金剛石の章_VI

ギィ、と重々しい扉の開く音と共に

リリヤの方から

「あ」と聞こえる。

僕はその方向を向いて、リリヤのぼんやりと照明へ向けられた眼差しへ少し眉をひそめて尋ねた。


「どうした?」


「あぁ、この照明が壊れそうに見えたものだから…。

ねぇ、ルノ。

ここの照明って使い始めからずっと、毎日全部整備をしている?」


「勿論だ。うちの執事とメイド達に抜かりは無いはずだが」


リリヤが顔を下げ、僕をぼーっと見つめる。

しばらく僕を見つめた後に、「ふぅん」

とだけ返し、そのままシルヴィを眺める。

シルヴィは少し困った様子で、僕に助けを求めるような笑みを浮かべてくるが、

それを見たリリヤは「そんなに困らなくても良いのに」と言いつつ顔をまた照明へと移した。


「…切れても僕に関係はないけれど、

修理しておいて損は無いから…」


修理という言葉にピクリと肩を上げて反応し、

顔を上げるミルド。

先程まで静かだったのは恐らく、

件の話について考察していたのだろう。

いつも八の字の優しげな眉毛を難しく顰めていたのを緩ませ、いい事を思いついたと言わんばかりににっこりと笑顔になった。


「なら、僕の執事でも呼ぶかい?

彼奴は機械いじりやら、

そういう物の修理が大好きなんだ!

いつも何かしら修理したり、新しい作品です!なんて言いながらとても幸せそうな顔で僕に見せに来たりしているよ。

やらせたらさぞ目を輝かせて喜ぶと思うけれど」


確かに、ミルドの執事はよくうちの装飾品の精密さをシルヴィに賞賛している姿を以前見かけた事がある。

シルヴィは突然の事に、

リリヤに見つめられた時のように困りながら微笑んでいたが。

初めてここへ訪れた時は、これ以上輝かせられないと思える程に目を爛々と輝かせて、

ミルドや僕等の前で思いっきり

「素晴らしいです!」などと叫んでいた。

それに、ミルドの屋敷で壊れた飛行船を

彼が一晩で修理したと言う話も、以前ミルドから聞いた事がある。

それなら…。


「確かに、彼ほどの人工物好きなら

あっという間に元通りになりそうだな…。

シルヴィ、後で彼とこの照明を_」


修理してくれ。そう続けようとしたその時だった。


ブツッ!


「ひっ」


虫の息絶える瞬間のように

照明が勢いよく切れた。

するとその数秒後に、僕達から見える食堂前の廊下全体の照明が次々に音を立てて消えていく。

扉を開けた時から今までずっと明るく光を放っていた食堂までもが、暗がりに仄かな食事の香りを漂わせていた。

ミルドもリリヤも、シルヴィまでもが唐突の出来事に驚き慌てていた。


「壊れていたのは一つだけじゃなかったのか!」


辺り一面、照明がなければこんなにも真っ暗なのかと思う程に灯る光が無くなった。

僕らの輝きさえも飲み込みそうな…いや、実際飲み込まれているほどに暗い暗がりの中、照明のあるだろう場所を見上げ辺りを模索しているところで、

ふと僕を握り締める強い力に気付く。

よく見えないその力の先へ

視覚を集中させてみると、


「…暗い…」


いつも下がっている眉毛がさらに下がり、

目をまん丸に広げて怯えるリリヤの姿があった。

どこからか

「おぉ!見事に真っ暗だ!

