第100話 学校一の美少女との崩れる日常
バレンタインの熱も過ぎ去り、校内は普段の日常を取り戻していた。慣れ親しんだ時間が淡々と進んでいく。ただ、中には仲睦まじいカップルらしき姿が増えたのは気のせいではないだろう。でもそれ以外は、いつも通りだ。
二月も終わりに近づき、期末試験や卒業式、そして春休みなどの先のイベントが見え隠れし始めた頃、俺はいつものように斎藤の家を訪れた。
呼び鈴を鳴らせば斎藤が姿を現す。扉から出てきた彼女は夕陽を髪に照らして、赤く染めていた。慣れ親しんだ光景。馴染んだやりとり。それらが俺たちの間に行き交う。
部屋に案内されたら、いつもの定位置に着いて本を読み始める。隣では同じように斎藤も読書をする。告白をすると決めたからといって何かが変わるわけではない。それは俺の心構えだけであり、俺と斎藤の関係自体を変えるものではないのだから。
ただ、告白をすれば、それはきっと何かが変わるのだろう。どんな変化が訪れるのか、それはまだ分からないが、悪いものではないのは間違いない。
関係が変われば今あるものも変わってしまう。それは少し寂しいような気がして、今あるものを内心で噛みしめる。俺と斎藤は普段一緒にいてもそこまで多くの言葉を交わすわけではない。むしろ、静かに沈黙を共有するときの方が多い。
それでも、斎藤と共にする時間は俺にとってかけがえのないもので、今俺たちの間にある沈黙もとても素晴らしいもののように思えた。楽しくて幸せで失い難いもの。それが俺と斎藤の間にはある。
しばらく互いに本を読んでいたところで、ふと斎藤が立ち上がる。
「どうした?」
「お茶を出すのを忘れていました」
「ああ、そうだな。悪いな」
「いえ、ついでにケーキでも食べましょう」
「ケーキ?」
「つい先日買い物をしていた時に、美味しそうなケーキがあったので」
そう言いながら、用意を進めていく。慣れた手つきでお湯を沸かし、ティーカップに注ぎ、冷蔵庫からケーキを取り出してさらにのせる。丁寧な手つきで準備する様はそれだけで、どこかのお嬢様のようにも見えた。
「こちらです」
「ありがとう」
そっと出されたのはチーズケーキ。タルト生地にのせられたそれはとても美味しそうだった。本を閉じて手を合わせる。食事の挨拶を済ませ、一口、口に入れた。
「ん! これ、美味しいな」
「それは良かったです」
俺の感想を待っていたのか、聞いてほっと安堵すると、斎藤も丁寧にフォークで一口掬った。
「~~~~っ! 本当です! 美味しいですね」
口に入れた瞬間にとろけるような笑顔を見せて、ケーキを味わう斎藤。幸せそうなその笑顔は見ているこちらまで癒される。お気に召したようで、何口もその後食べ続けた。
「そういえば、田中くんは甘いものはあまり苦手ではないんですね。ケーキとかもよく一緒に食べていますし」
「あー、別に苦手ってほどではないからな。好き好んで沢山食べたい!ってほどでもなけど。可もなく不可もなくって感じだ」
「あ、そうだったんですか。それは、なんかいつも付き合わせてすみません」
少しだけ眉をへにゃりと下げると、申し訳なさそうに上目遣いにこっちを見てくる。その様子に慌ててフォローを入れた。
「あ、いや、別に斎藤と甘いものを食べるのが嫌というわけではないからな? 斎藤と食べたやつ、全部美味しかったし。それに……」
「それに?」
恥ずかしいことを口走りそうになり語尾を弱めると、斎藤が気にした様子で見つめてくる。悪気のない純真な瞳に、自分の頬が熱くなるのを感じながらも正直に白状した。
「……それに、斎藤が甘いものを食べてる姿は可愛いから、見ていて癒されるし。だから嫌ということは絶対にないから」
「!? そ、そうですか……」
一瞬目をぱちくりとさせて固まると、それから頬を朱に染めて小さく顔を伏せてしまった。俯いたことでのぞかせた耳たぶは真っ赤に色づいている。
まったく、だから言いたくなかったんだ。正直に話すのは恥ずかしいし、こんなに照れられるとこっちまで困る。かける言葉が思いつかず、首筋をぽりぽり掻きながら斎藤が落ち着くのを待った。
少し待つと、ゆっくり斎藤は顔を上げる。こっちを見上げた斎藤の顔はまだほんのり桜色だが、コホンとわざとらしい咳ばらいをいれて、仕切り直しを示してきた。
「と、とにかく、田中くんが嫌ではないことが分かりましたので、安心しました」
「わかってくれて安心したよ」
「これで安心して誘えますし、これからも色んな美味しい所行きましょうね?」
「ああ、いいよ」
緩やかに微笑む斎藤に、こちらも笑みがこぼれ出ながら頷く。
平和な日常、楽しい会話、こんな日々はいつまでも続いてほしいものだ。付き合ってからも、きっとこういう関係は変わらないだろう。そんなことをふと思う。
ゆっくりと進んでいくこの時間は本当にいとおしい。得難く大事なものだから。信頼できる友人と。大事に思う斎藤と。異性として好意を寄せる君と。二人で一緒に過ごすこの時間が本当に輝いて見える。斎藤と出会えてよかった。ああ、幸せだな。
――プルルルル。プルルルル。
突然の電子音。初めて聞くその音は、キッチン近くの固定電話から聞こえた。これまで聞いた聞いたことのない着信音はなぜかあまりに不気味に聞こえ、俺たちの日常が壊れる音のように思えた。
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