金剛石の章_Ⅱ

「なんで、もうお前がここにいる!」


今の僕はとんでもなく間抜けな顔付きだろう。

そう分かるほど腑抜けた声が出た。


腑抜けた声が響き、食堂に揃う執事もメイドも皆一部を除いて困惑顔だ。

ミルドの執事もオロオロとしている。

しかしミルドはキラキラとまつ毛を光らせながら、してやったとでも言うように笑みを深めて言う。


「まぁまぁ、朝御飯を食べに来たんでしょう?

君の優秀な執事くんが既に用意しているよ?」


こいつは……

と思いながら、

とても大きく長い、真っ白でシミなどどこにもない清潔感の溢れるシーツが掛けられているテーブルの僕の席……頭とも言える場所を見る。


そこにはまだ出来たばかりなのだろう、

温かな湯気を纏い、目視でも分かる程のふわふわなフレンチトースト。


その上にはラズベリーを多めに使った少しピンクの強いベリーソース、

さらにその上から粉糖をかけてあるらしく、

紅に紅葉した山に白く雪が降ったように綺麗だ。


赤いランチョンマットの上、

白地に金のラインが縁取られた皿に乗せられているため、

より強調され美味しそうに感じる。


両隣に配置されている食器も、

従者達が綺麗に丁寧にしてくれているのだろう。

長く使っているが歪みもなく、錆や装飾の欠けは一切無い。

いつも金属特有の美しい光沢を

食事の度に見せてくれる。


「分かっている。…はぁ、おまえも席に着け。

どうせ食べに来たんだろう」


ミルドが朝からこの屋敷に来る事は

すごく珍しいが

ない事では無かった。


元々ミルドは僕と違い裏も表も貴族だ。

僕は表上財閥となっているが、

その裏は怪しい者を導き出して

情報を吐かせた後に牢へ入れるという

言わば汚物の処分役を担っている。


しかしかと言ってミルドがただの坊ちゃんという訳でもない。

彼自身はとても聡い。そして鋭い。


ミルドは社交界へ頻繁に出ては

最近の社会情勢、貴族たちの中で噂される内容を聞く。


その際に怪しいと思われる人物との交流を行い、その人物に関する情報を漏らすこと無く収集し、噂と関与の疑いを持つ人物、疑う理由などをまとめた書類を作り、僕に寄越す。


そこから僕は真偽を確かめるために

その人物と接触を図り、

裏へと誘き寄せる……という連携を行っている。


言わば僕の忍び……のような存在だ。


そんなミルドがここへ来る時は、

必ず食事を抜いて来る。

それに関してはミルド曰く、

『誰かと食べた方が美味しい』らしい。


そして、


来る場合としてもう1つ


“事が動くぞ”という警告でもある。


「せーいかい!流石頭脳明晰な御当主様だ事〜、執事くんに慕われるわけも分かるねぇ」


うんうん、とよく市民街で屯して話している

貴婦人達のように

何故か飄々と踊りながら自信満々な顔をしてうなづいているミルドを後目に、席に着く。


シルヴィはどこか笑いを堪えた様子で

肩が震えている。

長年の付き合いだが、毎度毎度このやり取りには弱いらしい。

もしかしたら笑いのツボが浅いのかもしれない。


「……はぁ。ミルド、お前も席に着けと言っている」


「はぁーい!

ふふ、溜め息が多いよ?相談なら乗ろうか」


席に着いたミルドは、

長いまつ毛を煌めかせ赤く光る髪を揺らしながら端正な顔を近づける。


何の飾りつけもない格好でも目立つのは、

原色を纏う宝石であることや、

彼の持つ元の魅力もあるのだろう。


それにしても、

ミルドは相変わらず綺麗なルビーだ。

きっと人の血潮とはこのような色をしているのだろうと、そう思うほどに柘榴色をしている。

が、その誘いには乗らない。


「誰のせいだと思っている」


ちらりとミルドを睨みつつ、

ナプキンをかける。

シルヴィがようやく笑いから解放されたらしく、

準備に取り掛かっていた。


「誰だろうな〜?そこに隠れて……寝ているかな?アクアマリンくーん?」


「は?」


まさか彼奴はそんな奴では。


そう思いつつ、

けらけらと笑うミルドの向いた方向を向くと、

朝日の照る海の浅瀬のように水色に光る髪が

ビクリと跳ねた。


目を擦りつつもそもそと這い出てきたその姿は、寝起きなのだろう、ぼんやりとしていて

まるで冬眠から目覚めた小熊だった。


「リリヤ……お前まで…」


「あはは…ごめんね?

