第85話 一ノ瀬のツッコミ

 交わした握手を終えて改めて、互いに見合う。向かい合う田中君の表情には、これまで向けられていた訝しむような様子はなく、どこか信頼してくれているようにも見えた。

 やはり、本音を打ち明けたことが大きいらしい。本心を隠して近づくのは限界を感じていたので、打ち明けてよかった。ほっと心の中で安堵する。


「じゃあ、早速一つ相談してもいいか?」


「うん、いいよ。どうしたんだい?」


 晴れ晴れとした表情を真剣な表情に戻した田中君に、自分も気持ちを切り替えてこくりと頷く。一体なにを言われるのだろうか?力になるといった手前、役に立てればいいのだけれど。


「実はな、既に次のデートの約束をしているんだ」


「おお!もうそこまでしていたんだ」


 予想外の言葉に思わず驚きの声が出てしまう。かなり積極的にいっているようなことは分かっていたけれど、まさか次回のデートの約束までとは。順調に進んでいるようでなにより。


「ということは、次のデートの場所の相談とか?」


「いや、それもそうなんだが、今一番対策をしたいのは彼女に俺の作戦がいまいちだったことだ」


「ああ、積極的にいく作戦のことね。逆にやり返されちゃったからね」


「そうなんだよ」


 うーん、と真剣そうに悩む田中君。だけど、僕は言いたい。


(いや、それは君が本人に作戦のことを話してるからだよ?)


 この目の前の男、本気で斎藤さんと柊さんが別人だと思っているらしい。そりゃあ、苗字は違うしかなり雰囲気も違うけれど、さすがに気づけ。

 まあ、彼から聞く彼女の様子だと、斎藤さんの方がわざと正体を隠しているみたいだから、あえて僕からは言わないけどね。まったく、田中君は鋭いんだか鈍いんだか分からないな。


「次こそは斎藤が焦るくらい意識させたい。だから、一ノ瀬。なにかいい作戦を一緒に考えてくれ」


「なるほどね。任せて」


 真剣な田中君に、力強く頷き返す。もはやここまで仲良くなっておいて、これ以上やる意味があるかわからないけど、彼がやりたいというなら手伝おう。末永くいちゃいちゃして下さい。


「ありがとう。これで一ノ瀬と柊さんの二人の意見を聞いて、ばっちり完ぺきにしてやるぜ」


 自信満々な表情でそう呟く田中君。えっと、田中君?それが一番の悪手だからね?相談したら、君の作戦が全部斎藤さんに筒抜けになるんだよ?思わず心の中でつっこまずにはいられない。


「とりあえず、先に柊さんの方に相談したら?そのあとでいい感じのアイデアがあったら、僕も提案するよ」


「そうか?まあ、確かにまだ柊さんにはデートの結果報告してないからな。そのあとに聞いてみるか」


「あ、まだ話してなかったんだ?」


「ああ、バイトのシフトが被ってなかったからな。幸い、今日の放課後一緒だったからその時話すつもりだ」


 どうやら話すのは今日らしい。まったく、斎藤さんはどんな反応をするのやら。そしてどんなことを提案してくるのやら。バイトでの二人のことを想像して、つい笑いがこみ上げる。


「あはは、そうなんだ。うん、だったら、ちゃんと詳細に仕掛けたときの斎藤さんの様子とか、逆に仕掛け返された時の感想とか話したらいいかもね」


「そうか?」


「その方が同じ女性として、斎藤さんがどんなことを考えているか柊さんが想像しやすくなるでしょ?」


「確かに……そうかもしれないな。わかった。そのあたりは意識して話してみる」


「頑張って。そして柊さんがどんな感じだったか、教えてね」


「ああ」


 二人の仲が深まるように僕ができることはこれくらいかな。末永く二人でバイトの時間を楽しんでね。

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