金剛石の章_Ⅲ

「始めよう」


そう言って開かれた封筒の中身。

皆分厚さは違えど、沢山の文字が書かれた

レポートのような物をそれぞれそっと

空になった封筒の上へ置く。


ふと、僕の中身の量を見てリリヤが目を丸くする。


「わ…少ない」


失礼な話だ。

しかし、リリヤの分はざっと見たところ20枚ほどはある。

ミルドの分も、見てみると26枚。


それに比べると、僕の分は13枚ほどと言ったところだ。

確かに見た限りでは少ない。


ミルドはリリヤの発言に吹き出し、

こう続けた。


「リリヤ…それ僕も思っていたよ」


…本当に失礼な話だ。

僕はため息を付き、資料を整える。


「僕は無駄な言葉を省くんだ。

だから少なくなる」


「ふぅん…まぁ必要な事が書いてあれば、僕は良いのだけれど」


リリヤは興味がないといった様子で、

僕の発言に軽く返事をしつつ自分がまとめた資料を見直している。


自分が言い出したんだろう。

そう思ってリリヤをじとっと見てみたが、

すました顔で資料の角を揃えてみたり、曲がっている箇所を直したりと

自由にしている。


彼、リリヤは

いつも自分の事以外には無関心な奴だ。

自分の眠りが妨げられなければ、何をしていても特に気にしない。


そんな自由な性格が周囲には優しいと見られているようで、中々慕われている。


「ふぁ…」


「リリヤ、あくび」


「あぁ…出てしまったよ…ごめんなさいミルド」


「ふふいいよ、大きかったねぇ」


「うん…今のは結構、顎関節に響いた…」


「っはは!リリヤの顎は弱いなぁ、っふふ」


いつもこんな調子だが、

ただの怠け者ではない。

僕の隣にある領地の領主であり、その領全土の家を管理している大家のような存在でもある。


領民の人々で足の悪い民がいる場合は週に一回程度そこへ出向き、具合を尋ね薬を与えたりなど、民が暮らしやすいように日々街を駆け回っている。


その様子はいつか見たが、

彼の口から出る言葉一つ一つが、

領民の反応を、思った通りの反応へ導いていった。


言霊というものを彼は一番よく使えているのだと思う。


そんなリリヤも、ミルドと同様裏では情報収集や始末後の事で動いてくれている。


領民達の知る市場に出回っている情報を纏め、ミルドに提示する事でより特定しやすい状態を作り上げる。


そして今のように集まり、全ての情報を照合していく……

という訳だ。


「そろそろ始めるぞ、各自この後も予定が詰まっているだろう」


「はーい、僕は構わないのだけれどね」


「僕は早く寝たいから…早くやりましょう」


ミルドは肩を揺らしニコニコ笑顔を浮かべながら資料を出す。


リリヤはもう出していたらしく、また欠伸をひとつ、ふたつとしては目をこすっている。


「さぁて、今回の……なんだったかな?」


ド忘れしたらしく、ミルドがキョトンと首を傾げてこちらを見る。

そんなミルドに突っ込もうと口を開きかけた時、リリヤが答えた。


「〝宝石貴族行方不明の件について〟だったと思うのだけれど」


「あ〜ぁ!そう!そうだったねぇ!

ふふ、ルノ怖いからその鋭い鷹のような目付きをやめてはくれないかい?」


「ならおどけるのは止せ」


最後にもう一度ミルドをキツく睨むと、ニコニコ笑顔を崩すこと無く手をヒラヒラさせて了解の意を表している。


そんなミルドを後目に正前を向き、

ようやく本題に入ろうと口を開く。


「全く……。

……さて……宝石貴族行方不明の件について、

今回の不明者は双子の…名のある貿易商だったか。」


アルトとリストという、双子の貿易商。

今回の被害者は彼らだった。


彼らはまるで同じ顔が二つあるかのように似た造形で作られた存在であり、


声も全くそっくりなため、僕でも見分けがつかなくなる。


ミルドは仕草や表情の変化で分かると得意げにしていた事もある。


彼らは貿易商として名高い名家であり、

商人や工場主、また商売をする許可を取るためだろう、土地の主とも交流を持っていたため、僕らとも少なからず交流があった。


「そうだね、彼らは1週間前に居なくなり、

それから彼らの姿を見た者はいない。


彼らと交わした商談の約束は、行方不明のお陰で無くなったと皆嘆いていたよ」


「町の皆も、あのシトリンの金色に光る頭を1週間で見たものは一人もいなかった。

取引を約束していた商人も居たのだけれど、皆見てないと言っていたよ


あと、従者にも声をかけたのだけれど……

まるで抜け殻のようで背中を強打してようやく反応してくれた」


「ふむ…1週間の間誰一人として見ていない…そして従者の反応……

前回と同じだな」


この連続誘拐事件で不思議な点は、3つ。


・さらわれる際に何の音も聞こえない事。

・攫われた後、何も音沙汰がない事。

・従者が脱力し、反応が鈍い事。


最も従者の件に関してが一番不思議な点だ。

普通ならもう少し過敏になる筈なのだが、この事件ではどんなに日頃過敏な従者であろうとも、攫われた後に声をかけられた従者は皆気が抜けており、

リリヤの言った通り「抜け殻」のようになっている。


「まぁた抜け殻くんだねぇ…

この事件、魔法でも使ってるのかな?」


「有り得ない話じゃないな。現に僕らは……痛……っ!」


その言葉の先を言おうと口を開いた時

僕は“いつもの”目眩に遮られた。

劈くような耳鳴りの後に、

景色が全て地震が起こっているかのように揺れる。


「ルノ!…目眩?最近無かったのに……君また仕事を…いや今はよそう。

今は安静にしなければね、えっと、リリヤどのようにすればいいんだったかな……」


「落ち着きなさい、ミルド。

呼吸は出来る?出来ないほど痛いのなら、横になった方が良いのだけれど……」


ミルドは僕が倒れないように支えながら、

慌てつつも心配そうにこちらを真っ赤な眼差しで除く。

リリヤはそんなミルドを落ち着かせつつ、

症状の軽度や状態を尋ねる。


大丈夫だ。それだけを言いたいのに、

上手く呂律が回らない。やがて2人が何を言っているのかの理解も出来なくなって来る。


「……」


「……あー、うん。

シルヴィ、ルノを寝室へ。

その後に薬と常温の水を頼みましたよ。

薬の場所は知っていますね」


「御意、直ぐに」


リリヤは僕の様子を確認すると直ぐに、

テキパキとシルヴィへ指示をしている。


「ルノ、聞こえていないだろうけれど言うよ。

無理はしない。いいね」


「リリヤ、それルノが起きてからもう一度言うんだろう?」


「勿論。何回でも言わせて頂きます」


2人が何かを話しているが、ひっそりと鳴り続いている耳鳴りと上下に揺れる視界に気を取られ、上手く聞き取れない。


最近は出ていなかったからと、油断していた。

大切な会議だと言うのに、ここでなるなんて。

僕はそう思いながら、気持ち悪さと自分への憤慨で口元を歪ませる。


次第に狭まって行く視界に悔しさと苦しさを感じながら、支えていたミルドへ寄りかかり

僕の視界は完全な暗闇に支配された。



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