…僕は連れてこられたから許してくれないかなぁ……なんて」


少し肩を上げててへへと言うリリヤ。

恐らく、僕らの中で1番誰が可愛いかと聞かれればリリヤだろう。

そう思う程に透き通る青さや、

いつもの彼の気だるさが可憐さや美しさを引き立たせる。


どうしようかと困惑していると、

リリヤが言った言葉にミルドが驚いた顔をする。


やっと座ってた席を、再び立ち上がり

寝ぼけたリリヤを連れて来ようとしているのだろう、リリヤの元へ行きながら反論をする。


「ちょっとー?リリヤ連れてこられたって言うけれど、ひよこみたいにぴよぴよ着いてきていたよね?」


「ミルドがルノのとこ行くって言うから…

ろくな事しないと思って止めに行こうと…」


少し口を尖らせ、ミルドからそっぽを向いて

そう言うリリヤ。


ミルドは何もしないって〜と相変わらずへらへらと、

そっぽを向いたリリヤへ目を合わせに行っている。


ミルドとリリヤのこのやり取りは、

昔から兄弟のようでとても面白い。

しかし血の繋がりなどは勿論無く、

構成上の繋がりもない。

きっと相性なのだろう。


「……とりあえずお前も席に着け。

食べてないだろう。

いや、食べないつもりだろう」


「あ…そこもバレてた……」


苦笑いをするリリヤ。

リリヤは食べる事が苦手なようで、

食事を嫌う。

紅茶は好んで飲むが

お茶請けに用意された菓子はほぼ摘むことは無いほどだ。


リリヤが言うには、

『マナーとかルールを守りながら食べなければならないのは、

どうしても窮屈で見てるだけでお腹いっぱいになってしまうんだ』

と。


しかし僕らも生きていく上で食事は摂らなければならない。

よく、宝石は摂らずに生きるという話を聞くが、

そのような身体の造りであればどれほど良かっただろうと思う。


「リリヤくーん?そんな事をしたら

生きていけないよ?」


そんな事を言うミルドも恐らく、

食事をする事にそこまで執着していないのだろう。

たまに食べずの日が続きすぎて倒れた話を聞く。


「ミルドもどうせ食べてないだろう。

良いからミルドはそろそろ座らないか」


そう窘めるとミルドは

はーいと言って席に着いた。


しかしこんなに騒がしい朝が来るなんて

起きた時には思いもしなかったが、

こんな朝も悪くは無い。


なんて事を思いながら、

まだ湯気を纏う

恐らく先程のやり取りで丁度いい具合に冷めたであろうフレンチトーストを

ようやく口へ運ぶ。


「うーん!美味しい!」


「わ、これなら食べれるかも」


ミルドもリリヤも、まるで自宅のように

くつろぎ、食事を摂っている。

どちらも空腹の胃袋に食べ物を詰めた時のあの幸せそうな表情をしていた。


食器の重なりが3人分、

いつもより多く食事の音を奏でる。

やがて、いつの間に食べ終わったのか

ミルドがナプキンで口元を拭いて紅茶を1口飲むと、手で執事を呼ぶ合図を行う。


「…さてぇ〜と、皆さんお食事中ではあるけれど、そろそろあれ持って来てくれないかな?リリヤも」


ミルドのリリヤを見る目付きが

今までの飄々とした坊ちゃんから

“一人の当主”へと変わった。


リリヤはその目線に応えるように、

最後の欠片を飲み込み、口の端に付いたソースを拭き取って言う。


「うん、僕もちゃんとあるよ。

さっきメイドに取りに行ってもらっているから」


シルヴィも

皆の食べ終えた食器を片付けつつ、

僕の前へあれを置く。


厳重に剥がれないよう貼り付けられた白い封筒。

宛名もなければ、

何についてかも書かれていない、

秘密の封筒。


3人分、それぞれの前へ置かれる。


「さて」


「ふふ」


「……」


「では、始めよう」


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