第96話 学校一の美少女とのバレンタイン③

 斎藤の姿が見えなくなったところで、手元の紙袋に視線を落とす。黒を基調として金ラインが入ったおしゃれな紙袋。少し腕を動かすごとに、かさりと耳に届く。重くはないが、軽すぎるわけでもない。程よい重さが手に乗っている。


(これって、やっぱり……)


 今日、一日中期待していたもの。待ち望んだもの。

 どのタイミングで渡してくるのか。どんな風に話しかけてくるのか。どんなものを贈ってくれるのか。想像して、妄想して、嬉しくなって、不安になって。それが今、手の上にある。こくりと唾を飲み込んで、丁寧に袋を開いた。


 ああ、やはり。開いて中から見えたのは小袋と小さな箱。中は分からなくともその雰囲気だけですぐに分かった。


(チョコだ)


 小箱の上に一枚紙が置いてあり、取り出してみる。そこには斎藤の丁寧な文字が書かれていた。


『田中くんへ 

 一応田中くんの好みに沿ったものを用意したつもりですが、あまり慣れていないので期待に応えられなかったらすみません。少しでも気に入ってもらえたら嬉しいです』


 先ほど渡された時に斎藤が零したセリフと同じようなことが書いてあり、なんとなく苦笑を零す。

 斎藤の不安げでそれでも渡してくれたいじらしい姿を思い出して、切なく胸が締め付けられた。


 袋を閉じて早足で家へと進みだす。チョコをもらった実感が湧き出してきて、その嬉しさを発散するように早足で、出来るだけの早さで家へと帰った。


「ただいま」


 息が切れ切れにながら部屋へと入り、椅子に座って机に貰った袋を置く。そして丁寧に袋を開ければ、さっき見た二つと手紙が入っていた。

 小袋はシールで止めてあり、その隣にある箱はリボンで結ばれている。先程読んだ手紙を取り出して机に置き、次に透明な小袋の方を手に取った。外は透明なので中はすぐに見えた。


(なんだ、これ)


 中に入っていたのは、オレンジ色の透き通る棒状の物体にチョコが塗られたもの。おそらくオレンジだろうが、砂糖がまぶしてあるらしく白い粉がついている。オレンジと黒の対比が綺麗で、とてもおしゃれだ。


 早速一口と、開けて食べてみる。ふわりと、オレンジの香りと甘さが口の中いっぱいに広がり、その後にチョコのカカオの香りがゆっくりとやってきた。見た目通り、あまり甘くなく、フルーツの自然な甘さがとても生かされていて、とても美味しい。また一口と二本目を食べてしまった。


 ゆっくり味わい食べ終えて、今度は箱の方へと注意を向ける。リボンをほどき箱を開けると、中からはチョコブラウニーが姿を現した。

 だが、ただのチョコブラウニーではない。その上にはドライフルーツや、ナッツ、ピスタチオなどが乗っていて、色鮮やかに彩られている。それはまるで宝石のようにも見えて、とても綺麗だった。


 一瞬見惚れて固まってしまったが、気を取り直して、チョコブラウニーを切り分けようとする。だが既に一口大に切られており、斎藤の細かい気遣いが窺い知れた。切られた一欠けらを口に入れる。苦めのカカオの香りと後からやってくるドライフルーツのほのかな甘さ。そしてナッツの歯ごたえがアクセントになっていてあまりに美味しく、つい口元が緩む。


 斎藤は味や見た目を心配していたが、もう完璧と言っていいほどの出来栄えだ。見た目も綺麗で味も美味しく、何より、以前聞いてきた俺の好み通りのものなので、それだけで斎藤がどれだけ俺のことを想ってくれているのか伝わってくる。


(まったく、いつも貰ってばかりだな)


 彼女の気持ちに少しだけ顔が熱くなり、誤魔化すように小さく息を吐いた。


 気持ちを落ち着かせてもらったチョコに満足しながら、机に広げたチョコたちを紙袋にしまおうと中を覗く。すると、おそらく箱に隠れて見えなかったのだろう、もう一枚の手紙が入っていた。


 ぺらりと紙一枚を拾い上げる。そこには斎藤の丁寧な文字が書かれていた。


『それと、いつも私自身を見てくれてありがとう』


 本来は箱の上にでも置いてあったのだろう。どうやらそれが下に潜り込んだらしい。紙には思いがけない感謝の言葉が書いてあった。

 柔らかく丁寧な文字で紡がれた思いの言葉に胸が温かくなる。つい笑みが溢れ出た。


♦︎♦︎♦︎

新作

『清楚系美人が俺を何度もフッてくる件。勘違いは勘弁してください。告白してません』

を先週から投稿中です。

ぜひ読んでみて下さい(*・ω・)*_ _)ペコリ



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