足が言うことを聞かない。

力が抜けて握っていられなくなった手はランタンを落とし、ランタンは重力に逆らえずに落ちて、割れた。


なぜなら、どう見てもこの紅い輝きは…。


「…ミルド…?」


いつも傍で飄々と笑っていた、

僕の事をいつも堅くて嫌いだと言いつつも、ずっと傍に…優しくしてくれていた…

ミルドが?

食事を摂り忘れて倒れても、何も無かったかのように元気になる程の…彼が?


違うと信じたい。

きっと、きっとこれは少し削れただけだろう。

それか、殴られたあとの傷が癒えてないから、

それで…それでだろう。


そう思い込ませて、僕は僕自身を安心させようとした。

震えもそれに伴って治まってくる。

きっと、彼は、ミルドは大丈夫だ。

そして僕は目を開いて、顔を上げた。


__だが、その瞬間。

僕が辛うじて心に灯した希望は、

先程落としたランタンと同じように割れて散った。


入室した時にばっと一斉についた部屋の明かり。

それが煌々と照らしていたものを、僕はこの目に映してしまった。

付かなければ気付かなかった。ずっと希望を持っていられたのに。


そう、部屋の奥には、

ミルドがいた。

あの少しくすんだ黒色の上等なセーターが、床に寝そべっている。

赤い欠片の灯りが、床からセーターまで鮮やかに彩っている。

次第に細くなっていく袖口からは、

ちらりとか細い指先が動くこと無く整列している。

そして頭部には、

真赤な夕陽と同化するほどに美しかった、

あのルビーが煌めいていた。

_間違いなく彼は、ミルドだった。


「嘘だろう…お得意の…冗談だろう、なぁ」


僕がそう言っても、うつ伏せで寝ているミルドのフリルの揺れ擦れている長い脚は1歩も動かない。

いつもなら靴が汚れるのを嫌うのに、

ローファーの生地が擦れるのも構わないというように尖足の状態で、まるで人魚のヒレのようになっている。


僕は、ミルドの元へ震え怯える足のまま駆け寄りミルドの顔を見た。

ミルドは、柔らかな微笑みのまま目を閉じており、まつ毛がひたすらキラキラと床に紅葉を散らしているだけで、

ぴくりとも動くことは無かった。


「ミルド…?

ミルド…ミルド、もう僕は気付いているから、

おい、お前の勝ちでいい、だから、ミルド、おい…」


動かないと分かっている。

僕らしくもないとも分かっている。

それでも、ミルドは…。彼奴は…!

僕にとってかけがえのない、親友だった!


「…どうして?


何故、何故!

僕達宝石だけがこのようなめに遭わなければならないんだ!


美しさなら、花の貴婦人だって!

星の音楽家だって、風の旅芸人だって、

皆僕達と同じくらいに美しいじゃないか!


なぜ…どうして僕達なんだ!


僕達が…何をしたって言うんだ…」


やるせない想いに身を任せて、

どこに当たるか狙いもせず自身の毛を縛っていた髪留めを解き投げつける。

壁に当たった髪留めは、僕のだらりと垂らした手の元に忠犬のように戻って来る。


僕は「くそっ」とミルドの顔の近くで拳を叩いた。

目線だけを、髪留めがぶつかって傷の付いた壁を睨むように向ける。


許さない。

…犯人は必ず捕まえてやる。

僕達が…ミルドが味わったこの屈辱よりも、絶望よりももっと重い痛みを味わわせよう。


何も流れないはずの顔に、何かが伝う。

人間であれば、きっとそれは涙なのだろう。

けれど、僕達はヒトじゃない。

伝ったものは液体ではなく、頬を触るとギザギザとしたヒビが入っていた。


「ヒビ…こんなもの、ミルドが受けた痛みなんかよりも些細だ」


自身のヒビへ嘲笑しながら、

壁を見ていた目線を移し、微笑みを保ち続けるミルドを見た。


「ミルド……リリヤ…は!

リリヤ…!

リリヤも、もしかするともう…」


次第に落ち着いて来た脳内に、最悪の状態が浮かぶ。

リリヤも、このようになってしまっていたら。

僕は、大切な存在を、かけがえの無い居場所を…一気に無くしてしまうのか?


「いや、少し考えすぎか。

…ふ、僕らしくないな…」


力なく笑い、ミルドの返事を待つ。

いつもなら、ミルドはここで

『そんな事を言うなんてルノらしくないねぇ!何かあったのかい?』

なんて、頬をつつきながら言ってきていたのに。

もう、あの声も、あの仕草も、

見ることは叶わないんだ。


やがて落ち着いて来たらしく、

いつも通りの思考が戻って来る。

この目でまだリリヤの安否は見ていない。

それならば、生きている確率の方が高いだろう。

そう自身へ言い聞かせ、1つ深呼吸をしてミルドへと語りかける。


「ミルド…待っていてくれ。

せめてリリヤだけでも、必ず…必ず助けるから…」


そう言って返事のないミルドの整った顔へ暫く目を合わせ、立ち上がり部屋から出る。

ランタンは先程の物は既に使い物にならない程に砕けてしまっていたため、新しく部屋の明かりとして置いてあった内の1つを取って、

その薔薇のドアノブを回し、部屋を後にした。

.

.

.

そうして暫く歩いただろうか。

そう思い始めたころ、漸く扉が1つ見えた。

やがて、ランタンをそこへ近付けてみると

大きくしかし少し見窄らしい雰囲気を纏った扉。

先程の扉とは打って変わって、塗装も剥がれかけている箇所が多々見られ、昔はあったのだろう装飾も、形が分からないほどに掠れていた。


「…リリヤ…」


装飾と同じ程に掠れ怖がる声色で愛おしい友の名前を呼びつつ、無事を祈り扉を開けた。

.

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