第89話 斎藤さんの独り言

「今日はありがとうございました。また、次のデートを計画するときはよろしくお願いします」


「いいえ、こちらこそ、話を聞けて楽しかったですよ。では、また」


「はい、また」


 田中君と別れて自分の帰り道を辿っていく。既に辺りは暗く、冷えた風が頬を撫でる。

 ふと空を見上げれば、空気が澄んでいるせいか透き通った綺麗な星達が天に散りばめられていた。


(まったく、何回聞いても慣れない……)


 こうして田中君の相談に乗るのは何度も経験したけれど、やっぱり照れてしまう。

 だってそうでしょ? あんな真剣にいろいろ言われて照れない方がおかしい。まったく、田中君は困った人。


『わざわざ自分のために頑張ってくれるなんて、嬉しいに決まってますよ』


 田中君の言葉を思い出して、また顔が熱くなってしまった。


 もう!積極的になったのは、た、確かに田中君に意識してほしいからだけど……!だからってあんなに嬉しそうににやけて……。


 彼の嬉しそうな顔が脳裏に浮かぶ。普段のあまり感情の起伏が感じられない表情とは違う、柔らかい表情。

 出来るだけ平静を装っていたみたいだけど、それでも口元が緩んでいるのは隠せていなかった。


 手を自分から繋ぐのは確かに緊張したし、ドキドキして平静を装うのに苦労したけれど、あそこまで喜んでくれるなら頑張った甲斐があった。


 あそこまで「可愛い」と言われるのは予想外だったけれど。


 はぁ、と小さく息を吐き、頬を両手で覆う。外は寒いというのに、全然頬の熱が冷めていかない。冷えた手のひらが妙に心地いい。


 また相談で田中君に照れさせられてしまったけれど、彼の話を聞けたのは良かった。デートを彼も楽しんでくれていたのが分かったし。

 ついデートが楽しくて夢中になってしまったけど、彼も同じように楽しんでくれていたみたいで少し安心。


 でも、私、そんなに子供っぽかったのだろうか? 田中君的には褒めているみたいだったけれど、『子供っぽい』はほめ言葉じゃない。

 そもそもに私、そこまで大はしゃぎしていないし。……多分。


 もし可能性があるとすれば猫カフェの時だろうか?

 あの時は半分田中君のことを忘れて猫に夢中になっていたから、それかもしれない。


 でも、あれは仕方ないと思う。流石にあんなに沢山の猫さんに囲まれたら、誰だってはしゃぐに決まっている。猫さん可愛い。


 色々あったけれど、デートは本当に楽しかった。二人きりでデート前は緊張していたけれど、始まってしまえば楽しいことばかりで、本当に幸せな時間だった。今の関係が続いてほしいと思うくらいに。


 それにしても最後の田中君のあの発言は驚いた。まさか私だけでなく他にも協力者を作るなんて。

 それも相手は一ノ瀬さん。彼の名前は私でも知っている。よく周りの女子たちの話題に上がる人なので、流石に覚えた。


 最近確かに田中君が一ノ瀬さんと話しているのを見かけることが多かったけれど、まさかそんなことになっていたなんて。

 

 学年でもかなり有名な彼と田中君にあまり接点があるようには思えない。そんな彼がどうして田中君と協力関係になったのだろうか? 


 田中君が自ら動いて仲良くなろうとする姿は想像がつかないので、おそらく一ノ瀬さんが田中君に近づいたのだと思う。

 どうして彼が田中君に近づこうと思ったのか、ふと不思議に思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る