2人ともそこに居るかい?おーい」

などとミルドの声が聞こえる。

ミルドはとにかく騒いで元気そうだが、

リリヤは意外にも手を震わせて見えない周囲を懸命に確認しようとしていた。


「ルノ様、食堂の灯りも消えています。

もしかすると、照明の故障ではなく

停電か、他の原因があるかもしれません…。

念の為、私は灯りを持って参ります。」


「あぁ、頼んだ」


シルヴィは既に落ち着きを取り戻し、

颯爽と灯りを取りに走っていった。

…途中でゴトッなど、何かが倒れたり蹴ったような音が聞こえた事は、こんな場面だ。

黙っておこう。


僕はとりあえず、ミルドよりもリリヤを優先しなければならないと思い、

リリヤが居るだろう場所へと問う。


「リリヤ、お前は…」


しかし、問おうとした言葉は容易く小刻みに震えていたリリヤによって遮られた。


「ルノ…?ルノでしょう?今僕が捕まえているこの腕はルノの腕、だよね…」


「…あぁ、僕の腕だ。

…その…とても痛い。

リリヤ、痛い。リ、リリヤ?」


リリヤはいつものように冷静な姿ではなく、

怖い夢を見た稚児のように怯えあがり

掴んでいるのは僕だと理解した途端にその力を強めて来た。

指先がくい込んで来て、たとえ硬度が強かろうとこれは痛い。ヒビが入りそうだ。


「あ、ご、ごめんなさい」


リリヤは慌てて、ぼそっと「僕らしくもない」と呟き深呼吸をして徐々に力を緩める。

確かにいつものリリヤらしくは無いが、

そういう言葉を言うことこそが彼らしくない。

そう思いながら僕は、彼の謝罪へ言葉を繋げる。


「いや、いい。

…リリヤ、お前は暗い所が余程苦手なのか?」


落ち着かせるようにゆっくりと、

それでいて恐怖が増すことのないように

優しい声色で問いかける。

リリヤは、僕の目をようやく見つけたようで

震え怖がる眼差しで僕をじっと見つめて言う。


「えぇ…あぁ、ごめんなさい。まだ捕まらせて…。

どうしてもこの暗い場だけは慣れないんだ…ここが水の中だったら尚ダメだった…

あぁ、早く灯りを」


僕を見て確認して、

やっと冷静さを取り戻しつつあるリリヤの顔は、昔読んだ物語の鬼を目の前にして切羽詰まった生贄のようだった。


あの話の生贄は最後に勇気を出して、鬼を退治する程の気力を持っていたが。


今はそんな事を思い出している暇ではないと、自身に言い聞かせながらリリヤを宥める。

その時、ミルドが「あ!」と剽軽な声をあげた。


「どうしたミルド」


「な、何があったの?」


またリリヤの力が強まる。

ギリギリと不穏な音を感じ、これ以上一点に力を込められては本機でもげるかもしれないと腕を少し動かした所、それが悪かったらしくパキリと少し不吉な音を立てた。

が、それはこの際後でもいい。

僕はミルドがいるだろう方向を見た。


「こっち、こっちだよルノ。

リリヤはちゃんと見ているけれど、ルノ、キミ違うところを見ているよ〜

そっちは壁だ、こーっち」


ミルドは暗い所に慣れてきたようで、

壁に話しかけようとしていた僕の頬をそっと自身の目へ向ける。

そこには暗がりで光る赤い双眼が僕を捉えていた。


「あぁすまない。

お前は慣れるのが早いな…」


「はは!色んな屋敷を訪問しているからねぇ〜、中にはここより暗いところもあるのさ!」


赤い夕陽のような髪をさらりと靡かせながら、恐らく彼は今頃ポーズを決めて自信満々な表情をしているのだろう。

生憎、僕は彼がくるりと回りながら少し離れたぐらいから表情が見えなくなっているが。


そんなミルドの発言を聞いて、1層僕の腕を握る力を強めリリヤが膨れっ面で言う。


「僕、そんな所には行きたくありません」


「リリヤ、それ以上腕を強く握ると僕が物理的に割れてしまう。ちょっと弱めてくれないか」


僕がそう言って身動ぎをすると、

リリヤは「あ…」と申し訳なさそうにゆっくり力を弱め、腕を組む形で抱き着いてきた。


動きにくいが、これなら先程よりは割れないだろう。


「これでいいかな…」


「あぁ、それならまだいい」


「それよりも、ほら、二人ともあちらをよーく見てご覧よ?

灯りがあるんだ!近付いてくる!

良かったねぇ」


芝居がかった言い方でそう言いながら、ミルドは僕らの目線を灯りの方へと指で動かす。

僕とリリヤはされるがままに、その動かされた先へ目を凝らした。


見ていると、次第に

コツ、コツとゆっくりではあるが、規則的な音を奏でて近づいてくる、

確かに灯りに見える物があった。


「灯りだ」


「あぁ、良かった」


「執事かメイドかな?

おーい!ここに居る!」


ミルドが「おーいー」と叫んでいると、

やがてその音は僕らを見つけたようで、ゆっくりだった音も次第に早くなっていく。

そして段々とその姿形がよく分かるようになって来た時。


ガッ。


鈍く何かを削るような音と共に

ゆらりと揺らいだ景色は、

僕達の倒れる音と共に塞がれた。

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