第91話 学校一の美少女の勘違い②

「やっぱり!」


 目を丸くして声を上げる斎藤。くりくりとした瞳が大きく見開かれる。


(一体どうしたんだ?)


 さっきから斎藤の様子がおかしい。妙に焦っているような、驚いているような。急に本から俺へと話題が変わって、その時から斎藤の真剣さが増している気がする。


 なんでこんな急に変わったんだ?聞かれたから普通に一ノ瀬のことを答えただけなのに。別に斎藤が驚くようなことは話していないはず。

 俺と一ノ瀬が話しているところを見た時点で、俺と一ノ瀬の間に交流があることは分かっていたはずだし、現に斎藤の質問もどちらかというと確認する意味で尋ねているようだった。それなのになぜそこまで……。


 そういえば、前にも同じようなことがあった。あれは斎藤の写真のアルバムを見ていた時だ。俺が呟いた言葉に反応して急に奥の部屋に入っていったかと思うとツインテールになって戻ってきたのだ。あの時も急に行動を切り替えていた。


 結局あれは斎藤の勘違いで、俺がツインテールに興味を持っていると思ったからその姿を見せてくれたのだ。


 そこまで思い出して一瞬何か引っかかった。


(うん?勘違い?)


 もともと集中すると周りが見えなくなりがちなので、その影響もあるのだろう。斎藤はたまに暴走するように勘違いするときがある。

 ツインテールの時が実際そうだ。冷静に考えればあんな何気ない呟きだけで、俺がツインテール好きと判断する理由がない。だがどうにも俺が関わると妙な勘違いをすることがあるらしい。


 そう考えると、今斎藤が急に焦りだしたり驚いていたりするのも、何かおかしな勘違いをしているのが原因なのかもしれない。


 斎藤が急に変わり始めたのがどこからか振り返ってみる。まず最初本を読んでいるときはいつもの斎藤だった。互いに干渉することなく本を読んでいたので間違いない。

 そのあとは読んでいる本の感想を語り合った。そこで斎藤が珍しく恋愛小説を読んでいるというからその内容を聞いて……。


 そう、あの時だ。斎藤が読んでいるところまでの内容を教えている途中で急に話題を変えたのだ。


『いい感じになってきた二人の間に別の女性が現れて、男と別の協力関係を築き始めてだんだんと女子の方が主人公に惚れていって……』


 斎藤が話していた内容を思い出す。確かここまで話して斎藤は何かに気付いたように態度が変わったのだ。さらにこの後斎藤は妙なことを言っていた。


『まさか、一ノ瀬さんは天敵!?』


 天敵とは一体なんなのか。さっきはその後の斎藤の真剣な気迫に押されて聞く機会を逃してしまったが、今冷静に考えてみればその意味は想像がついた。


 本の内容では、いい感じのヒーローとヒロインに恋のライバル、つまり天敵のヒロインが現れたと言っていた。


 秘密の関係を築く二人にさらに新しい人物と別の協力関係を築いた状況。それはまさに俺と斎藤、そして一ノ瀬の関係に重なる。さらにその後に一ノ瀬を天敵と呼んでいたことを考えれば、斎藤の勘違いは……つまりそういうことだ。


(なんで、俺と一ノ瀬の間に恋愛関係が成立すると思っているんだよ……)


 思わず心の中で小さくため息を吐く。


 色々ツッコみたかった。男同士でそんなことあるわけないだろ、とか。どうしてそうなった!?とか。そもそもに斎藤に好意を向けているのに他の人を見るつもりなんてない、とか。


 勘違いするにしても流石にこれは勘弁願いたい。しっかり否定しないと。


「なあ、もしかして俺が一ノ瀬と恋仲になると思っていないか?」


「え!?な、なんでそれを……」


 俺の言葉に慌ただしく瞳を揺らす斎藤。あまりにもわかりやすい。やはり俺と一ノ瀬のことを勘違いしていたみたいだ。


「あのさ、普通に考えて男同士でくっつくわけがないだろ。中にはそういう人もいるかもしれないが、俺は女子が恋愛対象だ。一ノ瀬もな」


 言い聞かせるように語りかけると、斎藤は分かりやすく頬を赤らめて小さく肩をすくめた。


「た、確かに!そ、そうですよね。私なんてことを……」


 かぁっと朱に染めた頬を両手で覆い隠すようにして小さく呟く。少しは冷静になったのか、自分の勘違いに気付いたみたいだ。


「誤解が解けたようでよかったよ」


「えっと、はい。色々私が勘違いをしていたみたいで……」


 自分がとんでもないことを考えていたことが恥ずかしいようで、目を伏せて恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染めている。もう少し言おうと思っていたが、これ以上は酷だろうと思ってやめることにした。


(ひとまずはこれでいいかな)


 まさか男同士で恋仲になることを想定されるなんて思ってもいなかったが、とりあえずはもういいだろう。時々暴走することがあるとはいえ、男同士は流石にない。協力関係にあるからって理由だけでそこまでぶっ飛んだ発想になるとは斎藤恐るべし。


 大体協力関係という意味で、斎藤の読んでいる本に近い関係があるとすれば、それは……。


 そこまで考えたところで斎藤が小さく呟き出したのでそちらに耳を傾ける。


「協力関係があるからって、流石に男子はありえませんよね。一体何を考えていたんでしょう、私……」


「まったくだ。せめて協力関係にあることと、女子であることが当てはまらないと」


 そう言いながら一人だけその条件に当てはまる人がいるのを思い出した。もちろん俺としてはただの相談相手としてしか認識していないし、彼女もそうだろう。

  だが、条件だけを見れば『柊さん』は当てはまる。


 そこまで考えたところで、またしても斎藤は急に驚いたような声を上げた。


「女子で協力関係…………。は!そういうこと!?」


 


 

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