第99話 一ノ瀬とのバレンタイン後

授業終わりの休み時間、一ノ瀬が楽しそうに微笑みながら寄ってきた。


「バレンタインはどうだった?ちゃんともらえた?」


「ああ、最後の最後でやっともらえたよ」


「そうなんだ? 無事貰えたみたいで良かったよ」


「なんでお前が心配する?」


「そりゃあ、あれだけ期待して楽しみにしていた田中が貰えなかったら、相当落ち込んじゃうだろうしね。絶対貰った時は凄い喜んだでしょ」


「……そんなに喜んでない」


 出来るだけばれないように平静を装って呟くが、一ノ瀬は、分かっているよ、と察したような視線を向けてくる。なんとも言い返す言葉は思いつかず、居心地の悪くその視線を受け止めた。


「バレンタインをもらえたってことは次はホワイトデーでお返ししないとね」


「ホワイトデー?」


「何首傾げてるのさ。バレンタインで貰った人はその日にお返しを渡すんだよ」


「あ、ああ、そんなのあったな」


 完全に忘れていた。言われて思い出した。あまりに縁がない日であったし、そもそもホワイトデーはバレンタインに比べて空気な扱いなので、どうにも印象が弱く、頭の中からすっぽり抜けていた。確かに、貰った以上は返すのが筋だろう。

 忘れていたことに呆れたのか一ノ瀬は小さくため息を吐くと、少しだけ真剣さを瞳に宿らせる。


「それに、告白するいい機会じゃない?いつまでも今のままというわけにもいかないでしょ?」

「告白、か……」


 珍しくまじめな一ノ瀬の言葉が胸の内に響いた。


 互いに好意がある。ここまでの色々な反応、そして今回のバレンタインデー。それらを考えて、斎藤の好意に気付かないわけがない。


 そして、次にはホワイトデーがあり、確かに告白するには一番いい時だと思う。あれだけ不安そうにしながらも、きちんとチョコを渡してくれたのだ。次はこっちが勇気を出す時だろう。自惚れでなければ告白すれば付き合ってもらえるはず。


 今の関係は居心地が良いが、いつまでもこのままではいられない。いつかは変えなければならない。時間は過ぎていくのだから。次へ変えるには一番いい機会のように思えた。


 ただ少しだけ疑問に思っていることがあった。これまでも付き合うことを考えなかったわけではない。斎藤からの好意を感じて、自分も好意を抱いているのだから、付き合うことを考えたことは何度かあった。だが、そのたびにそもそも付き合うとはなんなのか、いまいちよくわからなかった。


 彼氏、彼女となって、互いの時間を共有しあう。そういう関係を付き合うと言うと思っているのだが、それは今とあまり違いがないようにも思う。それに、斎藤も今の関係がもう少し続くことを望んでいることをこの前のデートでほのめかしていたので、まだ今は関係を変えなくていいかと、付き合う考えを片隅に置いてきていた。


「なあ、付き合うってなんなんだ?」


「うん? どういうこと?」


「言葉通りの意味だよ。どうしてみんな付き合うんだ?」


「そんなこと気にするのかい……」

 

 どこか呆れたように笑いつつも、うーんと少しだけ考えるしぐさを見せる。


「好きだから付き合うんじゃだめなのかい?」


「いや、それで別に納得はしているんだが、腑に落ちないというか。それって今の仲良くしている状態と何が違うんだ?」


「そういわれると、難しいね。付き合えば色んなことが出来るっていうのはあるとけど、それが目的で付き合うってのは少なくとも田中たちには合わないし。少なくとも相手の唯一の特別な存在という立場は得られるんじゃない? 隣に立つ資格というのかな」


「資格か……」


 一ノ瀬の言葉を心の中で反芻する。額面通りの意味は理解できた。だが、ピンと来るような実感は湧かない。首を傾げると一ノ瀬は苦笑いを零す。


「普通はそんなことで悩まないんだよ。だから、付き合っている人のほとんどはそんなこと意識もしていないと思うよ」


「そうなのか」


「まさか、付き合う意味が分かるまで告白はしないとか、考えてる?」


「いーや。告白はするよ。斎藤が勇気を出してチョコをくれたんだ。その勇気に応えるために次は俺の番だからな」


 一瞬不安そうにしたので首を横に振ってやると、一ノ瀬は表情を緩めた。流石にこれ以上先に延ばすつもりはない。彼女のあの不安げながらも渡してくれた想いを受ければ、告白したい気持ちも湧く。一抹の不安はありつつも、それを変えるつもりはない。


「それなら、よかった。それにしても、田中にそんなことを考えさせるなんて相当、渡すときの斎藤さん可愛かったんだね」


「うるさいな。まあ、でも次のホワイトデーは頑張ってみるよ」


 にやにやする一ノ瀬を睨みつけつつも力強く言葉を零す。まだ、付き合うというものがどういうものなのか完ぺきに納得出来たわけではないが、告白する気持ちだけは強まった。


「柊さんにも相談しないとな」


「え、それはちょっと……やめた方がいいんじゃないかな?」


 少しだけ焦った声をあげて、苦笑いを浮かべる一ノ瀬。なぜ反対されるのか分からない。


「は? なんでだよ。聞いたほうが絶対いいだろ」


「せっかくの告白は相手に頑張ってほしいでしょ? いろんな人の意見を合わせたものより、その人が一生懸命頑張って考えてくれた方が絶対喜ぶよ」


「……そうだな、分かった」


 確かに一ノ瀬の意見は一理あった。一ノ瀬の女子にモテモテな部分が役に立つとは。こくりと頷いてみせると、可笑しそうに一ノ瀬はまた笑った。

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