第84話 学校一の美少女とのデート結果

(昨日は楽しかったな)


 授業終わりのチャイムが鳴り響く中、そんなことを思う。昨日のデートのことが鮮明に頭の中に残り続け、今日の授業はいまいち集中出来なかった。

 ふとしたタイミングで昨日のことを思い出して、ついにやけそうになってしまう。


 斎藤のあの様子だとすごく楽しんでくれたみたいだし、次のデートの約束も軽く出来たのだから、デートは概ねうまくいったと考えていいだろう。

 あまり慣れないことだったが、あんなに可愛い笑顔が見れるなら頑張って誘った甲斐があった。達成感につい口角が上がる。


「やあ、田中君」


「なんだよ、一ノ瀬」


 声を掛けられそっちを向けば、案の定予想していた人物である一ノ瀬が立っていた。

 あれだけ俺と斎藤のデートを気にしていたのだ。聞いてくることは予想がつく。しぶしぶ向かい合えば、一ノ瀬は楽しそうに笑みを浮かべていた。


「昨日デートだったでしょ?どうなったのか気になって。どう?上手くいった?」


「まあ、上手くいったんじゃないか?斎藤は笑って楽しそうにしていたし」


「そうなんだ!それはよかった」


 俺の返事にほっと安堵したような表情を浮かべる一ノ瀬。


「それにしてもあの斎藤さんが笑うなんて、全然想像つかないね。本当に田中君の前だと普段と様子が違うんだね」


「今回は特に違かったけどな。あんなの初めてだったし」


「あんなの?」


 俺の言葉が気になったのか、不思議そうに首をかしげる。


「ああ。仕掛けるって話は前にしただろ?」


「うん。斎藤さんを意識させるために仕掛けるって話でしょ?それがどうしたの?」


「デート中計画していた通り、いろいろ考えて何回か仕掛けてみたんだよ。それがどれも上手くいかなかったというか……」


「失敗したってこと?」


「いや、意識してもらえたとは思うんだが、余裕そうで逆に向こうから仕掛け返されてな。からかう感じというか手玉に取られている感じというか」


 あんなに積極的な斎藤は初めてだった。デートの最初からかなり様子が違っていたが、まるで俺の手の内を把握しているようで、手のひらで踊らされているようだった。デート自体は上手くいったので次回はそのあたりをもう少し頑張るとしよう。

 

「へー、そんなことが」


「ああ、バイト先の柊さんとも相談して「上手くいく」って太鼓判を押してもらったんだがな」


「なるほどねー」


 一ノ瀬は強く納得するように首を縦に大きく振る。わずかに口角が上がっているようにも見えた。


「まあ、上手くいったならよかったよ」


「前から思っていたんだが、なんで俺と斎藤の仲をそんなに気にするんだ?」


 ふと気になり尋ねる。一ノ瀬が恋愛話を好きなのは知っているし、斎藤という学校一の美少女が相手だから興味を持つのも分かる。

 だが、俺と斎藤が上手くいくように相談に乗ったり、俺たちの噂が広がりそうになった時はごまかしたり、どうしても『恋愛話が好き』という理由だけでは納得がいかなかった。


「コイバナが好きだから……って理由だけでは納得いかないみたいだね」


 俺の問いかけに何か言いかける。だが開いた口から言葉は発せられることなく閉じられた。そのまま浮かべていた軽薄なほほ笑みを引っ込めて、ふぅ、と小さく息を吐く。

 そしてどこか懐かしむような表情で遠くを見るように目を細めた。


「田中君と斎藤さんの仲を気にする理由はね、どうしても二人が中学の時の自分と重なってみえてね」


「中学の自分?」


「うん。昔ね、好きな人がいたんだ。その子は田中君みたいに真面目な子で、自分は今と同じようにいろんな女の子にモテてた」


 肩をすくめて、「中学のときから見た目はよかったからね」と困ったような表情を浮かべて見せる。その表情はいつもの薄い笑顔をよりも、はるかに人間味があった。


「ある時、その子と仲良くしていることが噂になって、周りの人達が彼女に注目をするようになった。彼女があまり目立つのが好きじゃないのは知っていたのに、そんな状況にさせてしまったんだ。だんだんと彼女に対してあまりよくない言葉がいわれるようになって、それから彼女は僕を避けるようになった。そのまま学校が別になって、それっきり」


 ほんのわずかに眉を下げ、視線を下に向けて小さくつぶやく。その姿には後悔がにじんでいた。


「まあ、こんなことがあった中で、斎藤さんは僕と似ている人だなっては思っていたんだ。周りから理想を押し付けられて、見た目であれこれ言われているとこととかね。そんな自分と似ていると思っていた彼女が、男といるという噂を聞いた。それで気になって調べてみれば、相手は君だった」


 そう言いながら真っすぐにこちらに視線を向ける。真剣な眼差しと目が合う。


「有名人な彼女とあまり目立つのが好きではない田中君。どうしても昔の自分と重ねずにはいられなかった。だから、自分とは同じ轍を踏まないように手助けしたかったんだ」


 話し終えて深く息を吐く一ノ瀬に、「なるほど」とだけ言葉を返した。


 一ノ瀬の説明はとても納得のいくものだった。一ノ瀬も一ノ瀬なりに後悔しているのだろう。その罪滅ぼしとでもいうべき行動が、今回の助太刀、ということだ。自分のせいで大切な人を傷つけたとしたら、俺でも後悔する。そして自分と似た境遇の人がいたら上手くいってほしいと思うだろう。


「一ノ瀬の説明は分かった。まあ、なんだ、これからもよろしくな」


「いいのかい?」


「ああ。助けになっていたのは事実だからな。それに男の意見というのも欲しかったからな」


「任せておいて」


「ああ」


 一ノ瀬が差し出してきた右手を握り返した。

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