第97話 学校一の美少女とバレンタイン後

(どういう顔をすればいいんだ……)


 斎藤の家の前に立つこと1分。これ以上玄関前に立っていては、不審者に間違われる可能性がある。斎藤はもう家の中にいることは分かっているので呼び鈴を鳴らせばいいだけなのだが、なかなか押せずにいた。


 昨日は昨日でもらえるか不安で緊張したが、貰ったは貰ったでどう最初に会話を始めたらいいのか分からなくて困る。チョコをもらったのは初めてだし、上手く話せる自信がない。


 とりあえずお礼を言えばいいのか? あれだけ頑張って渡してくれた斎藤の姿を見て、照れないで平静に話せるだろうか。色々考えは纏まらないが、これ以上玄関前で立っているわけにもいかないので、覚悟を決めて呼び鈴を押した。


 少し経つと中からとたとたと足音が聞こえて、扉が開かれる。中から斎藤が姿を現した。


「どうぞ、入ってください」


 いつも通りの澄ました表情。平然とした声と共に中へと案内される。


「お、おう。お邪魔します」


 あまりにいつも通りの斎藤。こっちはどう顔を合わせるかあれこれ悩んだというのに、普段通りの斎藤に拍子抜けしてしまった。ここまで淡々とされると昨日の出来事が夢のように思えてしまう。俺、チョコもらったよな?


 部屋へと入り、いつものソファに腰をかける。ちらっと斎藤の方を見ると、斎藤はキッチンでお茶を用意してくれている。そこでもやはり特に変わった様子はなく、淡々とお茶を淹れていた。


 お茶の用意を終えた斎藤は、お盆にお茶をのせてこちらに運んでくる。机にコトンッと湯呑を置くと隣に座った。


「? どうしました?そんなにこっちを見て。なにかありましたか?」


「え、あ、いや……」


 あまりに変わらない斎藤の様子につい眺めすぎてしまった。不思議そうに斎藤は首を傾げて見つめてくる。


 もう少しこっちを意識したり気まずそうにすると思っていたのに、特に昨日のことを気にした様子がないので思わずこっちから尋ねてしまった。


「その、なんだ……昨日のチョコのことなんだが……」


「は、はい」


 さっきまでの淡々とした様子はどこへやら。斎藤は声を上擦らせ、分かりやすく頬を染めて小さく俯く。そのあと、何かを待つようにちらっと上目遣いに視線をこっちに送ってきた。

 

 その反応に、どきりと心臓が跳ねる。やはり斎藤も昨日のチョコのことを忘れてはいなかったらしい。澄ました表情が崩れ、恥ずかしそうに見つめてくる斎藤はとても可愛かった。とりあえず、意識していたのが俺だけではなかったことに安堵し嬉しくなる。


「昨日は言い忘れたけど、チョコありがとな」


「い、いえ」


「帰ってる途中で急に現れるからびっくりした」


「そ、それは渡すのが恥ずかしかったからといいますか、緊張していたからといいますか……」


 斎藤はもぞもぞと体を少し動かしながら、顔を伏せて細い声で呟いて理由を説明し始める。だが、耐え切れなくなったように、説明を止めた。


「と、とにかく、あの時のことはこれ以上触れないでください」


 相当恥ずかしかったらしい。顔を赤らめながら少しだけ語気を強めてそう言い切る。そして分かりやすく話題を変えてきた。


「そ、それより味は大丈夫でしたか?もしかしてもらって迷惑だったりとか……」


 わずかに弱めて、不安げに声を揺らしてこっちを見つめてくる。揺れる瞳と目が合った。

 

 やはり渡す側というのは不安だったのだろう。俺もこれまで斎藤に何か贈り物をするときは緊張したし不安にもなった。斎藤の不安を解消しようと口を開く。


「そんなことない。美味しかったし」


 本当は迷惑どころか貰えて死ぬほどうれしかったし、味は既製品と比べても劣らないほどおいしかった。あまりに嬉しくて、少し食べてしまったあとだったがチョコは写真に残してあるし、まだもったいなくて全部は食べずにとっておいてある。

 だがそういうのを本人に直接伝えるのはあまりに恥ずかしくて、つい平然とした態度を装ってしまった。


「本当ですか?気を遣ってません?」


「んな訳ないって。普通に美味しかったぞ。どうして気を遣ってると思うんだ?」


「その、なんといいますか、少し田中くんの声が普段より硬かったので、てっきり気を遣ってくださったのかと……」


「いや、本当に美味しかったよ」


 どうやら恥ずかしさのあまり平静を装ったせいで、声が硬くなってしまったらしい。やはりあまり慣れないことはするものではない。斎藤は俺のその様子を気を遣って嘘をついていると勘違いしたようだが、決して嘘なんかではない。


 好きな人からチョコをもらえて嬉しくならないわけがないし、まして迷惑なんて思うわけがないだろ。どれだけ楽しみにしていたと思っているんだ。チョコをもらった後、家で一人でチョコ見てにやけていたぐらいだぞ?


 そう心の中で思うがそれを言葉に出来るわけもなく、チョコは本当に美味しかったことをなんとか斎藤に伝え続けた。

 

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