第94話 学校一の美少女とバレンタイン①
バレンタイン当日。校内はどこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。
この時期になると、毎年似た雰囲気を味わう。互いに探り合ったり、気にしあったり。ある者は期待に胸を膨らませて靴箱を開け、またある者は何も気にしていない風を装いながら机の中をのぞき込む。そんな光景を見かけた。
そこまでしてチョコが欲しいものかと、去年までは思っていたが、今ならその気持ちも分かる。現に斎藤からのチョコが楽しみで、放課後が待ちきれなかった。もちろんもらえない可能性もあるので少しだけ不安はあるが。
そんなことを考えながら移動教室で廊下を歩いていると、何人かの女子に囲まれて話している斎藤の姿を見かけた。余所行きの貼り付けた笑顔はあまりに完ぺきで、相変わらず綺麗だ。
優し気に薄くほほ笑みをたたえる斎藤と女子たちが話す声が聞こえてくる。
「そういえば今日、バレンタインだよね」
「クラスの男子が物欲しそうにしてたよね」
「流石にあげないって」
「でも、彼氏いるんだから彼氏には渡すでしょ?」
「それは、ね?」
「いいね。いいね。そういえば玲奈は誰かに渡すの?」
「それは気になるー」
どうやらバレンタインが話題になっているらしい。しかもまさに俺が今気にしていることで、思わず耳を傾けた。
「……いえ、特に渡す予定はないですよ」
「えー、もったいない。クラスの男子も斎藤さんからもらえるかも!?って騒いでいたのに」
「いえ、男子は苦手なので……」
「まあ、そうだよね。玲奈っていつも男子を避けてるし。でもだから安心して一緒にいられるところあるよね」
「ああ、分かる。玲奈って可愛いから自分の好きな人を取られないか心配になるけど、玲奈がそういう感じだから安心して一緒にいられるー。しかも男子は寄ってきてくれるから出会いには困らないし」
「ちょっとぶっちゃけ過ぎだって」
甲高い笑い声とともにあまり面白くないそんな言葉たちが耳に届く。少しだけ斎藤の様子を窺えば、揺らがないほほ笑みがそのままあった。
(くそっ)
言いようのない苛立ちが心の底に積もる。斎藤が見た目で苦労していることは何となく察していたし、頭では分かっていたが、何も知らずにのんきな笑い声が煩かった。ぐっと握りこぶしに力をこめていると、肩を叩かれた。
「やあ、田中君」
「一ノ瀬か」
「どうしたんだい?随分と険しい顔をしていたけれど」
「いや、なんでもない。相変わらず斎藤が人気なんだなと思っていただけだ」
これ以上彼女たちを見ていてもどうしようもないので、やむ無く視線を逸らした。
「ああ、そういうことね。確かに斎藤さんの人気は凄いよね。クラスの男子も斎藤さんのこと話題にしてた」
「話題?」
「斎藤さんからチョコをもらう男子がいないからいいけど、貰う男子がいたら羨ましすぎるって」
まさか、そんな話になっていたとは。まあ、斎藤の人気を考えればそういう話になるのは納得だ。ただ、やはり、皆外側しか見ないことにうんざりする。
「そのあたり、どうなの?もらえそうな男子さん?」
「さあな。ついさっき、斎藤が女子たちと会話が聞こえてきたが、渡す予定はないってよ」
好奇な一ノ瀬の視線に肩をすくめて見せる。すると一ノ瀬は分かりやすく息を吐いた。
「それは、そう言うしかないでしょ。渡す相手がいるなんて知られたら騒ぎになるのは目に見えているし。田中君もそれは分かってるでしょ?」
「そりゃあ、分かってるさ」
「実際のところは貰えそうなんでしょ?」
「恐らく……って感じ。俺の自惚れでなければだけど。絶対はないしな。というか、よく斎藤が俺にチョコ渡しそうだと分かったな」
「そりゃあ、田中君が普段と違ってそわそわしてるからね。教室で本を読まないでいるなんて滅多にないことだし」
「……なるほど」
一ノ瀬の言う通り、今日はチョコのことが気になって本に集中できず、何度も本から顔を上げることがあった。まさかそれを見られていたとは。
「一ノ瀬……もしかして俺のこと好きなのか?俺のこと見すぎだろ」
「いや、違うからね!?あれだけ本しか読んでない人が休み時間中ぼんやり教室見渡してたら、誰だって気付くでしょ。僕の友達も気付いていたし」
「そうなのか。でも、そういえば、この前バイト先の柊さんにも同じようなこと言われたし、分かりやすいのかもしれないな」
「へえ?なに、どんなこと言われたんだい?」
俺の呟きに一瞬にやりと笑うと、一ノ瀬は分かりやすく目を輝かせて食いついてきた。前の時もそうだが、どうやら一ノ瀬は俺と柊さんの会話を楽しみにしている節がある。
「さっき一ノ瀬に言われたみたいに、『なんだかうれしそうですけど何かいいことでもあったんですか?』って柊さんに聞かれたから、バレンタインが楽しみって話をしたかな」
「ふふふ、なるほどね」
「あとは柊さんも前にお世話になった人に渡すみたいで、手作りで下手でも大丈夫か不安そうだったから、手作りの素晴らしさを力説しておいた」
「そこまで!?ま、まあ、いいけどね。うんうん」
驚いたように素っ頓狂な声を一瞬あげつつも、すぐににやにやと笑って一人で頷く一ノ瀬。多分俺が手作りを好んでいることが可笑しいと笑っているに違いない。
「そのにやけ顔はやめろ。別に手作りが良いって思うのは普通だろ」
「え、あ、うん、それはもちろん。まあ、それなら大丈夫。絶対斎藤さんからもらえるから安心して」
なぜそう言い切れるのか分からなかったが、にやけて笑う一ノ瀬にそれ以上追及する気は失せ、小さくため息を吐いた。
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