金剛石の章_Ⅶ
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真っ暗な視界。
筋肉など無いはずなのに身体中が人間の言う筋肉痛のような痛みで覆われているようだ。
僕は動かず重い手足を放り出して、大の字になっているのが分かる。
今日は何度倒れるんだと少しうんざりしつつ、目を閉じたままこうなった経緯を思い出そうとした。
僕達は皆、食堂へ向かっていたはずだった。
雑談をしながら食堂へ向かって、食堂の前まで来ていたし、シルヴィが食堂の扉を開けようとしていたはずだ。
その時何があった?
そうだ、扉を開ける前にリリヤが明かりが切れそうだと言っていた。
そう言われてその対処を皆で少しの間話していたはずだ。
その時に目眩でも起こしたか?
いや、そんなはずは無い。薬はもう飲んでいるから、そんな事はあってはならない。
…いや、違うな。
目眩でも何でもなかった。
誰かにやられたんだ。
次第にぼんやりとしていた自身の記憶がはっきりしていく。
灯りを持っていた奴が近付いてきたと思えば、僕達を強く殴り意識を消した。
そう、僕達を。
…ミルドも、リリヤも。
「…ミルド、リリヤ…?」
ミルドとリリヤも殺られているなら、早くに手を打たなければ。
彼らは僕よりも硬度が低い。
そんな彼らも、僕が気絶する程の打撃を食らっているはずだ。
となれば…。
「急がなければ」
感覚を取り戻していく手や足を動かす。
目はまだ開かず、あと少しかかりそうだ。
それすらも惜しいと感じながら、重い頭、重い上半身を先に勢いよく起こした。
後頭部から頚部にかけて、強く打たれたからだろう少しばかりキィンと痛みは感じるが、
特に気になる程ではなかった。
ゆっくりと関節と呼ばれる部分を動かしていく。
解されたのかそれとも感覚を思い出してきたのか手も足も先まで細やかに動けるようになってくる。
足の指を靴の中から動かしてみると、しっかりとカタカタ動くようになっていた。
そして、そんな事を続けている内にようやく目が開くようになった。
ひとまず辺りを確認しなければとゆっくりと目を開ける。
「…は?」
開いた目を擦り、もう一度部屋を見渡す。
だが目の前には、あの時同じように意識を飛ばされたはずのミルドもリリヤもいなかった。
それぞれ違う部屋に飛ばされたかと考えたが、
そこにあった紅い薔薇よりも真っ赤に染っている欠片と、青い海よりも真っ青に光る欠片。
それを見て同じ部屋に居たのだと知った。
けれど、そこに彼らの姿はない。
ぽつりぽつりと欠片が落ちているだけの、
牢獄のような部屋だった。
その欠片の中には、夕暮れよりも美しく溶けそうな黄色の欠片もチラホラと見える。
「この欠片は!」
そのチラホラと見えた欠片は、見覚えがあった。
いつも2人で一緒にいたあのシトリンの双子が輝かせていた髪の色とそっくりだ。
いや、この輝く欠片は彼らだった。
もしかすると、僕達は例の事件に遭ってしまったのかもしれない。
「なら尚更急いで出なければ…
それにしてもここはどこだ…
何故2人は居ない?まさか…いや」
誰もいない空虚な部屋で何に向かってでもなく話しかける。
とにかく2人の安否が知りたい。これ以上に削れていないか、まず生きているのか。
生きているなら、確実に2人は僕を起こすはずだ。
これは僕の願望でも甘えでもなんでもない。
彼らの性格上と、今までの経験からして必ずそうすると言える。
しかし、状況が状況だ。
もしかしたら、何があるか分からないからこそ、互いに誰も起こさずに一人、また一人、とこの部屋から状態を確認しに出ていったのかもしれない。
そうであれば誰かが戻ってくる可能性を考えてここで待つ事が得策なのだろう。
だが、何もせず待つのは僕の性にあわない。
部屋をもっとじっくり観察しておこう。
そう考え、僕は部屋を改めてゆっくりと一つ一つの家具を品定めでもするかのように眺めた。
全体的に見回した時にも感じたが、この部屋は無駄に広く、天井が低かった。
僕達が横たわっていたであろうこの床は、僕の住む屋敷の天井と同じ素材の大理石。
模様まで同じなのは珍しい。
あの大理石は、僕の屋敷に代々伝わっている物でとても希少な大理石だと以前聞いた事がある。
絨毯は敷かれておらず、冷たい感触が直に手や足へ伝わってくる。
次に壁を見てみると、これも僕の屋敷で見慣れている黒の壁。
僕の髪がより綺麗に輝いて見えるから、と執事とメイドが映える黒にしていたのを思い出す。
「…ん?
