第82話 学校一の美少女のライバル
顔を真っ赤にしてぷるぷると震えて固まっているのをしばらく眺めていると、やっと落ち着いてきたのかコホンッとわざとらしい咳払いをして、こっちを向いた。
「……さっきのことは事故ですから、もう忘れてください」
「お、おう。分かった」
頰の赤みが引いたとはいえ、淡い桃色を残しながら話す斎藤に、こくこくと頷く。
そう簡単に忘れられるような出来事ではないが、互いに触れないほうがいいのは間違いない。一瞬背中の柔らかい感触を思い出しそうになり、慌てて首を振って不埒な考えを奥底に押し込める。
「それで猫の抱っこはどうですか?」
斎藤の窺うような声に自分の状況を思い出す。さっきのことが衝撃的過ぎて忘れていたが、下に視線を向けると、白い猫もタイミングよくこちらを向いた。
青く宝石のように煌めく瞳と目が合う。自分の腕の中で大人しく抱かれながら、尻尾をゆらゆら揺らしているので機嫌はいいらしい。
艶々としたシルクのような毛並みと愛らしい瞳のおかげによる見惚れるような綺麗さとそして可愛らしさが腕の中から直に伝わってくる。
あまりの可愛さに思わず「可愛いな」と心の声が漏れ出る。つい出たその声は斎藤の耳に届いたようで、斎藤は得意げな表情を浮かべた。
「そうでしょう。そうでしょう。猫さんは抱っこを嫌がる子もいますから、その猫さんは相当田中くんのこと気に入っていると思いますよ」
「そうなのか?」
「はい、猫さんも気持ちよさそうにしていますし」
そう言いながら、斎藤は優しげに目を細めて腕の中の猫に近づく。
「どうですか〜?田中くんの腕の中は温かいですか〜?」
猫撫で声で話しかける斎藤。普段の姿からは想像もつかない声だが、それだけ楽しんでくれているということだろう。
猫に触れようと斎藤は手を伸ばす。その細い指先が猫の体に触れようとした瞬間、バシッと猫が斎藤の指に猫パンチを放った。
「え?」
「……え?」
さっきまでご機嫌で優しそうだった猫の思いがけない反応に、俺と斎藤、両方とも唖然の声が漏れ出た。呆気に取られて斎藤は固まり続ける。
その様子をちらっと猫は確認して、それ以上斎藤が触れてこないことに安心したのか、「にゃっ」と短く鳴いてまた俺の腕の中に顔を埋めた。
「えっと……斎藤も嫌われることあるんだな」
「そう……ですね。これまでにここまで拒絶されたことはなかったんですけど」
何か引っかかるのか、少しだけ首を傾げて猫を見つめる斎藤。猫パンチを食らった自分の指先を見て、そして俺の腕の中の猫に視線を向ける。
猫も斎藤の視線と向き合うように、わずかに顔を上げて尻尾をゆらゆら揺らしながら斎藤の方を見た。
「まあ、珍しく俺に近づいてきた猫だし、少し変わっているのかもな」
今もだが、これだけ多くの猫に好かれて囲まれる斎藤に触れさせないあたり、何か違うのだろう。なぜ俺にだけ寄ってきたのか本当に不思議だ。
「……ほんと、変わった猫さんです」
そう言いながらじっと腕の中の猫を見つめ続ける。その表情は何か窺うように真剣だ。
「どうかしたのか?」
「いえ……多分私の気のせいです」
「どういう……」
どういうことだ?そう聞こうとした時、腕の中で動く気配がしたので、視線を下に向ける。そこでは白い猫がもぞもぞと身体を動かしていた。そのまま顔を俺の胸に擦り付け始める。
「お、どうしたんだ?」
急に動き出したので、宥めるように抱きながら身体を撫でてやる。すると猫は俺の胸にすりすりしながら気持ちよさそうに目を細めた。
ここまで気に入ってくれているような反応を見せられると、さらに撫でてあげたくなるものだ。満足してもらえるよう優しく丁寧に撫でるのを意識しながら手を動かす。
猫はそんな俺に大人しく撫でられながらゆっくりと顔を動かすと、斎藤の方に視線を向けた。そして「にゃー」と鳴いてみせた。
その鳴き声はどこか得意げなようにも聞こえた。
「むっ、もしかして私挑発されましたか?」
どうやら斎藤も同じように感じたようで、僅かに頰を膨らませて猫を見つめる。
「あ、やっぱりか?なんとなく俺もそんな感じがした」
「やっぱりそうですよね。その猫さん、今私のこと挑発しましたよね?」
「多分、撫でられて気持ちいいのを伝えたかったんだろ」
「まったく。猫さんは好きですけど、その猫さんはちょっとだけ嫌いです」
不満げな声を漏らしてぷいっとそっぽを向く斎藤に、思わず苦笑してしまった。
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