これは」
ぶら下がるランタンの真下、
明かりに灯されてらてら反射した事で見えた壁の模様に、僕はここが僕の屋敷だと理解した。
壁には、僕の屋敷の家紋である模様が細かく薄く、光の加減で分かるように印刷されていたのだ。
そんな壁紙はこの屋敷でしか使われていない。
つまりここは僕の屋敷の、何処かだ。
「そんな…僕の屋敷にこんな部屋があったのか…?」
その事へ戦慄しながら、ここでへたり込む時間は無いと自分を奮い立たせ、
部屋の壁を見回す。
その時、この部屋の壁には窓がひとつもないことに気付いた。
古ぼけたランタンをかける場所が均等な距離に置かれているだけで、後は真っ黒な壁がただのっぺりと立っているだけだ。
だが、それ以外に何かある訳でもない。
壁には何も無い事、此処が自身の屋敷である事へ安心感と少しの不安という矛盾を抱えつつ、立ち上がって服を整え、
残された、チラチラと薄暗い所に見える3つの装飾品がある場所へと移動した。
その3つの装飾品は、それぞれ全く雰囲気の異なる装飾品だった。
1つはとても煌びやかだが、表情が下卑たおぞましい鬼の像。
まるで全てを己の物にしようとする程に口角を限界まで上へ上げて、とても嬉しそうに獲物を見ているようだ。
しかし、その眼差しはよく見ると寂しげで泣きそうな孤児のようにも見える。
2つは赤系統の色で見事にまとめられている天女の像。
手は何かを守るように広げられ、足も踊るような可愛らしい足ではなく武人のように真っ赤な武具で武装している。
けれど、鬼としっかり合わさっている目線は何処か軽蔑の他に、鬼から感じられる寂しさや孤児のようなものを愛する慈愛のようなものを感じる優しい眼差しだった。
3つは何処か寂しげな装飾で、先程の2つよりも見窄らしさが目立つ。
けれどよくよく見ると、
服は色とりどりの青系統の色を纏っていたのだろう。青と呼ばれる全ての色がその服に収集されているのが分かった。
そして天女と鬼を見つめるその目には美しいインディゴが塗られており、その眼差しから全てを見抜く聡明さを感じる程に凛として、しっかりと開かれたその顔は勇敢だった。
「…この3つは物語か何かか?
僕達をここへ連れて来た奴は、これの物語に沿って犯行を行なっている可能性もあるが…」
けれども僕はこの像の3人が出てくる物語を知らない。
鬼と天女と…見窄らしいと感じたこの像は物語で言う勇者だろう。
様々な世界が入り交じったような話だが、
それでもこの3人の物語は恐らく読んだことがない。
きっとこの3つの像がこの現状を打破出来る手がかりなのだろう。
しかしこれだけでは何も掴めないと思い他に何か手がかりはないかと周囲をもう一度よく見回した。
その時。
ガチャン!
「外からか!」
扉の外から何かが音を立てて崩れるような、ヒビが入って割れていくような、聞き心地の悪い音が響いた。
扉を開けて音の鳴っていた方を見ると、
そこには人もネズミ一疋の痕跡さえも何も無かった。
だが、沢山の赤と青の欠片が落ちている。
キラキラと暗がりでも分かるほど輝いて、まるでここに居ると存在を示すかのように感じられた。
「これは…ミルド、リリヤの…!
…こんな所で何も無いのを漁る野良のような事をする時間は無いな。
…ここから出るか。ここで待っているより、2人を救いに行く方が早い」
もしも彼らに何かあったら。
このまま2人が消えてしまうのは嫌だ。
そう思い、僕は部屋からランタンを1つ取って
真っ暗が続く廊下へと出た。
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続
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